映画『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』:「出口なき」日常でもがく若者たちが放つ、眩しいほどの輝き
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「ラブレターの代筆」といえば、古くは『シラノ・ド・ベルジュラック』がある。思いを打ち明けられない相手に、友人の名で恋文を書き送る男の悲恋物語だ。これを現代のアメリカの高校に舞台を移してみると、話はもっと複雑になる。主人公は大きな鼻にコンプレックスを抱くシラノではなく、中国系移民の娘、エリー・チュウだ。母を失くして父と二人暮らし。英語が苦手な父の収入は十分ではなく、成績優秀なエリーは同級生のレポート代筆で小遣い稼ぎをしている。
家の電気がいよいよ止められるというときに舞い込んできたのが、ラブレター代筆の依頼だった。アメフト部の補欠で話し下手というポールが、美しく聡明な高嶺の花、アスターに恋心を抱いたのだ。仕方なく引き受けたエリーだったが、アスターの気を引くことに成功すると、次第にこのゲームにのめり込み、ポールを演じたショートメールのやりとりでアスターと心を通わせていく。同時に、アスター攻略の作戦で始終行動を共にしていたポールとも、奇妙な友情が生まれつつあった。やがて3人の関係は思わぬ方向へ転じていく。
監督は台湾系アメリカ人のアリス・ウー。2004年にアジア系アメリカ人のレズビアンを主人公にした『素顔の私を見つめて…』でデビューした。日本では劇場未公開だが、2006年に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭と関西クィア映画祭で上映された。その後は新作を発表しておらず、本作でおよそ15年ぶりの復帰。自身もレズビアンであることを公言しているウー監督が、LGBTを巡る状況が大きく進展しつつある今、こうして新たに存在感を示すことになった。
ショートメールに手紙という新旧の通信手段を織り交ぜて現代版『シラノ・ド・ベルジュラック』を展開するアイディアもさることながら、登場人物たちにカズオ・イシグロの『日の名残り』や、サルトルの戯曲『出口なし』、ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』などに言及させるあたりに、監督の文学的センスがうかがえる。アートや音楽、文学に関心を持つ多感な少女たちが、無邪気な同級生たちの間で味わう孤独感にも実感が込められている。
タイトルの「ハーフ・オブ・イット」とは、冒頭に引かれるプラトンの『饗宴』で言及された、神によって二体に切り離された人間が、失われた半身を求めるという「愛の起源」から取られている。しかしこの物語で、エリー、ポール、アスターの3人は、片割れ探しよりももっと深遠な人生の旅へと一歩を踏み出そうとしている。それぞれに恋や家族や進路の悩みを抱えながら、違う背景や価値観を持つ相手への理解を深めることで、自分を起点とするのではない視点から他者を発見することを学んだのだ。ラブレターの代筆から始まった物語のダイナミックな進展を見て、言葉には人の心をつかみ得る力があるが、その背後に発する人の「真実」がなければ空虚なのだと思い知らされる。本から借用した名言でも、器用に作り上げたメッセージでもなく、自らの意志と行動で語りはじめる若者たちの姿は、眩しいほどの輝きを放っている。
作品情報
- 出演:リーア・ルイス ダニエル・ディーマー アレクシス・レミール コリン・チョウ
- 監督・脚本:アリス・ウー
- 音楽:アントン・サンコー
- 配給:Netflix
- 製作年:2020年
- 製作国:アメリカ
- 上映時間:1時間45分
- 配信開始日:2020年5月1日
予告編
バナー写真=Netflix映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』独占配信中