ニッポンドットコムおすすめ映画

チェスの天才少年がどん底から幸せを手に入れるまで:映画『ファヒム パリが見た奇跡』のモデル、ファヒム・モハンマドが語る

Cinema 国際

映画『ファヒム パリが見た奇跡』は、バングラデシュからフランスに亡命した8歳のチェス・プレーヤーの物語。難民申請が却下され、不法滞在者となって路上生活を強いられながら、チェスの腕一本で人生の一発逆転に挑む。奇跡のストーリーのモデルとなったファヒム・モハンマドさんに話を聞いた。

反政府運動に揺れ、警察と民衆の間に激しい衝突が繰り広げられる2000年代初頭のバングラデシュ。主人公のファヒムは、チェスの天才少年として有名になったが、そのせいで父親と敵対する政治勢力から誘拐される恐れがあった。命の危険を感じた父は、妻と二人の子どもを残し、ファヒムを連れ、フランスを目指して国を脱出する。

無一物でパリにやってきて、行く当てなく途方に暮れるファヒムと父 ©POLO-EDDY BRIÉRE
無一物でパリにやってきて、行く当てなく途方に暮れるファヒムと父 ©POLO-EDDY BRIÉRE

フランスに到着した二人は、安ホテルに3泊して所持金を使い果たし、路上で寝ていたところを赤十字に救助される。難民認定の申請をし、審査の間、仮の滞在許可証が発行され、収容施設に入れられた。その間は、成人には労働が認められ、子どもは教育が受けられる。フランス語を話せない父は仕事探しに苦労するが、ファヒムは見る見るうちに言葉を習得していく。

難民の収容施設で出会った子どもたちからフランス語を教わるファヒム ©POLO-EDDY BRIÉRE
難民の収容施設で出会った子どもたちからフランス語を教わるファヒム ©POLO-EDDY BRIÉRE

やがてチェスのクラブに通い始めたファヒムは、指導者のシャルパンティエから並外れた才能を見出され、全国大会を目指す。しかし、彼らの難民申請は却下され、フランスに留まるには不法滞在者とならざるを得なくなった。大会の出場権が得られないファヒム。路上で花を売っているところを警官に捕まり、国外退去を命じられる父。二人に絶体絶命の危機が迫る中、シャルパンティエは一発逆転の賭けに打って出る――。

全国大会の会場に向かい海辺でキャンプをするクレテイユ・チェスクラブの面々。個性豊かな子どもたちの可愛らしさも見どころだ。中央はクラブの会長マチルド(イザベル・ナンティ) ©POLO-EDDY BRIÉRE
全国大会の会場に向かい海辺でキャンプをするクレテイユ・チェスクラブの面々。個性豊かな子どもたちの可愛らしさも見どころだ。中央はクラブの会長マチルド(イザベル・ナンティ) ©POLO-EDDY BRIÉRE

過去のつらさがあって今の幸せに

まるで現代のおとぎ話と言えそうなこの物語には、モデルが実在する。12年、フランスのU-12全国大会で優勝したことが認められ、政府から正規の滞在許可が下りたファヒム・モハンマドさんだ。翌年にはU-13の世界王者に輝いている。フランスに到着する経緯や、年月の設定に創作があるものの、映画は全体として実話に基づいている。今回、日本公開を機に、本人に電話で話を聞くことができた。7月に20歳になったばかりの彼は現在、パリ郊外のクレテイユに住み、商業系のエリート校(グランゼコール)に入るための準備級で勉強中だという。

現在のファヒム・モハンマドさん。右は優勝トロフィーを手にする12歳前後の姿 © Fahim Mohammad. ©Hélène Gelin.
現在のファヒム・モハンマドさん。右は優勝トロフィーを手にする12歳前後の姿 © Fahim Mohammad. ©Hélène Gelin.

――バングラデシュを離れてフランスに来た当時のことを憶えていますか?

「実はあまり憶えていないんです。まだ小さかったし、だいぶ前のことだから。当時はフランスに来たということすら理解できていなかった。バングラデシュでの思い出は、友達と遊んだこと、家族と過ごしたこと…、それにチェスかな。6歳でトーナメントに参加して、いろんなところへ遠征に行きました。その頃は、かなりチェス漬けの生活でした」

――チェスをやるようになったきっかけは?

「父さんがチェスをやっていて、よくクラブに連れて行かれました。僕はやることがないから、父さんの友達に頼んで、やり方を教えてもらって。最初はそこまで好きじゃなかったけど、だんだん夢中になっていった。父さんのチェスの腕? まあまあかな。50回やって1回か2回は僕を負かすこともありますから(笑)」

――映画に描かれた当時について、お父さんと話すことはありますか?

「昔の話はまったくしません。亡命先については、友人の勧めでフランスにしたと聞いています。最初はスペインも候補にあったけど、最終的にフランスにした一番の理由は、やはり人権の国だったからだそうです。父さんにとって、映画を観て当時のことを思い出すのはつらかったんじゃないかな」

――ファヒムさん自身にとって、つらいシーンはなかったですか?

「映画の中の物語は、僕たちが実際に経験したことと大きな違いはありませんが、劇的な効果を生むように脚色されていますから、楽しんで観ていられました。あれから僕らの生活も大きく変わったし、当時のつらさを思い出すことはなかったです。いろいろあったけど、僕にとってはもう過去のこと。それよりも、亡くなったチェスのコーチを思い出して切なくなりました」

ファヒムさんの才能を見抜き、滞在許可がなくても全国大会に出場できるよう画策したグザヴィエ・シャルパンティエ氏のことだ。その名伯楽が16年に52歳の若さでこの世を去ってしまった。劇中では、シルヴァンと名を変え、名優ジェラール・ドパルデューが演じている。チェスにのめり込むあまり、クラブの少年少女を罵倒しながら熱血指導する変わり者だが、人付き合いが下手なだけで、根は情にもろいヒューマニストだ。

生徒を怒鳴り散らすがマチルドには弱いシャルパンティエ。フランスを代表する名優ドパルデューが魅力的に演じる ©POLO-EDDY BRIÉRE
生徒を怒鳴り散らすがマチルドには弱いシャルパンティエ。フランスを代表する名優ドパルデューが魅力的に演じる ©POLO-EDDY BRIÉRE

「初めて会ったときは怖かったです。実際の彼は、映画のシルヴァンほどではなかったけど。もちろんチェスの指導に関しては常に厳しかった。子ども扱いせずに高いレベルを要求してきました。頑固で決して自分を曲げないけど、心の温かい人でした。僕が今ここにこうして生きていられるのは、彼のおかげです。寝る場所も、食べ物を買うお金もなかったときに、僕らを助けてくれました」

――チェスをやっていたこと、お父さんがフランスを選んだことで、運命的な出会いがあったんですね。

「チェスについては、確かにそのおかげで今の僕があるんですけど、そのせいで家族が危険な目に遭ったとも言えますね。でも、フランスという国を選び、そこで素晴らしい人たちに出会えたのは、とても幸運でした。助けてくれた方々には感謝しかありません」

――しかし国に帰れば命の危険があるお父さんを国外退去にしようとしたのもフランスで、あなたに特別な才能がなかったらと思うと…。

「その恨みはまったくないです。少なくとも最初に保護してもらえたのですから。実際の当時の状況は映画よりもずっとひどかったけど、生きていられて、今は幸せに暮らせている。言い換えれば、もしあの頃の苦労がなかったなら、今の幸せもないんだと思います」

――映画を客観的に見て、お気に入りのシーンはありますか?

「父さんが不法滞在で捕まった警察署の場面かな。自分が強制退去の処分を受けること、僕が里親の下に預けられることを通告されて取り乱し、逃げ出そうとする。決して愉快な場面じゃないけど、素晴らしかった」

『ファヒム パリが見た奇跡』は命を懸けて息子を守った父の物語でもある。父ヌラ役をミザヌル・ラハマンが熱演 ©POLO-EDDY BRIÉRE
『ファヒム パリが見た奇跡』は命を懸けて息子を守った父の物語でもある。父ヌラ役をミザヌル・ラハマンが熱演 ©POLO-EDDY BRIÉRE

日本の若者に伝えたいこと

――今でもチェスは続けていますか?

「実は1年半くらい試合から遠ざかっているんです。勉強に専念したいのと、うんざりしたとまでは言わないけど、ちょっと疲れてしまった。勉強が必要な今こそ、一休みするにはちょうどいいかなと。今までたくさん試合をしてきたし、注目されすぎたところがあって。またいつか、気が向いたら再開すればいいと思っています」

――チェスのプロになろうとは思わないんですか?

「子どもの頃からプロになろうと考えたことは一度もないんです。今の勉強を続けていけば、恐らくは金融の仕事に就きそうだけど、ほかにもっと興味のあることが出てきたら、そのときは分かりません。チェスをすればいろんな国に行けますが、移動ばかりで地に足のついた生活とは言えないんです。まともな家庭生活はあきらめないといけないし、お金も本当のトップまで昇り詰めないと、それほどもらえない。それにチェスのプロって変人ばかりで(笑)」

――せっかく日本の若い人が映画を観て、チェスに興味を持ってくれそうだったのに(笑)。

「いやいや、プロの世界は厳しいけれど、ゲームは素晴らしいですよ!相手に敬意を払う、集中力を高める、戦略を立てる、先を読む…、実生活に役立つことがたくさん詰まっていて、学べることが多いんです。座って遊んでいるように見えるけど、頭がくたくたになりますよ。世界選手権では、日本人の選手はほとんど見ませんね。対戦したのは一人だけ。ぜひ、若い人に体験してほしいです」

ファヒム役を演じたアサド・アーメッドも現実のシンデレラ・ボーイ。キャスティングの3カ月前にバングラデュからフランスに移住してきたばかりで、おぼえたてのフランス語がリアルだ ©POLO-EDDY BRIÉRE
ファヒム役を演じたアサド・アーメッドも現実のシンデレラ・ボーイ。キャスティングの3カ月前にバングラデシュからフランスに移住してきたばかりで、おぼえたてのフランス語がリアルだ ©POLO-EDDY BRIÉRE

――自分の体験を通じて、日本の同世代の人に伝えたいことはありますか?

「僕は漫画が大好きで、いつか日本に行ってみたいと思っています。日本の若者には、もし夢があるなら、たとえそれが実現不可能に思えるようなことでも、やれるところまでやってみようと言いたいです。僕らのように、あきらめずに粘り強く続けることが一番大切だと。いつもうまくいくわけじゃありません。でも僕らのように、転んでも立ち上がっていけば、少しずつ前に進むんです」

取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©POLO-EDDY BRIÉRE
©POLO-EDDY BRIÉRE

作品情報

  • 監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル 
  • 出演:ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド、ミザヌル・ラハマン、イザベル・ナンティ 
  • 製作国:フランス
  • 製作年:2019年
  • 上映時間:107分
  • 後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス
  • 提供:東京テアトル、東北新社 
  • 配給:東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES 
  • 公式HP:http://fahim-movie.com/ 
  • ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開中

予告編

映画 フランス 難民 移民 将棋 バングラデシュ チェス