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ドキュメンタリー映画『誰がハマーショルドを殺したか』:墜落事故に仕組まれた巨大な陰謀に迫る

Cinema

1961年、コンゴ動乱の停戦調整のため移動中の専用機が墜落した。搭乗していたのはスウェーデン出身のダグ・ハマーショルド国連事務総長。当時から様々な憶測が流れていたこの墜落事故の真相に迫る本ドキュメンタリー映画は、第一級のミステリー映画にもなっている。

諜報機関の典型的な要人暗殺ミッション

これは諜報機関が行う、絵に描いたような、要人暗殺ミッションである。

元CIA(中央情報局)要員のロバート・ベアはかつて私にこう教えてくれた。CIAは要人暗殺など海外のオペレーションを遂行するミッションがあるときに、外国の諜報部と協力することがあると。それはイギリスのMI6(秘密情報部)であることもあると言っていた。

あるオペレーションを遂行することが決定されると、トップ以外の人はすべてneed to know basis(知る必要に応じて)で、さまざまな職業の人をリクルートする。これは自分が命令されたミッションに関することだけを教えられるということで、それ以外のことは一切教えられない。何のためにその仕事をするのかも、もちろん教えられないのである。もしミッションの途中でつかまった場合、どれだけ尋問や拷問を受けても、何も知らなければ白状しようがないからだ。

事件のカギを握る人物に迫るマッツ・ブリュガー(中央)。予想もできない展開に物語は進んでいく
事件のカギを握る人物に迫る本作の監督マッツ・ブリュガー(中央)。予想もできない展開へと物語は進んでいく © 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

そのミッションを遂行するのに、いろいろな職業の人間を必要とするが、新聞広告が典型的な募集方法である。映画『アルゴ』が描いた元CIAスパイのトニー・メンデスは、2019年1月19日に亡くなったが、彼には2013年1月に自宅でインタビューしたことがある。彼のCIAでの仕事は変装やパスポートの偽造、人質救出などを専門としていた。彼も新聞に出た広告の募集に応じている。

もちろん新聞広告にはCIAという言葉は使われていない。「artist募集」と書いてあったという。実際にCIAに入局して最初にした仕事が外国のパスポートにある、ビザのスタンプの偽造だったと言っていた。ちなみに映画『アルゴ』は1979年のイラン革命を機に起きたテヘランの米国大使館占拠事件で、カナダ大使館にかくまわれていた米外交官6人をハリウッド映画関係者に変装させて脱出させた様子を、いささか事実とは異なるが、見事に描いている。

この映画『誰がハマーショルドを殺したか』でも、傭兵募集に新聞広告が使われているシーンが出てくるが、典型的な募集方法である。イギリスの元MI5(保安局)スパイの知人は、元々はジャーナリストであったが、やはり新聞広告に出た募集に応じ、最後の面接で募集した組織がMI5であることを教えられたと言っていた。

複数のシナリオを用意する諜報機関の手口がこの映画の真骨頂

このドキュメンタリーで「サイマー」という組織の存在が明らかになるところが出てくるが、それは「南アフリカ海洋研究所」のことで、諜報組織である。その組織の文書の中にハマーショルドの暗殺計画が記されていたのである。「研究所」というのは、諜報組織であることを隠すためにつけられたもので、実際は英欧の特殊暴力機関で、傭兵軍団である。暗殺の他に「黒人浄化作戦」など、ありとあらゆる悪事を実行していた。

「そのサイマーに海外の政府が資金提供していた」ことをアレクサンダー・ジョーンズが暴露するが、このやり方はCIAやMI6の典型的なやり方である。ジョーンズは元サイマーの工作員であったことを認めた貴重な存在で、サイマーの任務が白人による支配を維持するべく、殺人と破壊行為によってアフリカ系黒人を根絶することであったと証言するのだ。

南アフリカ海洋研究所=通称”サイマー”の最高責任者を務めていたキース・マクスウェル。白人至上主義者であり、常に白づくめの服を着ていた
南アフリカ海洋研究所、通称「サイマー」の最高責任者を務めていたキース・マクスウェル。白人至上主義者であり、常に白づくめの服を着ていた  © 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

また、「アパルトヘイトのシステムの中ほど、実験材料を手に入れやすい場所はない」と証言するが、諜報部は人を殺害する手段として、ありとあらゆる方法を常に探している。HIVなど、すでに存在しているウイルスが殺害能力としてどれくらい効果があるか、それを実際に実験できる最適の場所であったということだろう。

ジョーンズはサイマーの最高責任者キース・マクスウェルのことを「非常に危険な人物」であると言っているが、諜報部の視点からみると、ミッションを遂行するのに最適な人物であることになる。カリスマ性があるからだ。マクスウェルは謎が多い人物であるが、自分のことをサイマーの「准将」と称していた。彼は医者としても活動して、黒人が多い貧困地域でクリニックを持ち、医療やワクチンをほぼただに近い価格で提供していたが、そこで黒人に注射していたのはHIVウイルスであったのだ。

私設秘書クラリナに事件調査の報告をするマッツ・ブリュガー
私設秘書クラリナに事件調査の報告をするマッツ・ブリュガー  © 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

アメリカのCIAやイギリスのMI6が関わっていると言われるオペレーションでは、いわゆる我々が持っている倫理観とは真逆の“倫理観”を持たされる。すでに刑務所に入れられた犯罪人の指紋をつけた手袋をつけて銀行強盗もすれば、盗んだ車で対象となる車の特定の箇所を狙って追突し、高速道路の高所から突き落とすことも日常茶飯事である。

それは諜報部の視点からみると、犯罪ではない。国家のミッションであるからだ。そのミッションの一つが暗殺であるだけだ。

普通、ミッションはこのドキュメンタリーにも出てくるように、複数のシナリオを用意して、1つ目が失敗すれば2つ目、2つ目が失敗すれば3つ目というふうに、次々と手段を変えていく。それはmodus operandiと言われるが、これはラテン語で「手口」という意味である。その手口こそ、まさにこの映画の真髄である。

© 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
© 2019  Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

作品情報

  • 監督・脚本:マッツ・ブリュガー
  • 撮影:トーレ・ヴォーラン
  • 音楽:ヨーン・エリック・コーダ
  • 出演:マッツ・ブリュガー、ヨーラン・ビョークダ
  • 製作国:デンマーク・ノルウェー・スウェーデン・ベルギー
  • 製作年:2019年
  • 上映時間:123分
  • 配給:アンプラグド
  • 公式サイト:http://whokilled-h.com/
  • 7月18日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

予告編

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