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小島秀夫:ゲームの世界を拡張し未踏の地を行く革新者

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2025年6月、最新作『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』を発表した世界的なゲームクリエイター、小島秀夫。複雑な人間ドラマ、アクション、政治的テーマを融合した壮大なゲーム世界を生み出してきた背景と、作品に込めた強い思いを読み取る。

ステルスゲームの創始者

小島監督は、映画的な演出や、戦争や社会問題、老いや死などの重い主題や物語を黎明期(れいめいき)のゲーム業界に持ち込み、メディアとしての表現の可能性を拡張した。世界中のクリエイターを触発し、ゲームを進化させた革新者だ。

代表作「メタルギア」シリーズは、1987年の第1作以降、全世界で累計販売本数6千万本を突破した。2001年に米誌「Newsweek」で「未来を切り拓く10人」に選ばれ、22年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した史上2人目のゲームクリエイターになるなど、国内外で高い評価を得ている。

具体的に、彼が起こした「革新」を紹介しよう。最初の監督(=ゲームデザイナー)作品、『メタルギア』(以下MG)は、敵と正面衝突するのではなく逃げ隠れするゲームであり、2008年、「ステルス要素を主軸として取り入れた最初のビデオゲーム」としてギネス記録に認定された。

1998年のMGシリーズ第3作『メタルギアソリッド』ではソニーのゲーム機「プレイステーション」の性能を生かし、3Dポリゴンのリアルタイムレンダリング(ユーザーの操作や視点の変更に応じて即座に3Dシーンを描画する技術)を駆使して、当時としては画期的な映画的演出を実現した。

2024年5月5日、「大阪コミックコンベンション 2024」に登場したマッツ・ミケルセン(左端)、小島監督とノーマン・リーダス。ミケルセンとリーダスは『DEATH STRANDING』で共演した=クレジット:WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ
2024年5月5日、「大阪コミックコンベンション 2024」に登場したマッツ・ミケルセン(左端)、小島監督とノーマン・リーダス。ミケルセンとリーダスは『DEATH STRANDING』で共演した=クレジット:WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ

また、2019年の『DEATH STRANDING』では、戦い、競い合い、支配する内容が多いゲームというジャンルの中で、敵と戦うことを避けて「つなぐ」「修復する」「生かす」内容を中心に据えた。主人公サムは常に赤ん坊BBを連れて行動し、泣き出したBBをあやすことも、ゲームプレイの中心になっている。

「反戦・反核」とAIへの警鐘

小島は、単なる娯楽と思われがちなゲームジャンルに、現代社会や政治状況に対する極めて強い批評的なメッセージを組み込んだ。そして、そのメッセージを、ゲームデザインに深く有機的に結び付けていることが、ゲーム作家としての最大の特徴だ。

そのメッセージのひとつは「反戦・反核」である。MGシリーズでは、核兵器を発射するための超兵器「メタルギア」の破壊が任務になることが多い。「潜入」のスリリングなアクションゲームを通じ、プレイヤーは、核兵器を巡る科学技術開発の問題や、冷戦下の政治状況などを学ぶ。監督2作目『スナッチャー』(1988年)は、アンドロイドが暗躍するSFの「サイバーパンク」ジャンルを意識した設定で、冷戦時代の疑心暗鬼、信頼の喪失を描いていた。

2015年の『メタルギアソリッドV ファントムペイン』では、プレイヤー自身が傭兵部隊を育成して自衛のために核兵器を所有し、核を撃たれれば核で報復する「相互確証破壊」の“恐怖の均衡”による「核抑止」の概念を体感させる。

核兵器の主題は、弾道計算を担っていたコンピュータや、核攻撃を想定し情報を分散するために生まれたインターネットへの批評性へとつながっていく。2001年の『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』(MGS2)は、インターネットを介した情報操作、陰謀論、虚構と現実の混乱、AIによるコントロールなどを描き、「ポストトゥルース」の現代を予言していたといわれる。

プレイヤーの学びを重視

小島秀夫のゲーム作家としての稀有な才能は、主題とゲームシステム、そして物語を高度に有機的に結び付けることにある。MGS2の場合、コンピュータやAIによる人間管理の主題は、プレイヤー自身がゲームのシステムやシナリオに誘導されて行動する過程を通じて伝わるので、プレイヤーは自らの情報の向き合い方についてのメタ認知(反省)を手に入れることになる。ゲーム自体を批評するメタフィクション性も小島作品の特徴である。

作劇の特徴としては、スパイものの形式を利用し、親子や恋人などの私的な愛憎のドラマと、冷戦や核戦争などの国際政治の問題を重ね合わせて描く「オペラ」的な物語が多い。ここで言う「オペラ」とは、舞台芸術のオペラではなく、人間関係の愛憎と政治的な出来事を密接に結び付けて展開する壮大なドラマを指す。

例えば、『メタルギアソリッド3 スネークイーター』(2004)では、冷戦と核戦争の危機を背景に、愛し合う者同士が殺し合う悲劇を描き、世界が二つに分断されて争う状況を批判した。

『メタルギアソリッド ピースウォーカー』(2010)は、MGS3の続きの物語だが、テーマは「平和」だ。非武装永世中立宣言をしたコスタリカを舞台に展開する争いを避けるゲームデザインの中で、日本の平和憲法や非核三原則への言及もある。主人公スネークは、自分たちは「抑止力に挟まった歯車」であり、「歯車は騒音をたてる」と述べる。冷戦下の地政学的条件の中で西側の「防波堤」として発展してきた日本社会に生じた軋轢(あつれき)や矛盾を、「騒音」という言葉に投影しているのだ。

戦後日本のジレンマ、矛盾を投影する寓意的な物語であり、ゲームを通じて、プレイヤーが平和学的内容を体感する構造になっている。

トラウマを乗り越えるための創造

小島秀夫がゲームの先駆者・開拓者・革新者に成り得た理由の一端は、その生い立ちと結び付いている。

1963年に東京で生まれ、製薬会社で働く父親の転勤で関西に移り住んだ。映画マニアだった父親は、秀夫が幼いころからさまざまな映画を見せて解説をしたという。中でも、小学生のときに見せられたアウシュビッツを扱ったアラン・レネ監督のドキュメンタリー『夜と霧』は強烈な印象を残す。大量の死体をブルドーザーで落とすシーンで受けた衝撃が、彼の「戦争」のイメージを決定づけた。

その一方で、「人類の進歩と調和」のテーマを掲げた1970年の「大阪万博」は、少年時代の小島に戦後復興した日本の明るい未来を想起させた。科学技術の進歩は世界に平和をもたらし、人類はより良い存在に成り得るはずだと、強く夢見るようになったのだ。

中学生のときに、父が目の前で突然倒れて亡くなった。経済的な理由で小説家や映画監督を目指す夢を諦め、大学を卒業した1986年にコナミに入社。革新的なゲームを次々生み出した。

小島はあるインタビューで、父を早くに失ったため「父親コンプレックス」のようなものを抱えてきたと述べている。『メタルギア』シリーズの中心人物「ビッグボス」には父親が投影されている。小島作品には「親子」「死者」のモチーフが多く、親しくなった相手が突然死ぬ場面や愛する者との別れが度々描かれるのは、目の前で父を失った経験が影響しているのだろう。

小島は、「創作者は自身のトラウマをさらけ出すものだ」と語っている。最新作『DEATH STRANDING 2』でも、「死は別れじゃない」というセリフが何度も繰り返される。

父を失った少年時代、孤独に駆られ、自殺すら考えることがあったが、その頃、映画や小説、音楽などに勇気づけられ、救われたとも語っている。自作がシリアスなメッセージや批評性を持っている理由について、小島は、映画や小説が亡くなった父の代わりにさまざまなことを自分に教え、育ててくれたのだと述べている。だからこそ、今度は、ゲームを通じて、プレイヤーを“教育”しようとしてきたのだ。

絶滅の危機にひんした人類への激励

小島作品には、トラウマを受けた者を癒やし、励まし、エンパワメントするメッセージと、困難な状況を意志と工夫で乗り越えるゲームデザインや物語が採用されている。

2015年末に独立してKOJIMA PRODUCTIONSを設立。その4年後に『DEATH STRANDING』をリリースした。同作および続編『DEATH STRANDING 2』の主眼は、人類全体に希望を届けることだ。

上:2025年9月24日、ギレルモ・デル・トロ監督の映画「フランケンシュタイン」(Netflix)のジャパンプレミアに登壇した小島監督 下:デル・トロ監督(左)は、『DEATH STRANDING』にキャラクターとして登場している=東京・港区のユナイテッドシネマお台場(時事)
上:2025年9月24日、ギレルモ・デル・トロ監督の映画「フランケンシュタイン」(Netflix)のジャパンプレミアに登壇した小島監督 下:デル・トロ監督(左)は、『DEATH STRANDING』にキャラクターとして登場している=東京・港区のユナイテッドシネマお台場(時事)

戦争や気候変動が生む人類絶滅の危機は、逃れられない「運命」などではない。人間が互いを信じ、つながり、未来に希望を持ち、生命を愛し、発展させていくことで、乗り越えられるはずだ。未知の領域に乗り出し、創造せよ!──ゲームを通じて、プレイヤーを励まし、鼓舞している。より良い世界を実現して、未来の子どもたちにつなげようという強い願いが込められているのだ。

新しいゲームハードが生まれ、情報環境も変容し続ける。その未知の荒野を恐れず突き進んで適応し、成功を積み重ねてきたパイオニアだからこそ、小島秀夫のメッセージには説得力があり、われわれを勇気付けるのである。

【参考サイト】

バナー写真:2025年6月30日、『DEATH STRANDING 2』発売記念のワールドツアーでロンドンを訪れた小島秀夫監督(Phil Lewis for Kojima Productions / SOPA Images via Reuters Connect)

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