コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(3)宇宙開発競争は軍拡につながらないか

政治・外交 科学

「人類の偉大な飛躍」となった米国のアポロ11号の月面着陸から半世紀。中国の無人探査機が今年1月、世界で初めて月の裏側への着陸に成功したことは記憶に新しい。米中は宇宙開発競争でしのぎを削る時代を迎えている。

最新のドラえもん映画は月の裏側が舞台 

『映画ドラえもん のび太の月面探査記』が3月1日、公開された。地球から約38万キロメートル離れた天体「月」をめぐるアニメ映画である。

主人公のドラえもんとのび太は、好きな場所に行ける「どこでもドア」で月の裏側に移動、ひみつ道具の「動物ねんど」で作った月のウサギ、ムービットはたちまち動き出す。ドラえもんとのび太がいったん地球に戻ると、謎の少年ルカが転校生として現れる。不思議な力を持つルカの正体は、月の裏側で身を隠して住む種族エスパルだった。一方、遠い宇宙のカグヤ星には絶対的な権力とAI(人工知能)を備えた支配者がいて、自らの星を救うために超能力を有するエスパルたちを捕まえようとし、地球侵略さえ企んでいた……。

直木賞作家の辻村深月脚本、八鍬新之介監督のこの映画は、月や宇宙を駆けめぐる「勇気と友情の大冒険」がテーマだ。ルカの姉、ルナは「かぐや姫」だったとの設定にもなっている。

映画では月面裏側に巨大で透明なドームが現れる。ドームの中ではムービットたちによるウサギ王国が繁栄しており、「人類もやがて月に居住できる」と予言しているようだ。

子ども向け映画ながら、地球環境問題や国際政治の在り方を示唆しているようなストーリー展開。月の裏側が舞台となり、冒頭のシーンに月面探査機が出てくるのも暗示的である。

中国の「嫦娥4号」月の背面に世界初着陸

月の裏側は地球からは見えない。地球からの電波も直接届きにくい。その裏面に中国が打ち上げた無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」が軟着陸したのは今年1月3日だった。探査機に搭載されていた月面探査車「玉兎(ぎょくと)2号」が早速、探査を開始した。

1966年に月面着陸に初成功したソ連(当時)の無人探査機ルナ9号から2013年の嫦娥3号まで、月に着陸したのはすべて表側だった。世界初となった“背面着地”は快挙といえる。

「『嫦娥4号』などたくさんの大きな科学技術革新の成果が相次いでデビューを飾った」。中国の李克強首相は3月5日、北京の人民大会堂で開幕した全国人民代表大会(全人代、国会に相当)での政府活動報告で、こう自賛した。

中国の月探査プロジェクト「嫦娥計画」では、年内にも嫦娥5号を打ち上げる。2030年ころには月面基地を設置、中国人宇宙飛行士を滞在させることを目指しているという。

嫦娥は中国の神話上の仙女。不老不死の仙薬を盗んで地上から月に奔(はし)ったという「嫦娥奔月」伝説がある。美女だった嫦娥は月に行ってから蟾蜍(ひきがえる)に変わり、月の精になったといわれる。中国では時代の変遷とともに月の精は兎(うさぎ)であるとされ、「玉兎」が月の異称になった。中国の伝承では月の兎は臼で薬を搗(つ)いている。

日本では、月の美女は平安時代に成立したとされる竹取物語のかぐや姫であり、月の兎は餅をついている。だが、月を軸とする現実の宇宙開発競争は、こうしたロマンとは程遠い。

トランプ大統領、「米宇宙飛行士を再び月へ」

今年はアポロ11号による1969年7月20日の月面着陸から50周年の節目だ。人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長が「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」と語ったことは、よく知られている。

アームストロング船長の人間ドラマと命懸けのミッションを実写化した米映画『ファースト・マン』(デイミアン・チャゼル監督)も作られ、日本では今年2月8日に公開された。

1969年7月、アポロ11号で月面に着陸し、「静かの海」を歩くオルドリン宇宙飛行士。アームストロング船長が撮影した。=NASA提供(時事)
1969年7月、アポロ11号で月面に着陸し、「静かの海」を歩くオルドリン宇宙飛行士。アームストロング船長が撮影した。=NASA提供(時事)

英国の伝説のロックバンド「クイーン」の軌跡を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』は米アカデミー賞4冠に輝いたが、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイ(71)は博士号を持つ天文学者でもある。彼は2018年10月に共著で出版した立体写真集『Mission Moon 3-D』で、アームストロング船長の偉業だけでなく、1961年にソ連(当時)のボストーク1号で人類初の有人宇宙飛行を達成し「地球は青かった」との名言を残したユーリ・ガガーリン少佐ら米ソ両国の英雄をたたえ、東西両陣営の宇宙開発レースを振り返っている。

東西冷戦時代、米ソは国家の威信をかけて宇宙開発で激しく競い合っていた。1972年まで続いた米国のアポロ計画は最後の17号まで計6回の月面着陸を果たし、12人の宇宙飛行士を月に送り込んだ。莫大な費用をかけたアポロ計画以後、人類は月面に立っていない。

ところが、トランプ米大統領は2017年12月11日、宇宙飛行士を再び月に派遣することを明記した新たな宇宙計画を発表した。月への有人探査再開を米航空宇宙局(NASA)に指示したのである。大統領は「最終的に火星やその先の世界に向かう基盤をつくる」とも述べた。

日本の宇宙開発戦略本部は米国の新宇宙計画発表の翌日、参加する方針を決めた。

アポロ計画はソ連より先に有人月探査を実現することが目的だった。新計画は月を拠点に地球から遠い天体を探査することが狙いとしているが、中国への対抗意識も見え隠れする。

こうした中で、トヨタ自動車と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が今年3月12日、月や火星など国際宇宙探査ミッションでの協業を検討することで合意したことは画期的だ。

その第一弾としてトヨタの燃料電池車(FCV)技術を用いた月面探査車「有人与圧ローバ」の開発に乗り出す。JAXAの若田光一理事(宇宙飛行士)は「有人与圧ローバは、2030年代に想定している有人月面探査を支える重要な要素で、29年の打ち上げを目指す」と話す。

有人月面探査車の共同開発について発表したJAXAの若田光一理事(左、宇宙飛行士)とトヨタ自動車の寺師茂樹副社長=2019年3月12日、東京都港区(時事)
有人月面探査車の共同開発について発表したJAXAの若田光一理事(左、宇宙飛行士)とトヨタ自動車の寺師茂樹副社長=2019年3月12日、東京都港区(時事)

有人与圧ローバは全長6メートル、全幅5.2メートルで、宇宙服なしで過ごせる4畳半程度の居住空間を設ける。自動運転技術も導入、1万キロメートル以上の走行が可能という。

米中は新冷戦ではなく、宇宙でも国際協力を

JAXAの無人探査機「はやぶさ2」は2月22日、地球から3億4000万キロメートル離れた小惑星「りゅうぐう」着陸に成功した。はやぶさ2は4月5日、小惑星に人工的なクレーターをつくって調査する世界初のミッションにも挑戦した。

今年は世界的な「スペース・イヤー」となろう。月探査や宇宙開発に挑むのは日米欧、ロシア、インドなどの国家だけではでない。各国の民間企業もビジネスとして宇宙に雄飛する。

例えば、月には「ヘリウム3」が豊富にある。放射能が少なく核融合発電の燃料となるヘリウム3は地球上にはほとんど存在しない。月面には100万トンあると推定され、将来、実用化されれば1万トンで21世紀の全人類の電気エネルギーを賄えるとの試算もある。

主要国が宇宙開発に力を入れるのは、AI時代が到来する中で宇宙やサイバー空間が「第4、第5の戦場」となっているからでもある。とりわけ米中のせめぎ合いは激しさを増す。

「私の政権は宇宙を戦闘領域と認識しており、『宇宙軍』創設は国家安全保障の優先課題」。トランプ大統領は2月19日、米国防総省に宇宙軍創設に向けた法案を作成するよう指示した。同省は3月12日に発表した予算案で、宇宙軍創設の関連費7240万ドルを要求した。

一方、中国の人民解放軍は習近平国家主席が主導した組織改編で宇宙分野を担当する「戦略支援部隊」を新設している。中国は一貫して「宇宙の平和利用」を標榜しているが、2007年には宇宙空間で初の衛星破壊実験を強行した。中国の宇宙飛行士はすべて軍人である。

宇宙空間に国境はない。その象徴が日米欧ロ、カナダなど計15カ国が参加する「国際宇宙ステーション(ISS)」である。いわば“米ロ同舟”であるISSは地上から約400キロメートル上空に建設された大規模な有人宇宙実験施設だ。1周約90分で地球の周りを回っている。

大西卓哉さんら3人が乗り組み、地球帰還に向けて国際宇宙ステーション(ISS)から分離したソユーズ宇宙船=2016年10月30日、NASAテレビより(時事)
大西卓哉さんら3人が乗り組み、地球帰還に向けて国際宇宙ステーション(ISS)から分離したソユーズ宇宙船=2016年10月30日、NASAテレビより(時事)

トランプ政権はISSへの政府予算を打ち切る方針で、現在の枠組みで運用されるのは24年までの見通しだ。これに対し中国は「国際協力と平和」のシンボルであるISSには参加せず、独自の「宇宙ステーション」建設に着手、22年ごろの全面運用を計画している。

世界第1、第2の軍事大国こそ新冷戦に陥ることなく、宇宙開発でも国際協調路線を歩むのが王道ではないか。1967年発効の宇宙条約の前文には「広範な国際協力に貢献する」とのくだりがある。日本はもちろん、米中両国もこの条約の批准国である。

バナー写真:世界で初めて月の裏側に着陸した中国の探査機「嫦娥4号」から発進し、月面上を進む探査車の「玉兎2号」=2019年1月3日(Imaginechina/アフロ)

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