コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(9)イラン新体制 対日関係と核合意の行方

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西アジアの大国イランで、反米保守強硬派の新大統領が誕生した。前大統領が米欧中ロと結んだ「核合意」や、米国の対イラン経済制裁の行方はどうなるのか。歴史的にイランとの関係が深い日本の外交的役割も改めて問われている。

新大統領は反米保守強硬派

6月18日のイラン大統領選挙で当選したイブラヒム・ライシ師(60)が8月3日、第8代大統領に就任した。任期は4年。ライシ新大統領は、最高指導者ハメネイ師(82)の最側近で、イスラムの教えに厳格な“保守強硬派”とみられている。

保守強硬派大統領の登場は、米国と対立して核開発を進めたアフマディネジャド元大統領以来、8年ぶりとなる。

ライシ師は1960年12月、イラン北東部のイスラム教シーア派の聖地マシャドで生まれた。15歳になると中部コムにある神学校に進学、後にイスラム法学の博士号も得たという。王政が倒された1979年のイラン革命後に検察官になった。

ライシ師は検事総長などを経て2017年6月の大統領選に出馬したが、現職のロウハニ大統領に敗れた。その後、ハメネイ師に任命されて19年に司法府代表に就任、今回の大統領選で当選した。ただ、投票率は約49%と革命後の選挙で最低を記録、得票率も約62%にとどまった。 

イランの正式な国名は「イラン・イスラム共和国」。イスラム法学者が統治する政教一致の体制だ。最高指導者は終身制。国家のトップとして司法、国防、外交など国政全般の最終決定権を持つ。

一方、直接選挙で選ばれる大統領は、連続2期8年まで務めることができる。憲法上、最高指導者に次ぐ行政府の長として経済政策、外交などを担当する。しかし、権限は限定的で、最高指導者の意向には逆らえない。ちなみにライシ大統領はハメネイ師の後継候補の一人といわれている。

「核合意」再建と制裁解除が課題

2013年8月から2期8年務めたロウハニ前大統領は現実主義的な“保守穏健派”といわれ、国際社会との対話路線を進めた。15年7月には米英仏独中ロ6カ国と「核合意」を締結した。正式名称は「包括的共同行動計画(JCPOA)」で、イランが核開発を自制する代わりに、欧米が対イラン経済制裁を段階的に解除していくものだ。

ところが、「最悪の取引」だと批判してきた米国のトランプ大統領は18年5月、「核合意」から一方的に離脱した。米国はイランに対して過去最大の制裁も科した。制裁の一環として各国がイランの原油・石油製品を輸入することを禁じた。これに反して購入すれば、関与した企業は米市場での活動を停止される。イラン産原油に頼る日本などにとっても対応が難しい内容だった。

今年1月に就任したバイデン米大統領は「核合意」の再建に意欲をみせている。バイデン氏はオバマ大統領(当時)が「歴史的決断」をして15年にこの合意に達したときの副大統領だった。

ライシ師は大統領選当選直後の6月21日、テヘランで記者会見し、米国には対して核合意への「迅速な復帰」と経済制裁の「全面解除」を強く求めた。

米国の核合意離脱後、イランの原油輸出は滞り、国内経済も低迷、国内総生産(GDP)はマイナス成長に陥った。これに新型コロナウイルス感染症が追い打ちをかけている。 

ライシ大統領にとっては「核合意」への米国の復帰と経済制裁の解除が優先課題だろう。だが主張の隔たりは大きく、米国との交渉は難航しそうだ。新大統領への欧米の視線も厳しい。1988年のイランでの政治犯大量処刑などにライシ師が司法官として関与していたのではないかと、国際人権団体などからも疑惑の目を向けられている。

日本は祝意、「伝統的な友好関係」

日本政府はイランとの「伝統的な友好関係」を大切にしている。ライシ師の大統領選当選を受けて、外務省報道官は6月21日、「次期大統領の下で、中東地域の緊張緩和と情勢の安定化に向け、建設的な役割を果たしていくことを期待します。(中略)日本とイランの二国間関係の強化に努めていきます」との談話を発表した。

日本・イラン友好議員連盟の岸田文雄会長(元外相)ら一行は6月24日、東京・南麻布のイラン大使公邸にラフマーニ駐日大使を訪ねた。イラン大使館のツイッターによると、岸田会長はライシ師の次期大統領選出について祝意を伝えた。

東京オリンピック開催中の7月27日、イラン大使公邸で「オリンピック記念ペルシャ絨毯(じゅうたん)除幕式」が催された。手織りのペルシャ絨毯を国際オリンピック委員会(IOC)、日本オリンピック委員会(JOC)などに寄贈するセレモニーで、横井裕JOC常務理事(前駐中国大使)、イランオリンピック委員会のサーレヒ会長ら多くの関係者が出席した。

イラン大使公邸で行われた除幕式=2021年7月27日(筆者撮影)
イラン大使公邸で行われた除幕式=2021年7月27日(筆者撮影)

「奈良時代の天平8年(西暦736年)にペルシャ人が来日したことが『続日本紀』に記されている」。除幕式では日本民間外交推進協会(FEC)の松澤建理事長(日本興亜損害保険相談役・元会長)が来賓として挨拶し、日本とイランの長い交流の歴史を紹介した。

ラスター彩に象徴される文化交流

東京五輪期間中、在京イラン大使館では7月27日から「美しいイラン」と題する展覧会が開催された。前日にはオープニングセレモニーが催され、萩生田光一文部科学相が来賓として挨拶した。

萩生田氏は「奈良の正倉院にササン朝ペルシャ(西暦224~651年)のガラス器がある」とシルクロードを通じて交流があった歴史を振り返った。そのうえで「イスラム陶器の至宝と呼ばれるラスター彩を人間国宝の陶芸家、故加藤卓男氏が再現したことも、日(にち)・イランの文化交流を象徴するものだ」と強調した。

ラスター彩陶器は9世紀ころ、メソポタミアで発明された。「ラスター」とは英語で「光沢、輝き」を意味し、陶器の表面に金属的な光沢を与える顔料のこと。特殊な技法のラスター彩陶器は12世紀後半からペルシャ(現在のイラン)で隆盛を極めたが、戦乱の中で18世紀ころに姿を消してしまう。

岐阜県多治見の陶芸家、加藤卓男氏(1917-2005)は革命前のイランに何度も通って発掘調査や陶片採集を続け、復元不可能といわれたラスター彩の技法再現に成功したことで知られる。その技法を受け継いだのが長男、七代加藤幸兵衛氏である。

幸兵衛氏は2013年7月、日本からラスター彩の作品をテヘランに運び、イラン国立考古博物館で「里帰り展」を開いた。実は父、卓男氏がイラン政府からの依頼を受け、同博物館で自作ラスター彩の個展を開く予定だったが、1979年の革命で流れた経緯がある。34年ぶりに果たした「里帰り展」は父子の作品展ともなった。

幸兵衛氏は2016年6月に発足した「東海イラン友好協会」(会長、神田真秋・前愛知県知事)の設立に尽力した。同年、イランから大学教授などを兼ねる男性陶芸家2人を多治見の幸兵衛窯に受け入れてラスター彩の技法を伝授した。

日本とイランの外交関係樹立90周年に当たる2019年、幸兵衛氏はイランから女性陶芸家のアリエ・ナジャフィさんとアーテフェ・ファーゼルさんを幸兵衛窯に招き、技術指導した。この2人の弟子が制作した3点のラスター彩陶壁は同年10月、テヘラン市内のレザー・アッパースィ博物館に寄贈された。同博物館での寄贈式には幸兵衛氏も日本から駆け付けた。

レセプションで挨拶する七代加藤幸兵衛氏=2017年1月18日、在京イラン大使館(筆者撮影)
レセプションで挨拶する七代加藤幸兵衛氏=2017年1月18日、在京イラン大使館(筆者撮影)

今回の在京イラン大使館での「美しいイラン」展には幸兵衛氏のラスター彩陶壁「オリエント幻視想」が展示された。ラスター彩はまさに両国の文化交流のシンボルといえそうだ。

日本は米国とイランの橋渡し役

イランは国土面積で日本の約4.4倍と広大で、人口は2020年で8400万人を超え、世界18位だ。資源大国であり、確認埋蔵量(2018年末)は原油が世界4位、天然ガスは同2位である。

中東問題に詳しい中西俊裕・帝京大学教授は「イランは日本のエネルギー戦略上、極めて重要な国だ。トルコ、エジプトと並ぶ中東の人口大国で、マーケットとしても魅力がある。日本の商社などは米国とのビジネスを円滑に進める上でも、核合意の維持と対イラン経済制裁の早期解除を期待している」と指摘する。

中東情勢の安定は日本経済、ひいては世界経済にとっても死活的に重要だ。その意味でもイラン核合意は日本の国益に資する。

実際、日本が米国とイラン両大国の仲介役を演じた事例がある。トランプ政権が核合意から離脱した1年後の2019年6月、安倍晋三首相はイランを訪問し、ハメネイ最高指導者、ロウハニ大統領と会談した。

日本・イラン友好議連会長でもある岸田文雄氏は同年10月10日の衆議院予算員会で、「総理は今後、米国とイランの関係、どのように橋渡しをし、そして中東の安定を実現して、わが国の国益をどうやって守ろうとされているのか」と質問した。

これに対し、安倍首相は6月のイラン訪問後にトランプ大統領とも中東情勢について突っ込んだ議論をしたと答弁し、「今後も、日本としてできる役割を果たしていきたい。地域の緊張緩和と安定化に向けて粘り強い外交を展開していきたい」との決意を披歴した。

ロウハニ大統領は19年12月に来日した。外務省によると、その際の首脳会談を含めて安倍首相は在任中、ロウハニ大統領と計11回(電話会談も含む)も会談している。

イランの動向は中東情勢を左右する。新体制の発足で、現職の菅義偉首相の外交力も試されている。「伝統的な友好関係」を生かして米国との橋渡し役を担うことが課題だ。ライシ大統領とは率直に意見交換し、核合意の厳格な履行と対外行動の自制を促すべきだろう。

バナー写真:テヘランでハメネイ師(左)から大統領就任の認証を受けるライシ師=2021年8月3日、イラン最高指導者事務所提供(AFP=時事)

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