コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(10)岸田新政権 中台のTPP加盟申請にどう臨むか

政治・外交

自民党の岸田文雄総裁が第100代首相に選出され、新政権が船出した。その直前、中国と台湾が矢継ぎ早に「環太平洋経済連携協定(TPP)」への加盟を申請した。米中の覇権争いの中、日本はアジア太平洋地域の経済統合を主導できるのか。

「経済安保」担当相の新設が目玉

「大安」の10月4日に発足した岸田内閣の外交・安全保障政策のキーワードは「経済安全保障(経済安保)」である。目玉は、担当相を新設したことだ。衆院議員当選3回、46歳の小林鷹之氏がこのポストに抜擢された。

経済安保をめぐる論議は、岸田首相が政調会長時代の2020年6月に設置した自民党「新国際秩序創造戦略本部」が先導してきた。同本部は経済安保を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義している。

具体的には人工知能(AI)や次世代通信規格「5G」、半導体など軍事転用可能な「機微技術」の流出防止や輸出管理、サイバー攻撃対策、サプライチェーン(供給網)の強化など多岐にわたる。経済と安全保障が融合した分野で、“兵器を使わない戦争”とも称される。

同本部の本部長は岸田氏。座長の甘利明氏(当時、党税調会長)は経済安保の論客で、今回の自民党役員人事で党幹事長に就任した。同本部幹事長の山際大志郎氏は経済財政・再生相、事務局長の小林氏が経済安保相とそれぞれ要職に就いた。彼らが中心となって中台のTPP 加盟問題に臨む。

甘利氏は2015年、経済財政・再生相としてTPP交渉で各国と渡り合い、「タフ・ネゴシエーター」の異名をとった。山際経済再生相は岸田内閣でまさにTPPを担当する。今年、日本はTPPの最高意思決定機関「TPP委員会」の議長国だ。

「経済連携協定を主導せよ」

世界は今、2国間の自由貿易協定(FTA)から多国間のメガFTA時代を迎えている。アジア太平洋を舞台とした経済圏構想はTPPをはじめ、東アジアの地域的な「包括的経済連携(RCEP)」、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」などが重層的に動き出している。日中韓FTAも交渉中だ。

こうしたメガFTAと経済安保は密接に絡むだけに、経済界の関心も高い。経済同友会は今年4月、「強靭な経済安全保障の確立に向けて」と題する報告書をまとめ、日本が取るべき針路を示した。

報告書は、日本が経済安保を担保していくためにはTPPやRCEPなどの「経済連携協定を主導することによる多国間のルール形成への戦略的かつ積極的な関与、その国際的な地位を支える国力の基盤となる経済力や技術力の強化が重要な要素となる」と提言している。

中国とTPPは古くて新しい問題

TPPは米国と日本がリードして2015年に12カ国で大筋合意した。その時点では世界人口の1割強の約8億人、国内総生産(GDP)で世界の4割近くを占める大規模経済圏が誕生するはずだった。

ところが、米国のトランプ大統領は就任直後の17年1月に離脱した。その後、日本がまとめ役となり18年12月に11カ国で発効した経緯がある。「TPP11」(正式名称はCPTPP=Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)の規模は人口約5億人、GDPも世界の約14%にしぼんだ。しかし、工業製品を中心とした関税撤廃率は99%に達し、電子商取引、投資、サービス、労働者保護などのルールも高水準だ。

中国がTPPへの加盟を申請したのは9月16日、台湾は22日だった。自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)とほぼ重なっていた。中国の申請はTPPから米国が抜けている間隙(かんげき)を突いた形だ。唐突感も否めないが、実は中国とTPP は「古くて新しい問題」でもある。

15年10月6日、安倍晋三首相(当時)はTPP交渉の大筋合意を受けた記者会見で「将来的に中国も参加すれば、わが国の安全保障にとっても、アジア太平洋地域の安定にも大きく寄与し、戦略的にも非常に大きな意義がある」と発言。これに対し、中国の高虎城商務相(同)は「歴史と現実が証明しているように、広大な太平洋は中国と米国を十分受け入れることができる」と将来の加盟に含みを残した。

それから5年。中国の習近平国家主席は20年11月20日、シンガポールでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)にオンライン参加し、TPP加盟を「積極的に考える」と断言していた。

国連総会の一般討論演説にビデオ形式で参加した中国の習近平国家主席(米ニューヨーク)=2021年9月21日(AFP=時事)
国連総会の一般討論演説にビデオ形式で参加した中国の習近平国家主席(米ニューヨーク)=2021年9月21日(AFP=時事)

中国には高い壁、台湾と同時加盟か

「中国がTPPが求める高い水準をしっかり満たすことができるかどうか。国有地、国有企業の在り方、知的財産権への対応とかを考えると、中国がクリアできるかどうか、なかなか不透明ではないか」

岸田首相は10月4日の就任後の記者会見で、中国のTPP加盟申請については慎重に見極める姿勢を示した。山際経済再生相は翌5日の記者会見で、TPP委員会の議長国として「高いレベルを維持した拡大に取り組んでいく」と表明、暗に中国をけん制した。中国にとってTPPの透明性や公平性など厳格なルールは高い壁となる。

かたや、台湾の蔡英文総統は申請翌日の9月23日、「我々は全てのルールを受け入れる用意があり、TPPに加盟したいと思っています。日本の友人たちには我々のこの努力をぜひ支持して欲しいです!」と日本語でツイート。同日、安倍晋三氏が「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する台湾の申請を歓迎します」とツイートで返すなど、日本側は“歓迎”一色だ。

台湾の蔡英文総統と安倍晋三氏のツイート

TPPへの加盟に当たっては、交渉開始、最終決定と2段階ですべての加盟国の合意が必要だ。「一つの中国」を掲げる中国は台湾の加盟に「断固反対」している。仮に中国が先に加盟すれば、台湾のTPP入りは絶望的になろう。

中国の面子を立てながら台湾加盟を先行させるか、中台同時加盟のシナリオを描くか、交渉が始まっても決着までには年単位の時間がかかるかもしれない。現在の議長国、日本は極めて難しいかじ取りを迫られる。来年の議長国シンガポールがどう対応するかも予断を許さない。

アジア太平洋巨大経済圏への道

中国が主導してきたRCEPは、インドが中国製品の大量流入を懸念して交渉から撤退した。この結果、15カ国で2020年11月に署名、各国の批准を経て22年1月までの発効を目指している。世界人口の約3割の22億6000万人、GDPでも世界の約3割の26兆ドルと広大な経済圏になる。ただ、関税撤廃率は91%で、TPPに比べると低い。

TPPに続き、RCEPがスタートすれば、FTAAPという巨大経済圏が視野に入ってくる。FTAAPはAPEC加盟21カ国・地域すべてを統合する構想で、世界人口の約4割、GDPでは約6割を占める。

TPPはFTAAPの枠内にすっぽりと入る。将来、TPPとRCEPが結合すれば、ほぼFTAAPが完成するという大団円を迎える構図だ。

自民党総裁選が繰り広げられた9月以降、国際情勢は目まぐるしく動いた。9月15日には米英豪による新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」創設が発表され、24日には米ワシントンで日米豪印の「Quad(クアッド)」首脳会議が初めて対面で開かれた。

10月に入ると、中国軍機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に連日侵入し、軍事的に威圧した。AUKUSなど米国主導の“対中包囲網”に中国が対抗しているように映る。台湾問題は依然として米中間の「とげ」だ。

その一方で、バイデン米政権は9月24日、カナダで拘束された中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟・副会長兼最高財務責任者(CFO)を解放した。この一件はトランプ政権時代から経済安保をめぐる米中対立の象徴だった。とりあえずの落着で、米中両首脳が顔を合わせるなど、関係改善に向かうのか今後の展開を注視したい。

米中両大国のデカップリング(分断)は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で加速した。「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承した岸田政権は経済安保の観点からもアジア太平洋経済圏の拡大・進化を主導する使命がある。

岸田首相は10月5日から、バイデン米大統領を皮切りにオーストラリアのモリソン首相、プーチン・ロシア大統領、習近平国家主席、インドのモディ首相らと電話やテレビ会議で就任の挨拶をした。Quadの結束を確認するとともに、中国やロシアにも配慮した巧みな外交デビューだ。

米国不在のTPP は画竜点睛を欠く。米国が署名した「TPP12 」と現在の「TPP11」は条約内容が微妙に異なるものの、米国に復帰を促すべきだ。半面、楔(くさび)を打ち込んできた中国に対してはTPP加盟申請を逆手にとって、障壁となっている国有企業の改革を求めるなど、したたかな外交を期待したい。それには先ず、10月19日公示、31日投開票と両日とも「仏滅」の衆院総選挙を乗り越えなければならない。

バナー写真:オーストラリアのスコット・モリソン首相(画面)とテレビ会談する岸田文雄首相=2021年10月5日、東京都千代田区[内閣広報室提供](時事)

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