コラム:亜州・中国

コラム:亜州・中国(18) 3期目の習国家主席、ウクライナ和平の仲介役を演出

国際・海外

中国では3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)を経て、3期目の習近平国家主席が率いる政権が本格始動した。権力基盤を固めた習氏はウクライナ和平の仲介外交に乗り出した。中国の新体制はどのような国際秩序を目指すのか。

プーチン大統領に停戦交渉促す

3月20日から3日間、ロシアを公式訪問した中国の習近平国家主席は、プーチン大統領と非公式会談や食事をともにしたときも含めて約10時間も顔を合わせた。焦点のウクライナ危機について習氏は「対話が最良の道だ」と停戦交渉の早期再開を促した。

これに先立ち中国はロシアのウクライナ侵攻から1年が経った2月24日、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する12項目の仲裁案を公表していた。今回の中ロ首脳会談で、プーチン氏はこの仲裁案を歓迎する意向を示した。しかし、ウクライナ和平に向けた具体的で目に見える進展はなかった。

ロシアとウクライナ双方に和平交渉を呼び掛けた中国の仲裁案には「すべての国の主権の尊重」「停戦・戦闘の停止」「一方的な制裁の停止」などの項目が列挙されている。中国は客観的で公正な立場だと強調するが、ウクライナが望む「ロシア軍の撤退」の項目はない。

中国は3月10日、断交していたイランとサウジアラビアの7年ぶりの関係正常化を仲介して世界を驚かせたばかりだ。今回の習氏の訪ロにも仲介外交への期待が高まったが、中途半端に終わった。習氏が真の調停者となるには、ウクライナのゼレンスキー大統領ともオンラインを含め何らかの形で会談する必要があろう。

中ロ首脳、新たな国際秩序を模索

「友好、協力、和平の旅」を掲げた習氏の訪ロについて、中国国営の新華社通信は「国際社会が高く評価」と自賛している。同通信によると、習氏はプーチン氏との会談で「現在は百年来の変局が急速に進み、世界の力関係が大きく変化している」、「共に努力してグローバルガバナンスが国際社会の期待に合致する方向に進むよう導き、推進し、人類運命共同体の構築を推し進める必要がある」と持論を伝えた。

3月21日、習氏はクレムリンでの公式会談、そして晩さん会に臨んだ。プーチン氏が玄関先まで見送ったときの両首脳の立ち話のやりとりが興味深い。TBSテレビのニュースによると、次の通りだ。

習氏「われわれは今、百年間見られなかった変化を目の当たりにし、動かしているのだ」
プーチン氏「その通りだ」
習氏「親愛なる友よ、身体に気をつけて」

米国主導の国際秩序と対峙し、新たな国際社会の姿「多極化する世界」を模索する意図が読み取れる。習氏は今年6月に満70歳になるが、ロシアの男性の平均寿命68歳を超えて昨年9月に古稀を迎えたプーチン氏の健康も気遣っている。

今回の中ロ共同声明で「両国関係は歴史上最高水準」と謳い上げた。会談ではプーチン氏が習氏の国家主席3選を祝い、習氏は来年の大統領選を見据えて「ロシア国民が強く支持すると確信している」とエールを送った。プーチン氏には国際刑事裁判所(ICC)から3月17日、戦争犯罪の容疑で逮捕状が出た。それにもかかわらずである。

中国にとって、ロシアに欧米寄りの政権が誕生することは悪夢のシナリオなのだろう。両首脳は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大が“危機”を招いたとの認識も共有している。しかし、これまで40回以上会談した盟友とはいえ、両者の思惑は完全に一致しているわけではない。中国はサプライチェーンの確保など自国経済のためにも、米国とこれ以上の対立は望んでいないフシがある。

プーチン氏が北京冬季五輪に合わせて訪中した2022年2月4日の共同声明では「中ロの友好・協力関係に制限や禁じられた分野はない」と明記したが、この“無限の友情”声明が同24日のウクライナ侵攻を中国も許容していたのではないかと米欧に疑われ、非難された経緯がある。今回の声明ではこの文言は消え、中ロ両国は「同盟を結ばず、対抗せず、第三国を標的にしない」としている。

習氏としてはロシアとは“軍事同盟”ではないと言い張ることで、米欧からの批判をかわそうとしているのかもしれない。だが、中ロの貿易額は過去10年間で倍増、特に2022年は前年比29%増の1903億ドル(約24兆7390億円)と過去最高だった。中国は武器や弾薬を輸出しないとしても、西側からの経済制裁で孤立しているロシアを原油輸入など貿易面で支えているように映る。

しかも、ロシアにとって中国は輸出入とも最大の貿易相手国。輸出決済通貨はドルから人民元への移行も進んでいる。ロシアは経済的に「中国化」しつつあるのだ。

岸田首相はウクライナ“電撃”訪問

習氏の訪ロと並行して、岸田文雄首相は3月21日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)を電撃的に訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。岸田首相は「ゼレンスキー大統領のリーダーシップの下で、祖国と自由を守るために立ち上がっているウクライナ国民の勇気と忍耐に敬意を表する。日本は一貫してロシアを強く非難し、厳しい制裁を行うとともに、ウクライナに寄り添った支援を行ってきた」と伝え、殺傷力のない装備品などの追加支援を約束した。

そのうえで「日本は、本年のG7(主要7カ国)議長国を務めており、5月のG7広島サミットではG7の揺るぎない団結を維持するとともに、G7として法の支配に基づく国際秩序を守り抜くという決意を示したい」とし、オンラインでのサミット参加を要請した。ゼレンスキー大統領は快諾し、「岸田首相は国際秩序の守護者」と持ち上げた。

ウクライナの首都キーウ(キエフ)を訪問し、ゼレンスキー大統領(右)の出迎えを受ける岸田文雄首相=2023年3月21日[内閣広報室提供](時事)
ウクライナの首都キーウ(キエフ)を訪問し、ゼレンスキー大統領(右)の出迎えを受ける岸田文雄首相=2023年3月21日[内閣広報室提供](時事)

日本の首相が戦闘下の国・地域に足を踏み入れたのは第2次世界大戦後、初めてだった。実はロシアには事前通告していたとの情報もある。G7首脳としてのウクライナ訪問は最後尾だったものの、中ロ両国への衝撃的なメッセージになったのは間違いない。

中国外務省の汪文斌報道官は3月21日の記者会見で、「私たちは日本側が情勢の緩和に役立つことを多くすることを望んでおり、その逆のことをしないよう希望する」と高圧的な発言をした。

「モスクワでのロシアと中国の首脳会談にぶつけて影響を及ぼす目的だった可能性がある」。ロシア外務省のザハロワ情報局長は3月23日の記者会見で、ウクライナ訪問についてこう論評した。

岸田首相が地元・広島の「必勝しゃもじ」をゼレンスキー大統領に贈ったことも波紋を広げている。厳島(いくつしま)神社が世界文化遺産に登録された宮島(広島県廿日市市)特産の杓子(しゃくし)だ。情報発信サイト「ひろしま文化大百科」によると、明治時代の「日清・日露戦争時には、全国から召集された兵士が広島の宇品港から出征する際、厳島神社に無事な帰還を祈願し、『敵をめしとる』という言葉に掛けて杓子を奉納し、故郷への土産物として持ち帰った」などと紹介されている。

ロシア国営タス通信は、日露戦争(1904~05年)時の「兵士のお守り」だったと報じた。必勝しゃもじ贈呈をロシアへの挑発だと受け止めているようだ。ウクライナは帝政ロシア時代、その版図にあった。

「グローバルサウス」をめぐる攻防

岸田首相はウクライナ訪問直前の3月20~21日、インドを訪問し、モディ首相と会談した。5月のG7広島サミットに招待し、モディ首相も出席の意向を示した。

G20(20カ国・地域)の今年の議長国でもあるインドは南半球を中心とするブラジル、南アフリカなど新興国や途上国群を意味する「グローバルサウス」の代表格である。今回の日印首脳会談を通じてG7とG20の議長国が連携することを確認した形だ。

岸田首相はニューデリーで演説し、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のための日本の新たなプランを明らかにした。グローバルサウスを念頭に「2030年までにインフラ面で官民合わせて750億ドル(約9兆7500億円)以上の資金をインド太平洋地域に動員し、各国とともに成長していく」との計画を打ち出したのである。

中国は広域経済圏構想「一帯一路」などを通じてグローバルサウスに深く関与している。日本は世界最大の民主主義国でもあるインドを「FOIP実現に不可欠なパートナー」と位置づけ、経済や安全保障での協力を強化したい考えだ。グローバルサウスの盟主をめぐっては強権主義の中国と民主主義陣営のインドがせめぎ合っている構図だ。

シン「習・李」体制は強国路線へ

3月5日開幕、13日閉幕の中国全人代では政府(国務院)などの主要人事が決まった。李克強氏の後任の首相には習国家主席の腹心、李強氏が選出された。シン(新)「習・李」体制はどのような性格の政権になるのだろうか。3期目の国家主席に就任した中国共産党総書記、習氏の13日の演説にそのヒントがある。

「今世紀の中ごろまでに、社会主義現代化強国を全面的に建設し、中華民族の偉大な復興を全面的に推進することは、全党と全国国民の中心的な任務である。強国建設と民族復興のバトンは、歴史的にわれわれの世代に渡された」

約15分の演説で、「強国」というキーワードを12回も繰り返した。強国路線を突き進むことは自分たちの世代の責務だと自負しているようだ。演説では長期政権への意欲もにじませた。

全人代で演説する中国の習近平国家主席=2023年3月13日、北京の人民大会堂(新華社=共同)
全人代で演説する中国の習近平国家主席=2023年3月13日、北京の人民大会堂(新華社=共同)

米中間のトゲである台湾問題では、昨年10月の第20回党大会の演説に盛り込まれた「武力行使の可能性」には今回、言及しなかったが、「外部勢力の干渉と台湾独立の分裂活動に断固反対」と言明した。外部勢力である米国や日本にクギを指す強硬な姿勢は変わっていない。

3月26日、中米のホンジュラスは外交関係があった台湾と断交し、中国と国交を樹立した。これで台湾が外交関係を維持するのは南米のパラグアイなど残り13カ国になった。中国は来年の台湾総統選もにらみ、台湾と外交関係がある国々を着々と取り込んでいるのだ。

岸田首相は同日、神奈川県横須賀市での防衛大学校の卒業式で訓示した。「世界は歴史の分岐点を迎えている」と訴え、「今日のウクライナは、明日の東アジアかもしれない」との認識も示した。日本は日米同盟をはじめ日米豪印の枠組み「Quad(クアッド)」など自由主義陣営の連携を主導すべきだ。その意味で先の日韓関係改善は評価できる。

国際社会は強権的な中国の新体制を注視している。林芳正外相が4月1日から2日まで訪中し、最近北京で日本人が拘束されたことに抗議するとともに、中国側に早期解放を求めたのは当然だ。中国の秦剛(しん・ごう)国務委員兼外相は両国関係について「歴史や人民に恥じることのない正しい選択をすべきだ」と述べたが、中国こそ責任ある大国として振る舞い、国際協調の王道を歩んでほしい。ウクライナ危機の外交的解決に向けては、アジア唯一のG7であり、現在は国連安全保障理事会の非常任理事国でもある日本の責任も重い。

バナー写真:モスクワでの会談を終えて共同声明に署名し、握手する中国の習近平国家主席(左)とロシアのプーチン大統領=2023年3月21日(AFP=時事)

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