ニッポンのLGBTはいま

ニッポンのLGBTはいま(3)LGBTについて私たちが知らないこと

社会

2015年の電通ダイバーシティ・ラボの調査によると、日本におけるLGBTの割合は人口の7.6%で、13人に1人と言われている。「LGBT」という言葉が普通に使われるようになったが、私たちはその13人に1人のことをどれくらい知っているだろうか。LGBTのカウンセリングを行っている精神科医の針間克己氏に、彼らの抱える生きづらさなどについて教えてもらった。

針間 克己 HARIMA Katsuki

医学博士。はりまメンタルクリニック院長。東京大学医学部大学院博士課程修了。日本性科学会理事長。GID学会理事。日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。World Professional Association for Transgender Health(WPATH)会員。主な著書に『一人ひとりの性を大切にして生きる―インターセックス、性同一性障害、同性愛、性暴力への視点』などがある。

将来を絶望してしまう理由

雑誌「新潮45」に「LGBT支援の度が過ぎる」という寄稿文を書いた自民党の杉田水脈衆院議員だが、2015年のインターネットTV「日いづる国より」でも「生産性がない同性愛の人たちにみなさんの税金を使って支援をする。どこにそういう大義名分があるんですか?」と寄稿文と同じ内容のことを発言。さらに、「同性愛の子どもは自殺率が高いと聞いた」などと話しながら笑う姿があり、寄稿文の内容同様、問題となった。当然、どんな人の自殺率が高くとも笑っていいことではない。例えば、性同一性障害者の自殺関係事象の経験率は以下のグラフが示すように高い。

針間氏はその理由として、思春期に日に日に体が変化していくことで強まる「違和感」、家族に自分のセクシュアリティを明かすことができず、家庭にさえ居場所があるわけではない「孤立感」、それから学校や会社における「いじめ」を挙げる。

「それに加えて、『恋愛』の問題もあります。レズビアンやゲイなら、相手も同性愛でなければ恋が実らないつらさがあります。トランスジェンダーは、そもそも恋愛が実りにくい。もし恋人同士になれたとしても、別れるようなことになれば、『あなたはしょせん、本物(の女性もしくは男性)ではない』と言われ、さらに『結婚できない』『子どもができない』『将来がない』などの、本人がどうすることもできない現実を突きつけられることがある。それは、恋が最終的に実らなかったことの上に突きつけられる2本目の刃となります」

自殺を考えてしまう理由は、こうした外部の要因にとどまらない。当事者が、自分で自分を追い詰めてしまうこともある。

「『内在化したフォビア(恐怖症)』というのがあります。例えば、テレビで自分のようなLGBTのキャラクターが気持ち悪く描かれたり、笑われたりしていると、当事者がそれを内在化し、自分で自分を『気色悪い存在なんだ』と思ってしまう恐怖症のことです。またトランスジェンダーなら『輪廻転生』を信じて、生まれ変われば本物の男性もしくは女性になれるのでは、と命を絶ってしまうこともある」

「それから、これはLGBT全般に言えることですが、『生きている実感の欠落』が自殺の原因になります。例えば、ゲイで本当は男性アイドルが好きなのに、女性アイドルが好きなふりをしてしまう。また、トランスジェンダーだったら、無理して男性が好きなのに女性が好きなように、もしくは女性が好きなのに男性が好きなように、周囲に恋愛の話をしてしまう。些細なことのように思うかもしれませんが、本来の自分を生きていないのだから、生きている実感がわかない。本来の自分で生きようとすれば差別されたりいじめられたりするし、偽りの自分を生きようとすれば生きている実感がわかない。そうなると将来を絶望することになるのです」

では、絶望せずに、本来の自分を生きるためには、どうすればいいのか。

「いまは昔と違って、一歩踏み出せば、ネットで仲間と繋がることができます。仲間に出会うことで、少なくともそこに居場所ができ、孤立感は解消できます。また、カミングアウトなどをして、自分らしく堂々と生きているロールモデルも社会に増えています。そうした彼ら彼女らが、明るく生きていける未来があるんだという可能性を示してくれます。だから、自分らしく生きて、差別やいじめがなくなるよう、自らも働きかけてほしい」

恋愛対象の悪意なきアウティング

しかし、もし本人にその必要があってカミングアウトをしたとしても、その相手からアウティング(カミングアウトした本人の了承なく、第三者に勝手にその本人の性的指向や性自認を暴露すること)されるということもある。

「アウティングされた、という相談がメインで私のクリニックに来る人はあまりいません。逆に言えば、それくらいよくあることなんです。カミングアウトするということには、何らかの理由があります。言ってスッキリしたかった、もっと仲良くなりたかった、もしトランスジェンダーなら、これからは男性もしくは女性として扱ってほしいなどです。だから、もしも知り合いにカミングアウトされたなら、『あなたはあなたで変わりはないよね』と認めて、第三者には言わず、カミングアウトした理由を聞いてあげてほしい」

ただ、恋愛対象としてカミングアウトされた場合は、それとは分けて考えなければいけないという。

「異性愛でも、『あいつに告白された』などと仲間に言うことはあります。それは、ときに告白の重みを受けた照れ隠しであったり、戸惑いからの行動だったりもします。そこから考えればわかるように、恋愛対象としてカミングアウトされるというのは、やはりかなり重いことです。その重さを受け止めるからこそ、つい誰かとシェアしたくなってしまうこともある。だから、そうした場合のアウティングにいつも悪意があるのかというとそうでもない。けれども、アウティングされた側には、それが恋愛対象によるものだったという多大なダメージがある。結果、当事者を死に追いやってしまうこともあるのです」

精神科医の針間克己氏
精神科医の針間克己氏

手術が社会的な困難解決の手段になることは恐ろしい

「悪意なく」起こる問題は他にもある。例えばトランスジェンダーの場合、戸籍の性別を変えることが、職場などで本来の性別で生きていくことを認められるいちばんの解決策になっている。MtFのトランスジェンダー(Male to Female、出生時は男性で現在は女性として生活している人)で戸籍も女性ということなら、職場でもトイレや更衣室は女性用を、となりやすいのだ。しかし、戸籍を変えるためには性別適合手術をする必要がある。

「でも、みんなが手術をしたいわけではない。普通、誰でも体にメスを入れるなんて怖いでしょう? しかし、手術するという解決策があるからこそ、当事者は手術しなければ、と思ってしまう。手術をしていない自分がどうしても偽物っぽく感じられるから、職場などに対して嫌だとは主張しにくいのです」

「逆に職場などでも、手術すれば解決するのだからと、中途半端な状況を許さないような雰囲気になる。『さっさと手術すれば』という無言の圧力がかかることになり、手術をしない人は社会生活を送りづらい状況になってしまう。手術がトランスジェンダー本人のためではなく、社会的な困難解決のための手段になっているということです。それはとても恐ろしいことではないでしょうか」

そのような恐ろしいことにならないよう、私たちは少し鷹揚に構えることはできないだろうか。

「例えば、少々見た目が男性的に見えても、その人の性自認が女性なら、女子トイレを使うことがある、ということを周囲に理解してもらう必要があります。公共のトイレは難しいかもしれませんが、ある程度お互いのことを知っている人しかいない職場や学校では、いいのではないでしょうか」

性的指向や性自認は尊重されるべき

現在、ネットなどでは、杉田議員の寄稿文のタイトル同様、「LGBTの権利ばかり尊重される」などの意見も見られる。また、文芸評論家の小川榮太郎氏は、「新潮45」休刊のきっかけとなった2018年10月号に「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」というタイトルで、「満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深ろう。(中略)彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか」と書いていた。針間氏はこう言う。

「性的指向や性自認は尊重されるべきです。ただ、そこで性的指向と性自認に限るのは、小児性愛や暴力を振るわないと興奮しないなどの、他者の人権を侵害するセクシュアリティもあるからです。異性愛者であっても痴漢やレイプは許されません。当然、同性愛でも他者の同意を得ずに無理に性行為をすることは決して許されない」

「でも、一部にレイプをする人がいるからと言って、異性愛者すべてが否定されないように、同性愛者の一部に無理に性行為をする人がいたとしても、同性愛すべてが否定されることもないのです。私たちは、それが人権を侵害しない限り、あらゆる人種や宗教の存在を認めています。性的指向と性自認もさまざまですが、それと同じことだと思うのです」

取材・文:桑原 利佳(POWER NEWS編集部)

バナー写真:LGBTの尊厳と LGBTの社会運動を象徴する「レインボーフラッグ」(TommyX/PIXTA)

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