ニッポンのアイドル事情

ニッポンのアイドル事情(2) 辞めたくても辞められないアイドル

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2018年3月21日、愛媛県を拠点とした農業アイドル「愛の葉(えのは)Girls」のメンバー、大本萌景(おおもと・ほのか)さんが自ら命を絶った。当時16歳だった彼女は、なぜそうしなければならなかったのか。真実を求めて、遺族は所属事務所や社長らを提訴した。遺族の代理人を務め、芸能人の権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」の共同代表理事であり、自らもアイドルグループのプロデューサーである河西邦剛弁護士に、地下アイドルを取り巻く環境について聞いた。

誰でもアイドルになれ、誰でも「運営」になれる時代

多くの芸能人や地下アイドルの訴訟案件に関わってきた河西弁護士は、いまのアイドルをこう見ている。

「かつてアイドルとは、テレビや雑誌などのメディアに出る人でした。ところが、AKB48が出てきた10年くらい前から、その状況は変化しました。100人や200人のキャパシティのライブハウスが秋葉原などに増え、そこでライブをする地下アイドルが生まれた。また、インターネットの発達で、動画共有サービス『YouTube』やライブ配信ができるストリーミングサービス『SHOWROOM』などを使えば、誰でも歌やダンスを手軽に無料で配信することができるようになりました。そのため、アイドルの裾野は広がり、またその運営に携わるのは、芸能事務所だけではなくなったのです」

そのことでいま、どのような問題が起きているのか。

「アイドルになりたい子たちは、まず『Web Audition』のようなオーディションのまとめサイトに登録します。しかし、ニーズがある子はたくさんのオーディションに受かって事務所を選ぶことができますが、そうでない子は落ち続けた末に、登録料や違約金の定めがある事務所に入ってしまう。そこでアイドル活動をしても、事務所にはアイドルを売り出すノウハウもなければその気もないため、そのうち『これは違う』と思い、辞めたくなるのです。ところが、辞めさせてもらえない。そして、それに付随する形でパワハラやセクハラも起こっています」

河西邦剛弁護士(撮影・今村拓馬)
河西邦剛弁護士(撮影・今村拓馬)

多額の違約金、罰金で縛る

事務所が辞めさせないのには、こういう理由があるという。

「事務所にとっては、ライブのチケット代金、グッズ代金、チェキ代金が稼ぎになります。例えば、チェキは1枚500円から1000円で売られますが、原価は数十円なので、非常にもうかる。だから、事務所は辞められては困るのです。そのため、契約書にあらかじめ1年から3年は辞められない、などの契約期間を記載したり、辞めて半年間は芸能活動してはいけない、などの条項を入れたりしています。また、契約途中で辞めたら100万円や200万円を支払ってもらうなど違約金の条項もあります。亡くなった大本萌景さんの契約書には、遅刻したら罰金いくら、などの条項もありました」

罰金条項があるのは、一般的なことなのか。

「罰金に関して、契約書にはっきり書いてあるのはとても珍しいことです。ただ、地下アイドルの事務所にはもともと水商売のお店を経営していたところがあり、キャバクラ嬢と同じようにアイドルを管理していたりします。キャバクラでは女性が遅刻や欠勤をしたら、お店に罰金を取られることが一般的です。また(アイドルグループの)メンバー同士での連絡先交換を禁止するルールがある場合もある。それは、メンバーを連帯させないためです。事務所はメンバーをキャバクラと同じやり方でお互いに競わせ、それによって売り上げを伸ばそうとするのです」

しかし、競わせすぎると逆に問題が起こることもあるという。

「運営側が競わせすぎると、メンバーの中にも『人気がある子が偉い』『売り上げが多い子が偉い』という価値観が浸透してしまいます。しかし、地下アイドルは個人で活動しているわけではなく、あくまでグループなので、本来は組織の中にそれぞれの役割があります。目立たないけれど裏方的な役割、リーダーとしてみんなをまとめる役割の子もいなければ、組織は成り立たないのですから。運営が過度な競争主義にメンバーを追い込むと、ライバル意識や序列が激しくなって、信頼関係が失われます。するとグループとして機能しなくなり、グループの存続が問われるような問題が起こることになります」

裁判に勝てば終わりではない

河西弁護士は2017年、アイドルグループ「虹色fanふぁーれ」の元メンバー4人がかつての所属事務所に対して起こした訴訟の代理人を務めた。そして、契約の解除や未払いの賃金の支払いなどを求め、元メンバーが満足する内容で和解した。河西氏はその後、その元メンバーのうちの2人、言葉乃あやさんをリーダーに、おぎなつみさんをサブリーダーにしたアイドルグループ「Revival : I(リバイバル アイ)」のプロデューサーに就任した。なぜ弁護士がアイドルのプロデューサーになったのか。

「裁判に勝てば、それで良かったという話ではないのです。かつての所属事務所を提訴したことで、他の事務所に入ろうと思っても、なかなか難しいのが実情だからです。しかし、こうした裁判を経験したアイドルとしては先駆者ですから、その経験を歌とダンスで披露し、他のアイドルの啓蒙に役立てようと、彼女たちと『脱獄女子』という実際の裁判をモチーフにした舞台を作りました。そしてその流れで『Revival : I』というグループを一緒にやっていくことになりました。言葉乃さんとおぎさんはアイドルとしての活動経験も長いので、運営にも参加してもらっています。2人はどれくらいの売り上げと赤字があるかも知っています」

河西氏がプロデュースするアイドルグループ「Revival : I(リバイバル アイ)」の4人(河西邦剛氏提供)
河西氏がプロデュースするアイドルグループ「Revival : I(リバイバル アイ)」の4人(河西邦剛氏提供)

女性アイドルの話ばかりになってしまったが、男性アイドルにも同様の問題があるのだろうか。

「相談は圧倒的に女の子が多いのですが、男の子のアイドルからの相談には、暴力を受けたというのが多いような気がします。事務所の社長から殴られたり蹴られたりした、というものです。いつか大きな問題になるのではないかと思っています」

「アイドル」というマジックワード

これまでの話から、事務所と契約するときには、契約内容を精査する必要があると分かるが、アイドルを目指すのは大半が10代であることから、それを本人に求めるのは酷だ。では、親が代わりにすればいいのだろうが、それも難しいという。

「親も、『芸能界ではこれが当たり前』と言われてしまうと、そういうものかと思ってしまうのです。また例えば、辞めたいとなったときに『ホームページを作って、楽曲も衣装も用意したのだから20万円払え』と言われたら、怖いからトラブルを嫌って支払ってしまう。悪徳事務所では、そうしたことを繰り返してもうけているのだと思います。まず、それは普通ではないということを知ってほしい」

河西氏は続けて、こう注意を促す。

「かつては『アイドル』と言えば、神格化された特別な存在でした。しかし、現在ではある種のマジックワードのようになっている。例えばもし『アイドル』という言葉を使わずに、歌や踊りを披露してファンと握手したり写真を撮ったり話をしたりする人、と言ったら、どうでしょう? さらに働いている場所がお酒を提供し、女の子がハグや抱っこもしますとなったら? そうなると、キャバクラなどで働いているのとほとんど違いがありません。でもいったん『アイドル』と言ってしまうと、それもアイドルなんだと思ってしまう。だから、『アイドル』という言葉に惑わされずに、実態をよく見ることが必要です」

現在、もしアイドルが労働基準監督署に相談に行ったとしても、「芸能契約は労働契約なのか分からないため取り扱えない」という回答になるという。

「その芸能契約が労働契約かどうかは、裁判の認定を踏まえないと決まらないから、そういう回答になってしまうのです。実際、裁判ではほとんどの芸能契約が労働契約と認められますが、それでは手間も時間もかかり過ぎます。『愛の葉Girls』の大本さんの件では、自殺にまで至っているわけですから、そうした判断を裁判所や労基署ではなく、例えば僕が理事をしている日本エンターテイナーライツ協会のような組織が担ったりできるように、法改正が必要だと考えています」

2月18日、大本さんの遺族が、自殺は事務所のパワハラや過重労働が原因として、事務所やその社長に損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が東京地裁で開かれた。事務所側は全面的に争う姿勢を見せている。

取材・文:桑原 利佳(POWER NEWS編集部)

バナー写真:アイドルグループ「Revival : I(リバイバル アイ)」の4人(河西邦剛氏提供)

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