コロナ下の分断を憂える天皇陛下:繰り返された「なお一層、心を一つに」のお言葉

社会 皇室 東京2020

天皇陛下が今夏、東京五輪の関連行事や戦没者追悼式で、同じ文言を3度も口にされた。新型コロナウイルス感染症の厳しい状況を乗り越えるため、「私たちがなお一層、心を一つに」することが大切と、繰り返されたのだ。コロナ下の五輪開催や、感染拡大防止策など主要課題について、政府と国民、また国民の中でも意見の対立や分断が生じた現状で、「日本国民統合の象徴」の天皇陛下は、どのように広く国民に寄り添うことができるか模索されている。

陛下のバランスの取れた発信

五輪開催の1カ月前の6月24日、西村泰彦・宮内庁長官が記者会見で東京五輪・パラリンピックに関する質問に、「国民の間に不安の声がある中で、陛下ご自身が名誉総裁をお務めになる五輪開催が感染拡大につながらないか、ご心配であると拝察している」と答えた。

感染の再拡大の予兆が出て、五輪開催に反対する声が高まっていた時だけに、この“拝察”発言が大きなニュースとなった。その2日前には菅義偉首相が国政などを陛下に伝える「内奏」が行われており、間近に迫った五輪のコロナ対策についても首相から陛下に報告されていたはずである。それにもかかわらず、「陛下が五輪開催による感染拡大を懸念されているご様子」と宮内庁長官が説明した。

これが直接、影響したわけではないだろうが、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会(橋本聖子会長)は7月8日、五輪競技を原則「無観客開催」とすることを発表した。感染が急速に再拡大し、五輪期間中、東京都に緊急事態宣言が発令されることが決まったからだ。

五輪開幕に先立ち、東日本大震災の被災地、福島県で同21日、全競技の最初となるソフトボールの第1試合が行われた。天皇、皇后両陛下はテレビ観戦し、思いを寄せる地元の中学生バッテリーの始球式に「胸がいっぱいになられたご様子」で、勝利した日本代表の活躍を喜ばれたという。対戦したオーストラリア・チームが、いち早く来日し、宿泊先のホテルと練習場の往復しかできない条件の中で、健闘したこともたたえられた。

小中学校時代にソフトボールのクラブ活動経験がある両陛下が、無観客となった球場に熱い視線を送られるご様子は、国内に五輪の始まりを告げるのにふさわしいものだった。

“急速な感染拡大を心配した開催反対論も理解できますが、各国選手団が続々と来日しており、いよいよ競技がスタートします。無観客の競技会場には行けないが、感染のさらなる拡大に気を付けて、選手らの活躍を応援しましょう”ーーこのようなメッセージを天皇陛下が発しているように、筆者には感じられた。五輪・パラリンピックの開催、世界一流の選手らによる競技を楽しみにしている国民が少なくないのも確かで、陛下はバランスの取れた気配りの発信を続けているのである。

各国首脳らに五輪への熱い思いを語られた陛下

五輪開会式当日の7月23日、陛下は式に先立ち、来日したフランスのマクロン大統領、ジル・バイデン米大統領夫人ら、各国首脳などを皇居に招き、陪席した国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長、菅首相らを前に英語で次のようにあいさつされた。

「現在、世界各国は新型コロナウイルス感染症の感染拡大という大変に厳しい試練に直面しています。人が集い、つながることが決して簡単ではない状況が続いています。

オリンピックが長く、広く世界で支持されてきたのには、平和と調和というオリンピズムの精神に理由があると思います。私自身にとって、1964年の東京オリンピックの閉会式で各国選手団が国ごとではなく、混ざり合って仲良く行進する姿を目にしたことが、世界の平和を願う気持ちの源となりました。

新型コロナウイルス感染症の試練を乗り越えるためには、国内外を問わず、私たちがなお一層、心を一つにして協力していくことが大切です。この大会が、私たちが平和と調和というオリンピズムの精神に改めて思いをいたし、その精神の灯火(ともしび)を未来へとリレーする大会となることを願います」(要旨)

陛下はご自身の五輪に対する熱い思いを、外国要人らに語られた。そして、世界が直面しているコロナ禍を克服するため、「私たちがなお一層、心を一つにしていくことが大切」と強調された。

東京五輪の開会を宣言される天皇陛下。右は座席から立ち上がる東京都の小池百合子知事(右端)、菅義偉首相(同2人目)=2021年7月23日、東京・国立競技場(時事)
東京五輪の開会を宣言される天皇陛下。右は座席から立ち上がる東京都の小池百合子知事(右端)、菅義偉首相(同2人目)=2021年7月23日、東京・国立競技場(時事)

「国民と同じ」を貫き会場観戦を控える

陛下はこの後の五輪開会式で、開会宣言をされた。「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」

オリンピアードは、4年を1周期とする古代ギリシャ暦の単位のこと。前回の東京大会で昭和天皇が「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」と、「祝い」という言葉を使ったため、コロナ禍の今回、どうするかが注目されていた。

五輪憲章の開会宣言に関する定型文の英語は「celebrating」だが、「祝う」と訳してしまうのはコロナ禍の現在にはふさわしくないとして、組織委は政府、宮内庁、IOCと調整し、原文の意味を逸脱していない「記念する」に換えた。五輪の開催に神経を使われている陛下のお気持ちが、反映された形となった。

五輪の大会期間中、無観客開催となったことを受けて、陛下や皇族方は会場での競技観戦を控え、国民と同じ立場を貫かれた。開会式の出席者の人数が絞られたことから、皇后さまは同席されなかった。

昨年より強い表現でコロナ禍に言及

五輪の閉幕から1週間後の8月15日、天皇、皇后両陛下は全国戦没者追悼式に臨席された。天皇陛下は昨年よりも強い表現でコロナ禍に言及し、平和の願いを述べられた。

「私たちは今、新型コロナウイルス感染症の厳しい感染状況による新たな試練に直面していますが、私たち皆がなお一層心を一つにし、力を合わせてこの困難を乗り越え、今後とも、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います」

このお言葉から分かるように、わが国は厳しい感染状況に直面しているが、分断されてまだ一つになっていない国民の心を「なお一層」努力して一つにし、国民みんなが力を合わせて国難を乗り越えて、これからも平和国家を続けて行こう、と陛下は願われているのである。

陛下が「なお一層、心を一つに」の文言を最初に述べられたのは、前述の菅首相による内奏の前日である6月21日、皇后さまと共に臨席された日本学士院会館(東京・上野)での日本学士院賞授賞式でのお言葉だった。つまり、陛下はこの2カ月足らずの間に、異例だが3度も内外に向かって、「みんなの心が一つになってコロナ禍を乗り越えよう」と、繰り返し呼び掛けられたのだ。

宮内庁長官の“拝察”発言について、陛下が国民に伝えたかった本意は、「五輪大会を巡って、政府と国民との分断された現状が改善され、国民みんなの心が一つになってコロナ禍に立ち向かうことを強く願われている」ことだろう。全国戦没者追悼式のお言葉を聞いて、陛下はやはりコロナ禍で国民の心がいまだ一つにならない「分断」を深く憂えておられるのだと、筆者は強く感じた。

五輪は終わったが、感染拡大が続く中、パラリンピックが始まり、その後も経済再生などを巡り、国民の間でさまざまな意見対立や分断が予想される。政府に対する国民の信頼が薄れた時、陛下はどのように国民に寄り添っていかれるのか。「令和の象徴」の課題は尽きない。

バナー写真:全国戦没者追悼式で、お言葉を述べられる天皇陛下と皇后さま=2021年8月15日、東京都千代田区の日本武道館[代表撮影](時事)

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宮内庁長官が6月24日の記者会見で、「東京五輪・パラリンピックの開催による新型コロナウイルス感染症の感染拡大を、名誉総裁の天皇陛下が大変心配されている、と拝察している」と述べた。その「拝察発言」が波紋を広げている。陛下は長官を通じて何を発信されたかったのか。その鍵は陛下が3日前のある式典で述べたお言葉「この試練(コロナ禍)を乗り越えるためには、私たちがなお一層、心を一つにして協力していくことが大切です」にあった。

https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c06122/

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