ミャンマー特集(2)深まる中国の浸透、日中外交が衝突する地
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地方で生じる中国との「不協和音」
ミャンマーでの中国の存在感は格別だ。町中に中国企業の派手な看板が並ぶ。中国人らしきビジネスマンもヤンゴンを闊歩(かっぽ)している。観光客も中国人が一番目立っている。滞在中、ちょうど中国映画のロケをやっており、そのためにヤンゴン市内の交通が大混乱に陥っていたが、市民は「中国のことだからしょうがない」というあきらめ顔であった。
ただ、中国によるミャンマーへの浸透の最前線は、ヤンゴンから離れた少数民族地帯だ。そこでは、むき出しの「現実」に出会うことができる。ヤンゴンからマンダレー経由で飛行機を乗り継ぎ、最北端のカチン州ミッチーナに向かった。
カチン族などの少数民族が暮らすカチン州は、中国・雲南省と長い国境を接する。中国の進出が、現地の人々との間に複雑な不協和音を生んでいた。
州都のミッチーナで取材中、現地メディアの知人から「記者が中国系の企業に監禁された」という情報が寄せられた。
そのメディアは毎週月曜発行の「ミッチーナ・ジャーナル」。ミャンマーの報道が自由化され、立ち上がったばかりのローカルメディアだ。市内のオフィスを訪ねると、ちょうど監禁問題に関して編集会議を開いていた。会議の終了まで待って、監禁された当の記者のムン・ムン・パンさん(26)とアジェさん(20)に話を聞くことができた。
ムンさんは、バナナ園がカチン州で急拡大し、農家から不満が出ている、という記事を書いた。翌日、バナナ園を経営する企業の男数人がオフィスに現れた。ムンさんとその場にいたアジェさんを「話し合いをしよう」と連れ出した。
会社に連れていくと、男たちは態度を一変させ、2人を別々の場所に監禁した。ムンさんには「誰から頼まれた」「話せば100万チャット(約7万円)やる」と尋問を始めた。アチェさんが携帯電話で異変をフェイスブックにアップし、救助の仲間や警察が駆けつけて2人は解放された。
この企業は実際のところ「中国系」ではないが、中国企業と密接に協力しながら、中国向けに輸出するバナナの農園を経営している。ミャンマー人が普通食べるバナナは小ぶりで茶色がかったもの。一方、中国では大ぶりで黄色いバナナが好まれる。カチンで大量に栽培されるのは中国向けの黄色いバナナで、土地を農民から安価で買い叩き、大量栽培しているとされる。
日本商社で働いた経験が長く、現在はミッチーナで日本料理レストランを経営するトゥ・ピンさんに話を聞いた。トゥ・ピンさんは、バナナビジネスのからくりをこう説明する。
「もちろん目的はバナナだけではありません。普通の人には分からないからくりがある。中国と地元企業が組んで、何倍も稼げるおいしいビジネスなのです」
彼によると、豊かな森林に生えるミャンマーの木材は商品価値がある。バナナ園を作るという理由で、樹木を全て伐採して中国に運ぶ。土地にレアメタルがあれば調べて土壌まで持っていく。その土地にバナナを育てて中国に輸出する。バナナ園の中で人の目の届かない場所では、アヘンを栽培することもある。少数民族武装勢力でミャンマー政府と戦っているカチン独立軍(KIA)もアヘンビジネスに絡んでいるとされ、警察も手を出せないという。
「聖なる川」の巨大ダム計画
ミャンマーにはイラワジ川という世界有数の大河が流れる。ヒマラヤ山脈に源流を発し、中央ビルマ盆地を南下し、ベンガル湾に流れ込む。その9割の流域が、ミャンマーの国土にすっぽり入る。ミャンマーを語るのに欠かせない大自然であり、この川の水で生きてきた人々のイラワジ川への思いは、日本人の富士山への思いに比せるかもしれない。
そのイラワジ川は、ミッチーナの北方にあるミッソンが出発点となる。ヒマラヤ山脈に源流をもつ2つの川が合流する地点だ。ミャンマー人にとっては一生に一度は訪れたい観光地であるが、ここに巨大ダムが完成すれば合流地点は完全に水没してしまう。
中国の支援を受けた「ミッソンダム」計画は2009年の軍政時代に始まった。工事は急ピッチで進み、中国人労働者も入ってきた。予定地の樹木が切り倒され、住民移転が始まった。
しかし、環境保護団体などから激しい反対運動が起こり、11年の民政移管後に中断となった。15年にアウンサン・スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が選挙で政権を獲得した後も、ダム事業は動いていない。契約を盾に工事再開を求める中国の圧力と反対する民意との間で、NLD政権は板挟みになっているようだ。
現地を訪れると、ダムの建設現場近くのゲートで行く手を阻まれた。管理にあたるミャンマー人は「ここには何もない」と話し、追い返された。「中国人はいるのか」と聞くと、「技術者たちは帰ったが、設備の管理をしている2、3人が残っている」という。
ゲートからしばらく車を走らせると、ミッソンの合流地点に着く。一目見て、ここにダムを作ろうというのはいささか無理筋であると実感した。全国から集まった人々が、楽しそうに川の水を体につけたり、ボートで遊んだりしている。河畔には多くのレストランが立ちならび、名物の魚料理を食べることもできる。ダムに反対する作家や学者が建てたという石碑もあった。
カチン州の人口は100 万人程度とそれほど多くない。ダムの発電量(600万キロワット)の9割は中国・雲南省向けだと伝えられている。中国の巨大市場のパワーに巻き込まれるかどうか、聖なる川の誕生の地は、なお瀬戸際に置かれている。
欧米が距離を置く中、踏みとどまる日本
こうした中国の進出について、ミャンマー政府は歓迎と警戒の複雑な思いを抱いているとされる。欧米社会から無視された軍政は中国と手を結んだ。スーチー政権になると、今度はロヒンギャ問題で、戻りかけた欧米は再び距離を置く。その中で、唯一「西側」の一員として踏みとどまろうとしているのが日本である。
日本政府のミャンマー重視は際立っている。政府開発援助(ODA)は単年度で円借款が2200億円から2300億円、無償援助で150-200億円に達している。ODA全体が抑制傾向にある中で、ミャンマーへの支援は突出している。
背景には、ミャンマーが伝統的な親日国であるという事情のほか、日本外交が長年ミャンマーに築いた影響力を切り崩そうという中国への対抗意識がある。
現在、日本の在ヤンゴン大使館にはスーチー氏との個人的信頼関係が篤いとされる丸山市郎大使をはじめ、ミャンマー語の堪能な人材がずらりとそろう。軍政時代に大学などで英語教育がおろそかにされたミャンマーでは、政府高官の英語力はあまり高くない。ヤンゴンにいる各国の外交団からは、現地語での交渉が可能な人材をここまでそろえているのは日本以外にはないと評判になっている。
ラカイン州への関与で競い合う
日本と中国の対ミャンマー外交が衝突する地は、ロヒンギャ問題に揺れる西部のラカイン州である。なぜこの地で日中が火花を散らすのか。
中国がミャンマーへの「南下」を格別に重視する理由が、「マラッカ・ジレンマ」の解消であると言われている。中国へのエネルギー輸入はマラッカ海峡に依存している。その点は日本も同じだが、海洋覇権を米国に握られている現状では、海上封鎖のリスクが高いのは中国。万が一、マラッカルートを喪失した場合の代替ルートを確保したいのだ。
代替ルートとしての中国の港湾開発は、パキスタンのグアダル港、スリランカのハンバントタ港とも共通する現象で、中国の「マラッカ・ジレンマ」への恐怖感は相当なものだ。ミャンマーでターゲットになっているのが、ラカイン州のチャウピューという小さな港である。
そこに中国は大量の投資をつぎ込み、ベンガル湾と中国大陸をつなぐパイプラインのエネルギー輸送路を築こうとしているとされる。ラカイン州は、ロヒンギャ問題で欧米から最も厳しい批判が向けられている場所だ。外国の投資は期待しにくい。習近平政権が打ち出した「一帯一路」プロジェクトにも結びつけながら港湾開発を進める考えだ。
「このままでは、ラカインは中国の独壇場になる」――。そんな危機感を抱いた日本政府は、ラカイン州への関与を継続する構えを見せる。2月下旬、ミャンマー政府主催の「ラカイン州投資フェア」に日本の丸山大使が駆けつけた。こうした行動は、欧米のロヒンギャ問題への厳しい姿勢と矛盾する部分もあるが、日本の態度は変わっていない。
中国も日本を意識している。日本政府が「ミャンマー国民和解日本政府代表」に笹川陽平・日本財団会長を指名すると、中国は孫国祥という人物をアジア特使に任命した。孫氏は事実上のミャンマー特使として何度も現地を訪れ、ラカイン州にも足を運んで、中国の国益を左右する港湾開発のスピードアップを図っている。
アジアの結節点にあたるミャンマーの地政学的な重要性をめぐり、台頭する中国の野心と、伝統的にミャンマーに食い込む日本がしのぎを削る格好だ。中国の一方的な浸透を、日本はどこまで食い止めることができるのか。つばぜり合いは今も続いている。
バナー写真:バナナ畑を耕すカチンの農民(ミッチーナ・ジャーナル提供)