五輪まで1年:東京の課題

東京五輪で3.11の悪夢「グリッドロック」を起こさないために

社会 スポーツ

2011年3月11日の東日本大震災発生直後、JR東日本が山手線などを終日運休とし、夜になって一部私鉄が運転を再開したものの、多くの人は徒歩での帰宅を余儀なくされた。その時、都心の道路で起こったのが「グリッドロック」と呼ばれる現象だ。車はまったく動かず、歩く方が速いという深刻な渋滞が解消したのは翌日の夕方だった。東京五輪でも、同様の事態発生が懸念されている。

五輪開催で東京の鉄道、道路はどうなる?

東京都オリンピック・パラリンピック(オリパラ)準備局は公式のウェブサイトで、大会期間中に何も交通対策を行わなかった場合に鉄道や道路に生じる影響を示した「大会輸送影響度マップ」を公開している。

代表的な日とされる2020年7月31日を見ると、首都高速は6号向島線下り箱崎付近では午前9時から午後9時まで、規制速度で走行した場合の3倍以上の時間がかかると予想されている。5号池袋線上り板橋JCTや3号渋谷線下り池尻付近など、マップに示された16カ所のほぼすべてで昼間の時間帯は通常の1.5倍から3倍の所要時間になっている。

一般道路もかなりの範囲で混雑が予想されているが、中でも臨海副都心地区は朝から夜まで3割以上の遅れの予想。鉄道も国立競技場の周辺のいくつかの駅はほぼ終日混雑、新橋と臨海副都心地区を結ぶ「ゆりかもめ」もほぼ終日、混雑が見込まれている。

東京都が公表している「大会輸送影響度マップ」(2019年6月15日時点)が示す、何も交通対策を行わなかった場合の20年7月31日の首都高速の状況。深夜・早朝以外は、渋滞予測を示す赤色で塗りつぶされている
東京都が公表している「大会輸送影響度マップ」(2019年6月15日時点)が示す、何も交通対策を行わなかった場合の20年7月31日の首都高速の状況。深夜・早朝以外は、渋滞予測を示す赤色で塗りつぶされている

こうした単純な交通渋滞、混雑のほかに、何が懸念されるのか。18年5月25日に開かれた第3回「交通輸送円滑化推進会議」の議事録に、警視庁交通部長を務めた山本仁統括官(内閣官房東京オリパラ推進本部事務局)の以下のような発言が残されている。

〈渋滞が信号から信号まで繋がってくると全く動かなくなる。これをグリッドロックというが、東日本大震災の後の都内の状況がまさにこれにあたる。こうなると信号による交通管制が機能しなくなり、渋滞の解消にはかなりの時間がかかるということになる。 そして、オリパラの本番において交通量が多いままで、連続的な交通規制が行われた場合には、オリンピックルートを中心に、東日本大震災の後の状況がそのオリンピックを中心とするエリアで再現する可能性があるのではないかと大変心配している〉

グリッドロックは「先詰まりの連鎖」

この「グリッドロック」という現象について、またそれを回避するにはどうしたらいいか、交通制御工学を専門とする東京大学生産技術研究所の大口敬教授に聞いた。

「上記の図のように道路が井桁状になっていたとき、1つの交差点で何らかのトラブルが起き、渋滞が形成されたとします。その渋滞が伸びて次の交差点まで行ってしまうと、もう前には車が溜まって進めない。これを『先詰まり』と言います。グリッドロックとは、厳密には、この先詰まりが井桁状の道路をぐるっと一回りしてしまうことを言います。そうなると、最初に渋滞を起こした地点もさらに進めなくなってしまい、悪い方のスパイラルに陥って、最後はまったく動かなくなる。これがデッドロックです。つまり、グリッドロックは、デッドロックに向かってどんどん流れが悪くなっている状態のことです」

しかし実際には、こういう形の厳密な「グリッドロック」が起こることは極めて珍しい環境下だという。なぜなら、通常は井桁状になっているグリッドのどこかに逃げ道があり、別のルートを取ることができるからだ。そのため、東日本大震災後に都心で起こった「グリッドロック」と言われている現象は以下のようなものではなかったかと推測する。

「東日本大震災では、徒歩で帰宅する人たちが路上にあふれ、歩行者がひっきりなしに横断していたため、車が左折できないというようなトラブルで渋滞が形成されました。その渋滞の列がどんどん伸び、隣の交差点に到達した。同様のトラブルが近隣の複数箇所で同時多発的に起き、最初のトラブルの行列が別のトラブルの行列を飲み込んだ。そして、もともと渋滞していたところがさらに進みが悪くなったのです。つまり、先詰まりの連鎖だったと考えられます」

効率を重視し、車線数の少ない東京の道路

そこから考えて、東京五輪開催中の都心の道路上で起き得ることとは何か。大口教授はこう話す。

「日本では、車線数を決める基本の考え方に、『渋滞さえしなければいい』ということがあるので、東京の道路の車線数はぎりぎり最低限しか準備されていません。渋滞しないで車両が道路いっぱいに走っていれば効率がいい、ということです。それは運転する人にとっては、たいへんなストレスなのですが……。こうした東京の道路で、五輪関係者専用レーンをつくれば、減らされた車線の分だけ通れなくなり渋滞を起こしてしまいます。もし国立競技場の周辺などで関係車両を通すために交通規制を行えば、手前の道路で渋滞が起こり、先詰まりを起こす。同時にまた、近隣の他の地点でも渋滞が起これば、お互いに飲み込みを起こしてさらにひどい渋滞になる。つまり、東日本大震災直後の『グリッドロック』のようなことが懸念されます」

大口敬教授
大口敬教授

では、「グリッドロック」を起こさないためには、どうすればいいのか。

「東京で通常起きている渋滞の多くの要因は、営業や物流など経済活動に伴う車の動きです。しかし、その動きを止めてしまうと大きな社会損失になる。それならば、その動きを通常より控えればいい。例えば、いつもは1日分だった在庫をこの期間は3日分もつように、また毎朝7時にある配送を夜間にするなど、企業へのお願いを上手にして、ある一定の時間に集中しないようにするのです」

そのため五輪の渋滞対策では、「交通需要マネジメント(TDM)」が前提かつ不可欠とし、企業には輸送ルートや時間変更、個人には宅配便の受け取り時間の変更などを促す仕組みも検討されている。また、首都高速の通行料金を午前0時から4時までは半額程度に引き下げ、午前6時から午後10時の間はマイカーなど対象に1000円程度上乗せする案もある。

一方、東京商工会議所が今年3月に行った会員アンケートでは、物流面の対策について「自社での検討を始めた」との回答は5%程度、44.3%の企業が「検討の必要性は感じるが、まだ着手していない」とし、準備は遅れている。

交通関連で五輪のレガシーを残すには

東日本大震災の直後もそうだったが、人々が同じ時間帯に帰宅しようと同時に動こうとしたことで混乱が起きた。

「通常、渋滞がある道路ネットワーク上でそれを改善しようとしたとき、取れる手段は2つあります。1つは、空いている別の経路を使うこと。もう1つは、時間をずらすこと。しかし、都合よく別の経路が空いているとも限らないし、空いていたとしても、そのぶん遠回りになり長い時間、道路上にいることなる。すると、その間にまた何かトラブルが起こる可能性が出てきてしまいます。それより、時間をずらす方が極めて効果的に渋滞を減らせる。つまり逆に言えば、競技開始前や終了直後など時間的に交通が集中しやすい場合に、これを時間的に十分に分散させることができれば、渋滞を回避できる可能性があります」

「交通需要マネジメント」の取り組みの1つには、在宅勤務など情報通信技術を使って場所や時間にとらわれない柔軟な働き方の形態であるテレワークの推進もあるが……。

「テレワーク推進だけでなく、大阪など地方にある支社を活用して、この機会に東京一極集中も変えられるのではないかと思います。いっそ五輪中は東京にある本社機能を停止してみてはどうでしょう? 関東での直下型地震のシミュレーションにもなります。本社機能を止めても売り上げは落ちないということを証明できれば、世界に日本経済の強靭さを示し、その価値を上げることもできると思います」

都内では、鉄道が人身事故や悪天候などによって運転を見合わせることもよくある。その場合、タクシーやバスなどの乗り場に長い列ができるのは、よく見る光景だ。五輪中にそういったことが起こらないとは言えない。

「鉄道でも道路でも、事故が起こったときに一番やらなければいけないのは、迅速で正確な実態の把握です。何が起きているのか、どれだけ通せる状態にあるのか、センサーなどで把握し、その情報を共有できるようなシステムを増強することが、テクノロジー的なレガシーになる。そのうえで、もし代替輸送手段が足りないということなら、一時的に『移動させない』という選択肢を取って、その足りない分に見合う分だけ、徐々に移動してもらう方策を取ることも考えられます。例えば、何かそこでパブリックビューイングなどの魅力的なイベントを打つなどしてもいいと思います」

五輪開催中は、情報に注意して交通の集中するタイミングを外すことが大事だ。渋滞に巻き込まれたくなければ、都内周辺でなるべく移動しないようにするか、いっそ東京を離れてテレビでのオリパラ観戦もいいのかもしれない。

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部

バナー写真:東日本大震災の発生で交通機関がストップ。帰宅する人たちで大混雑する道路=2011年3月11日夜、東京・四ツ谷付近(時事) 

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