五輪まで1年:東京都が抱える問題

間違ったバリアフリー化はなぜ起こるのか:元パラリンピック選手が語る

社会 スポーツ 東京2020

東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)開催を控え、バリアフリー化の進み具合はどうなっているのか。パラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)で過去3大会に出場した上原大祐(だいすけ)さんは、現在は障害者と健常者が時間を共有する場を創るNPO法人「D-SHiPS32(ディーシップスミニ)」や、全ての人が暮らしやすい社会づくりに向けた相談・開発・教育事業を行う一般社団法人「障害攻略課」などで活動している。上原さんは「今の日本のユニバーサルデザインはファンタジー(幻想の)デザイン」と言う。その理由を聞いた。

バリアフリーのホテルの部屋でも問題続出

ある日、車いすユーザーの友人と、介助をする彼女の夫と会うために、筆者は都心の山手線の駅近くでレストランを予約しようとした。しかし、行きたいと思う店が軒並み、狭い階段を降りた地下にあってエレベーターの有無が不明だったり、インターネットの写真を見ると店内がとても狭かったりしたので、諦めざるを得なかった。選択肢はほとんどなかった。

友人夫妻によると、レストランの予約の際は必ず事前に電話をし、「トイレに車いすで入れるか、店の中に段差はあるか」などを確認しているそうだ。また、ホテルを予約する時にはバリアフリーの部屋を希望するが、かなりの客室数のあるホテルでもその数は1部屋か2部屋しかなく、空いていて予約できたとしても、宿泊代金は他の部屋に比べてかなり高くなるという。

そこで上原さんに話を聞く際に、筆者はホテルのバリアフリーの部屋を予約した。バリアフリーで取材のできる場所がレストラン同様、なかなか見つからなかったということもある。そこは都内の新しいホテルで、総客室数150以上でそのうちバリアフリーの部屋が3部屋、値段は同じホテルの3人用の部屋と同じだった。やはり高い。しかも予約した部屋はエレベーターから最も遠い、フロアの一番奥にあった。

上原さんは普段、介助なしで一人で行動している。レストランの予約では、「電話で事前確認しても、店側がトイレに車いすが入れるかそもそも分からず、断られることも多い」という。ホテルはどうか。

「私は以前、普通の部屋を予約していて、チェックインの時にホテルの人に『バリアフリーのお部屋もありますよ。プラス5000円です』と勧められ、断りました。今日のこの部屋は、バスタオルも低い位置に置いてあっていいですね。タオルはときどき、バリアフリーの部屋でも高い位置にあって、取れないときがあります。この部屋でちょっと残念なのは、バスルームのシャワーヘッドが高い位置にしてあること。可動式なので、最初から低い位置にしてあればいいのですが。テレビのリモコンなども棚の手が届かない位置に置いてありますね。設備をバリアフリーにすればいいという安易な考えの象徴的な部屋です」

2010年バンクーバーパラリンピックの銀メダリスト、上原大祐さん(撮影:今村 拓馬)
2010年バンクーバーパラリンピックの銀メダリスト、上原大祐さん(撮影:今村 拓馬)

オリパラを準備、運営する東京都は、バリアフリー条例で定める「車いす使用者用客室」は、20年の大会時に550室あると推計している。また、建築物バリアフリー条例により、19年9月以降に着工する一定規模以上のホテルでは、すべての一般客室が出入口幅80㎝以上、浴室出入口幅70㎝以上などのバリアフリー基準に合ったものになるというが……。上原さんはこう言う。

「入口だけバリアフリー対応にして、本当に使える部屋になるかどうかは疑問が残ります」

やっているつもりだけのユニバーサルデザイン

冒頭にあった「日本のユニバーサルデザインはファンタジー」と言う理由を上原さんに聞いた。

「例えば、2017年10月に発売された、ユニバーサルデザインをうたうトヨタのタクシー専用車両『ジャパンタクシー』は、車いすのためのスロープを出す工程が多すぎて、20分以上待たされた人もいます。イギリスのロンドンタクシーは、ずっと早く乗れるんですが…」

このため、車いすで利用しやすくすることを求める約1万2000人分の署名がネット上で集められ、トヨタに提出された。19年3月にトヨタは一部改良したジャパンタクシーを発売し、車いすの乗降性を改善、作業工程は63から24に削減し、作業時間は3分程度だとしている。都内のタクシー会社に問い合わせると、新型は導入されており、作業時間については、「5分くらいはかかる。停車した場所によってはもっとかかるかもしれない」とのことだった。

車いす乗降作業を簡略化する対応を行ったトヨタ自動車のタクシー専用車=2019年1月31日、名古屋市西区(時事)
車いす乗降作業を簡略化する対応を行ったトヨタ自動車のタクシー専用車=2019年1月31日、名古屋市西区(時事)

では、他の交通機関はどうなのか。

「東京オリパラ観戦に海外から日本に来たなら、京都にも行ってみたいという人も多いと思います。でも東海道新幹線の車いす席は、総座席数約1300のうち、たった2席です。しかも、アプリで誰でも予約できるようにしているため、車いすの人が予約できないことが多々あります。そのためわれわれ車いすユーザーは、デッキにいることが多い。『今日もデッキ族になっちゃった』とよく言っています」

鉄道関連ではほかにも、タッチパネル式券売機は、視覚障害者にはこれまでのボタンのものより使いにくかったり、画面が車いすユーザーにとっては角度的に見えなかったり、という問題があるという。

「車いすの人には貸せない」体育館ばかり

ホテルや交通機関だけではない。パラリンピックの開催国として、あり得ない話もある。上原さんはそれを「体育館問題」と呼んだ。

「車いすユーザーが体育館を借りようとすると、大半が『車いすの人には貸せません』と言います。理由は『タイヤ痕がつくから』なのですが、今はタイヤ痕のつかない車いす用のタイヤがあります。それに、体育館の床にはシューズ痕がたくさん付いています。ところがシューズ痕とタイヤ痕の違いを聞いても誰も答えられない」

「私は1998年にパラ五輪を開催した長野県の出身で、平昌五輪の直前に練習のため長野のリンクを借りようとしたら、やはり『車いすの人には』という体育館の場合と同じように『スレッジ(パラアイスホッケー用のソリ)には』という理由で断られた。長野ではパラリンピックは開かれなかったのでしょうか。都内の国立の体育館にも断られたのですが、スポーツ庁に『パラリンピック、やる気あるんですか』と問い合わせた後に体育館に行ったら、使用できました。ではなぜ最初、断ったのでしょうか」

平昌パラリンピックのパラアイスホッケー1次リーグ、チェコ戦で競り合う日本代表の上原さん(左)=2018年3月13日、韓国・江陵(時事)
平昌パラリンピックのパラアイスホッケー1次リーグ、チェコ戦で競り合う日本代表の上原さん(左)=2018年3月13日、韓国・江陵(時事)

あまりにも理不尽だが、上原さんらの「D-SHiPS32(ディーシップスミニ)」は、こうした問題に対して、「文句ばかり言っていても変わらない」と、「ポップに楽しくユーモアを持って解決」しようとしている。

「私は今、汚い体育館を探しています。そういう体育館を借りて、車いすでスポーツをして、床磨きのスポーツもして、『車いすユーザーに貸すときれいになる』というふうにしたいんです。すでに渋谷区の体育館で4年間、ホイールチェアラグビーに貸しているところがあります。この競技は松ヤニを使うので、3時間の練習時間であれば最後の1時間は床磨きに時間が取られてしまいます。体育館はとてもきれいになるので区からどんどん使ってくれとなり、この床磨きを一緒にしてくれるボランティアも増えていて、彼らが競技のファンになっている。これを各地でやりたいと思っています」

バリアフリーの五輪施設づくり、失敗しないためには

上原さんが参加した平昌オリパラの施設で、気になったことを教えてくれた。

「平昌のホッケーリンクでは、リンクを一周する車いす席があったのがとてもいいと思いました。車いす席で見る場所を選べることはあまりないので。ただ、ちょっと惜しいなと思ったのは、固定された席と車いすスペースが下の写真のように交互になっていたことです。これでは、車いす同士で行ったとき、隣同士に並べません。車いすの人は、介助者としか来ないと思われている。固定されたいすのないまっさらなスペースに、介助者用のいすが置いてある、という状態がベストです」

平昌のホッケーリンクの車いす席。車いすユーザーが隣同士に並べない
平昌のホッケーリンクの車いす席。車いすユーザーが隣同士に並べない

平昌では、パラ選手たちを困惑させた施設もあったという。

「選手の食堂で、配線があるため少し盛り上がった箇所が床にありました。われわれが、食事の載ったトレーを片手で持って、もう片方の手で車輪をこぐと、この箇所が越えられない。それで両手でこぐために、トレーを膝の上に置いて越えるのですが、そのときの揺れで多くの選手が汁物などをこぼしていました。配線は上にはわせてくれればいいのですが…。また、選手村の車いす用のトイレでは、入口のスロープの上に平らなところがないために、扉を開ける際に車いすが下がってしまうんです。そのため、メダリストも含め選手たちがトイレに入れず、スロープ上で四苦八苦し、まるでコントのような状態になっていました」

平昌オリパラの選手食堂。床に配線で盛り上がった箇所がある(左)。選手村の車いす用トイレ(右)にはスロープの上に平らなところがない
平昌オリパラの選手食堂。床に配線で盛り上がった箇所がある(左)。選手村の車いす用トイレ(右)にはスロープの上に平らなところがない

東京都もオリパラ開催に向け、当事者や学識経験者から意見を聴取するワークショップを設置してはいるが、上原さんは上記のようなことは日本でも「やりがち」だと言う。こうした間違いはなぜ起こってしまうのか。

「コミュニケーションがまだまだ足りないんです。計算上だいたい7人友だちがいたら、1人ぐらいは障害を持った人がいるはずです。私たちはTtoT(友だちから友だちへ)と言っていますが、“他人ゴト”から “友だちゴト”や“自分ゴト”になっていったらいいと思います」

「何もないよりは、東京オリパラ開催で、『変えなくては』と思っているのはいいことだと思います。ただ、東京オリパラはバリアフリー化のゴールではない。私はスタートだと思っています」

(撮影:今村 拓馬)
(撮影:今村 拓馬)

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部

バナー写真:車いすラグビーのタイヤとボール=2019年1月27日、東京都品川区の日本財団パラアリーナ(時事)

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