21世紀のスプートニク・ショック

自国の防衛に宇宙の活用を決意|日本の宇宙政策(1)

政治・外交 国際 科学

「中国の宇宙戦略」を7回にわたって検証した「シリーズ・21世紀のスプートニク・ショック」に続いて、今回から「日本の宇宙政策」を連載します。宇宙を自国の防衛のために活用することに、G7構成国の中で一番遅かった日本。世界情勢の不透明さが増す中、取り組みを大きく変更せざるを得なくなった日本の宇宙政策を考えていきます。

非核兵器国としての論理

「宇宙などの領域に早期の優位性を」――。2018年12月に閣議決定された「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」(以下、「現防衛大綱」)は、宇宙の利用について、これまでの防衛大綱を大きく超える発想を採用しています。

初めて宇宙空間を防衛目的のために利用することを明記したのは、10年12月に決定された防衛大綱でしたが、宇宙空間を使って情報収集をする、ということにとどまっていました。その3年後、初めての「国家安全保障戦略」と同時に策定されたのが前防衛大綱(2013年12月決定)です。多様な衛星を用いた情報収集や指揮統制・情報通信能力の強化、光学やレーダーの望遠鏡で宇宙空間を監視し、日本や同盟国・友好国の衛星が安全に運用できるように監視すること(宇宙状況監視=SSA)。これらが宇宙を用いた具体的な防衛策として記載されるようになり、防衛目的の宇宙利用はより積極的となります。

現防衛大綱は、さらに進めてデータ・情報収集の場であるだけではなく、陸・海・空という伝統的な空間での防衛力に「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域」の能力を融合。その相乗効果により全体としての能力を増幅させる、という領域横断作戦を採用することとなりました。陸、海、空、宇宙、サイバー、電磁波の中のいずれかの領域の能力が潜在的な敵に対して劣勢である場合にも、すべての領域の能力を有機的に組み合わせることにより、総合力で優位に立ち、日本の防衛を全うする、という考え方です。特に「宇宙・サイバー・電磁波といった新しい領域における優位性を早期に確保すること」が求められているのは、非核兵器国として必然的論理、と言えるでしょう。

宇宙における通信防衛のための衛星イメージ(ピクスタ)
(LuckyStep48/PIXTA・ピクスタ)

日本ではサイバーと宇宙がほぼ同時期に、国民の生活を豊かで安全なものにするとともに、防衛目的にも有効利用できる手段・場所と認識されました。しかし、世界の主要な国々は、これまで半世紀以上、宇宙を国防のために使う場所であるとし、そのためにどのような秩序を国際的に形成するのが、コストが低く、かつ、民生・商業利用上の利益を最大化できるか、ということを考えてきました。

各国では、宇宙は国防にとっても、すでに伝統的な空間で、サイバーが新たな領域、と考えられています。宇宙を安全保障、防衛という観点から活用するという点において、日本は例えば先進国7カ国(G7)構成国の中では最も遅い国と言ってもよいでしょう。宇宙活動を始めたのが遅かったからではありません。日本では2008年まで、宇宙を防衛目的で利用することが実質的に禁止されていたからです。

戦闘領域としての宇宙

そして今、先進宇宙諸国はさらに先を行きます。宇宙はすでに戦闘領域(warfighting domain)となったと判断し、そのように宣言して、宇宙での武力紛争に対する備えを始めています。米国、中国、ロシアは言わずもがな、2019年の7月には、フランスも宇宙戦略を発表し、近い将来、宇宙空間で自衛権を行使する可能性も示唆しました。

宇宙空間が戦闘領域となるのではないかと危ぶまれだしたのは、2007年に中国が自国の老朽化した衛星を地上発射の中距離弾道ミサイルで破壊した頃からです。米ソは冷戦期にやはり衛星破壊(ASAT)実験を行いましたが、1986年以降、少なくとも物理的に衛星を破壊する行為は互いに抑制していました。

その理由については、まき散らされる宇宙ゴミ(「スペースデブリ」または「デブリ」)により、自国の軍事衛星の運用が困難になる可能性もあるので実験停止に至ったと説明されることもあります。また、両国の核戦略が衛星利用を前提に組み立てられている以上、相互抑止の観点からも、相互の衛星を攻撃しない、という暗黙の了解が有益である、ということもあったでしょう。

宇宙ゴミのイメージ(アフロ)
宇宙ゴミのイメージ(アフロ)

宇宙は地上の軍事利用をより効率的に行うための場として使われることはあっても、実際の戦闘自体は回避され、今後も聖域として守られる、と国際社会が信じ始めた時に、中国の意図的な衛星破壊が行われたのです。

ロシアは物理的な破壊実験こそ控えていますが、2013年頃から、さまざまな軌道で米国の衛星などの近辺を、即座に接触や破壊が可能な態勢で監視するかのように航行する事例が報告されています。中国もサイバー攻撃やつきまとい型衛星の運用など、その後も新たなASAT能力の向上に余念がない状態です。

さらに、2019年の3月に、インドが自国の小型衛星に対して物理的破壊実験を行い、直後にモディ首相がインドは宇宙大国(a space power)になったとASAT成功を称賛しています。宇宙空間はまだ、武力紛争が生じた、という意味での真の戦闘領域となってはいませんが、もはや聖域とは言えなくなりました。最近のフランスの宇宙戦略は、そのような事態において、自国が直面する脅威を甘受しない、という宣言ととらえることができます。 

宇宙などの領域を活用して攻撃の阻止・排除

それでは、現防衛大綱では具体的に「宇宙・サイバー・電磁波」という新しい領域の一つ、宇宙をどのように利用することを想定しているのでしょうか。2013年の防衛大綱と同様、現防衛大綱でも、①日本の安全保障に重要な情報収集 ②通信、測位航法等に利用されている衛星が妨害を受けないように宇宙空間の常時継続的な監視を行う ③妨害を受けた場合には、どのような被害であるのかという事象の特定、被害の局限化、そして、被害復旧を迅速に行うこと――を自衛隊の役割と定めています。

現防衛大綱は、それをさらに進め、「わが国への攻撃に際しては、こうした対応に加え、宇宙・サイバー・電磁波の領域を活用して攻撃を阻止・排除する」ことが要請されています。これは、日本の領域に対して武力攻撃がなされた時には、通信、画像偵察、測位航法等の衛星からのデータも利用して作成した情報も活用して、自衛隊部隊が地上で敵を排除する、ということを意味しているのでしょう。初めて宇宙からのデータが地上の防衛力と一体化して戦う要素となったということです。

安全保障コミュニティーの用語でいうと「宇宙のミリタリゼーション」(地上の軍事力を増強するために宇宙空間を用いること)が要請されている、ということになります。防衛大綱が新しくなったこともあり、また現在の日本の宇宙基本計画実施から5年近く経過したこともあり、民生・汎用の宇宙政策を定める現行宇宙基本計画(2015年1月宇宙開発戦略本部決定、16年4月閣議決定)も2020年に改訂されることとなっています。

世界情勢の不透明に加え、日本をめぐる安全保障環境が急速な不安定な様相を示す中、地上に富と安全保障をもたらす宇宙への取り組みを、大きく変えざるを得ない状況となってきました。

バナー写真:metamorworks/PIXTA(ピクスタ)

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