21世紀のスプートニク・ショック

「ふつうの国」への道|日本の宇宙政策(3)

政治・外交 国際 科学

日本が約40年続けてきた宇宙の非軍事利用=平和利用という宇宙政策は、1998年に日本の上空を飛んだ北朝鮮のテポドンミサイルによって、大きく転換していく。防衛的な宇宙利用は宇宙の平和利用である、という普通の国の解釈を採用したのである。

「非軍事利用」の再定義

宇宙技術は、原子力やAIなどと比しても汎用性が高いといえます。例えば、精確なミサイル誘導を可能にする測位航法衛星の信号は、同時にカーナビや携帯での位置情報データとして広く国民生活に浸透しています。

宇宙技術の汎用性の高さから、1980年代に入ると、①自衛隊が日本政府の通信衛星回線を利用すること、②米海軍との共同訓練のために米軍事衛星の通信受信機を予算計上すること、③防衛目的の軍事利用もあり得る国際宇宙ステーション(ISS)構想に日本が参加することなどが次々に国会で問題視されるようになりました。

ISSはあくまでも平和利用、民生利用目的ですが、国際水準の解釈は平和利用=非侵略(自衛権の範囲内の軍事利用)であったことや、米国が主導する計画であったためISS建設・運用に参加することにより、日本は宇宙の軍事利用に手を貸すことになるのではないか、という危惧が表明されたのです。

日本では宇宙の平和利用は非軍事利用と解釈することになっていたため、1980年代に入るとなにが宇宙の非軍事利用なのかをめぐっての議論が絶えなくなっていきました。そこで、内閣は、1985年に「政府統一見解」を出し、宇宙の平和利用=非軍事利用の範囲を明確化することで、非軍事利用を再定義しました。

  1. 自衛隊が衛星を直接、殺傷力、破壊力として利用することは認めない。
  2. 利用が一般化しない段階での自衛隊による衛星利用は認めない。
  3. 利用が一般化している衛星およびそれと同等の機能を有する衛星については、自衛隊による利用は認められる。

利用が国民生活に浸透し、一般化していれば、もはや軍事利用ではありえず、非軍事利用=平和利用である、という解釈になっており、「一般化理論」などと呼ばれることもあります。

当時、一般市民も通信衛星の回線を使って電話やファクスを利用し、テレビの衛星放送を楽しんでいました。そこで、自衛隊の米通信衛星の受信機利用は宇宙の平和利用の範囲となります。また、日本企業が自由に購入できるような米国やフランスの高分解能のリモートセンシング画像を自衛隊が利用することも、同じ理屈で国会決議違反ではないことになります。しかし、自衛隊が専用の通信衛星や偵察衛星を持つことは禁止されました。

「黒船」としてのテポドンミサイル

1998年8月31日、日本上空を飛翔した後、太平洋側に着弾した北朝鮮のテポドンミサイルは、非軍事利用のみが平和利用であるとする日本の政策を変える原点となったと言えます。

1998年8月31日に打ち上げられた北朝鮮のテポドンミサイル(KCNA/AP/アフロ)
1998年8月31日に打ち上げられた北朝鮮のテポドンミサイル(KCNA/AP/アフロ)

日本の安全保障が直接的に脅かされている事実を目の当たりにし、政府は同年中に情報収集衛星の保有を決めます。自衛隊は衛星保有を禁止されていますから、内閣が所有・運用するという仕組みを取りました。

実のところ、導入を決めた時点では、情報収集衛星が一般化理論の範疇におさまると言い得るのか、微妙なところがありました。98年当時、市場で販売されている画像で最良の分解能は2メートル程度だったからです。内閣が保有を目指す情報収集衛星が目指した分解能は1メートルです。国民生活に深く浸透し、市場で自由に取引できるとは言いがたい面がありました。

しかし、2003年に初号機打ち上げを予定していたため、それまでには、分解能1メートルの画像が市場で売買されるであろうという予測と、一般化理論にある「利用が一般化している衛星およびそれと同等の機能を有する衛星」という基準の「同等の機能」という部分に着目し、開発計画にゴーサインが出されます。

情報収集衛星の機能・能力という面でぎりぎり一般化理論に合致すると解釈することができるかもしれません。しかし、北朝鮮の脅威に対応するという情報収集衛星の主たる目的を考えると、この時点で一般化理論は破綻した、と振り返ることもできると思います。

最初の情報収集衛星2基(光学、レーダー各1基)は03年3月28日に、完全国産ロケットであるI-IIA5号機により打ち上げられました。

ところで、同じく03年の12月、弾道ミサイル防衛システムの導入が決定されました。領空と宇宙空間の境界が高度何キロであるのかについての国際的な合意はありません。そこで、高度100キロを十分に超える高度で日本を狙うミサイルを迎撃することが、宇宙での軍事利用に当たるのかどうかは不明です。

仮に衛星が地球周回軌道に乗ることが可能な高度より上を宇宙とするならば、イージス艦に搭載した迎撃ミサイルの運用は、宇宙空間での軍事力の行使に該当する行為とみなすことは十分に可能です。ところが、ミサイル防衛については、宇宙の非軍事利用との齟齬(そご)が国会で議論されることはほとんどありませんでした。

宇宙基本法の制定

ここから先は、現実に合致せず、合理的な利用が不可能となった非軍事利用要件をどう消滅させるかの問題にすぎませんでした。2008年5月、党派を超えた議員立法により制定された「宇宙基本法」は、その第2条で以下のように規定することによって国際標準に近い宇宙の平和利用を定義しました。

「宇宙開発利用は、月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約等の宇宙開発利用に関する条約その他の国際約束の定めるところに従い、日本国憲法の平和主義の理念にのっとり、行われるものとする」

下線を引いた長い名称の条約は、通称「宇宙条約」(1967年)とよばれます。国連で採択された5つの宇宙関係条約のうち最も重要なもので、「宇宙の憲法」と称する人もいます。 

宇宙条約の定める平和利用の具体的内容(第IV条)は、①宇宙空間(宇宙全体から天体を除いた真空部分)に大量破壊兵器を配置することは禁止、②天体上の軍事利用禁止にとどまります。宇宙空間に通常兵器(大量破壊兵器以外の兵器)を配置することや、核兵器搭載の弾道ミサイルが宇宙空間を単に通過することは、宇宙条約では禁止されてはいません。

従って、宇宙条約等にのっとることにより、日本もこれまでの宇宙の非軍事利用のみを平和利用とする解釈を脱し、国際基準を前提としつつ、そこに憲法上の制約―2008年当時は、特に集団的自衛権の行使は不可能とされていました―を加えた形での宇宙の防衛利用、安全保障利用が可能になりました。

これにより、約40年間続いた宇宙の非軍事利用=平和利用という考え方を脱し、防衛的な宇宙利用は宇宙の平和利用である、という普通の国の解釈を採用することになりました。宇宙基本法は、日本の宇宙政策に最大の転回点を提供したといえます。 

宇宙基本法がもたらしたこの変化により、まだ数は2基にとどまるとはいえ、防衛省自身が衛星を所有することが可能となりました。そして、それは、2018年12月18日に国家安全保障会議および閣議で決定された新しい防衛大綱での「宇宙、サイバー、電磁波」といった新たな領域を活用した日本防衛の考え方につながっていくことになるのです。

日本の宇宙活動の発展段階

宇宙活動の段階 代表的な出来事
黎明期1955~1970 ペンシルロケットから初の国産ロケットで衛星打ち上げまで(世界で4番目)
発展期1970~1990 官民一体となり各種衛星開発。米国との協力協定のもとで大型ロケット開発。日米貿易摩擦→日米衛星調達合意→国産衛星への打撃
雌伏期1990~2008 中印などの躍進、世界的な宇宙ビジネスの発展に出遅れる→宇宙産業基盤の脆弱化。宇宙基本法により、宇宙の非軍事利用という足枷が外れる
「普通の国」(国際標準化)2008~2018 内閣、内閣府主導による宇宙利用促進
活動領域開拓期 2018~ 現防衛大綱の実現。新たな大型国際探査(Gateway/アルテミス計画)を通じた国益の増大

(筆者作成)

バナー写真:国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」。2009年7月に完成(ロイター/アフロ)

ロケット 宇宙開発 ミサイル 衛星