21世紀のスプートニク・ショック

新たな大航海時代の幕開け|日本の宇宙政策(6)・最終回

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世界は、火星までを当面の人類の活動領域と定め、まずは月までの自由な航行に乗り出した。次の10年間は、月を目指す新たな時代となる。新しい大航海時代を日本が生き抜くために、何が必要となるのか。

民間による変革「ニュースペース」

ここ数年で、世界の宇宙環境は大きく変わりました。既に2005年前後からその兆候は見られ、10年ごろからしばしば「ニュースペース」という言葉で変革の予感が説明されるようになっていました。

ニュースペースが定着した最大のきっかけは、民間技術のみで有人飛行までを視野に入れた打ち上げ機が開発され、著しい成功を収めたことです。現在、ニュースペース最大の成功例、米国のスペースX社の躍進により、1980年代後半以降、欧州(ロシアを含む)の大企業が優勢だった商業打ち上げ市場の勢力図は一変しました。

宇宙機の運用も大きく変わりました。それは、通信や地球表面の高分解能画像、精確な位置・時間情報を利用した各種サービスの提供といった伝統的な宇宙利用を超えています。すなわち、宇宙データと地上のビッグデータの混合、さらにそれを加工する情報により、もはや宇宙ビジネスの一環として扱ってよいのか不明ともいえるさまざまな応用情報(アプリケーションソフト)が生まれています。

加えて、2015年ごろからは、新たなタイプのビジネスを目指す動きが、特にベンチャー企業により見られるようになりました。希少金属など宇宙資源の探査・採鉱、宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去、運用中の衛星の宇宙空間における修理・燃料補給などがそれです。

そして、2~3年前から、数百基から数千基程度、企業によっては1万基以上の小型衛星を高度1000キロ以下の低軌道に打ち上げ、コンステレーション(群)を用いて高速ブロードバンドの需要に応えようとしています。例えば、スペースX社は、19年5月に最初の60基を1回で打ち上げたのをはじめとして、これまで420基の小型衛星を打ち上げてきましたが、20年内にあと20回程度の打ち上げを予定しています。

小型衛星の寿命は1~3年と見られ、数千基を結合させて運用するためには頻繁に衛星を入れ替えなければなりません。それを見越してスペースX社は、より正確には、同社の国籍国である米国は、追加で3万基の衛星のための周波数を国際電気通信連合(ITU)に申請しています。

中国でも宇宙ベンチャー企業へ投資増大

ニュースペースは米国のみの現象ではありません。中国では、経費節減のための軍の調達制度改革によって、成熟し安定したミサイル技術の民間移転が可能になり、政府とつながりの深い大学発の宇宙ベンチャー企業などへの投資も増大し続けています。中国政府だけではなく、米国のスペース・エンジェルズ社のような投資企業も、例えば中国のランドスペース社(清華大学発のベンチャー企業)に巨額の投資を行っています。

ニュースペースは、従来、宇宙先進国の宇宙機関にのみ可能であると考えられてきた天体の探査にも参入しつつあります。企業独自の小惑星・惑星の探査や利用計画(例えば、今世紀半ばまでの火星移住計画)、国家との共同ミッションとしての有人機や探査ロボット開発など、参加企業やそのビジネス形態も多岐にわたります。

2017年12月に発表したトランプ米大統領の宇宙政策指令(SPD)第1号の月探査計画は、自国の産業界を同盟国や友好国よりもパートナーとして重視したものでした。それは、アメリカ・ファーストの一環としての発言、願望としてだけではなく、実績に基づく米宇宙政策の方向性として世界に認識されたのです。米国の産業界にはそれだけの実力があるからです。

月軌道圏まで拡大する活動領域

日本の第4次宇宙基本計画は、このような世界の潮流の中で作り上げられることになりました。振り返ると平和利用=非軍事利用の縛り、日米衛星調達合意などに苦しみ、宇宙開発利用での足踏みが始まった1990年代には、中国やインド、米欧の民間活動が著しく成長しました。

そして21世紀になると、宇宙に参入する国や企業、大学などの団体の数は爆発的に伸びました。サービスの内容も生産の方式も著しく多岐にわたり、宇宙産業という枠には収まりきらなくなります。サイバー空間と現実空間の双方の高度な融合による価値の生成の中の欠くべからざる要素として、宇宙データへの依存はいっそう重要になりました。

宇宙基本法が成立した2008年から10年かけて、日本は「普通の国」として宇宙活動を行い得る体制を整えました。間に合ったと言えるかもしれません。

世界は、火星までを当面の人類の活動領域と定め、まずは月軌道までの自由な航行、宇宙資源獲得の活動、資源を利用しての基地建設・運用などに乗り出しました。近い将来、どの国が、どの企業が、月の極域に存在する氷の成分を分解して、宇宙機をはじめとする機器を運用するための燃料―液体水素、液体酸素―を作り出す作業にいちはやく成功するのかをめぐり、激しい競争が行われるでしょう。

例えば、決して宇宙先進国とは言えないルクセンブルクは、国を挙げて宇宙資源開発を目指す企業の誘致に力を入れ、オランダはその制度作りの準備段階としての協議の場を提供することで、それぞれ金融面と制度面から新たな大航海時代に一枚かんでおこうとしています。

2019年10月、日本は米国の提唱する月軌道の多国間ステーション「ゲートウェイ」建設・運用と、有人月着陸や基地建設までも包含する「アルテミス計画」への参画を表明しました。米国、欧州宇宙機関諸国、カナダとのミッション分担の在り方はこれから協議することになりますが、日本の長期の安全保障のためにも輸送力の一部を担うことが不可欠でしょう。有人輸送機は、いずれは手に入れなければならないものです。

次の10年間は、将来の安全保障、経済成長のために、月軌道まで新たな活動領域の拡大を目指す時代となるでしょう。新しい大航海時代を日本が生き抜くためにも、宇宙安全保障の確保、現実空間とサイバー空間を自在に往来し、社会に安全と富をもたらす冒険心に満ちた民間の確立、それらを支える宇宙技術基盤のいっそうの強化をもたらす宇宙基本計画が必要とされるでしょう。

2019年10月15日、NASAが「アルテミス計画」で着用する新しい宇宙服を発表した(AFP/アフロ)
2019年10月15日、NASAが「アルテミス計画」で着用する新しい宇宙服を発表した(AFP/アフロ)

バナー写真:人類の火星移住は現実のものとなるか(PIXTA)

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