21世紀のスプートニク・ショック

宇宙空間は「戦闘領域」になった|第4次宇宙基本計画を読み解く(1)

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国の宇宙政策を方向付ける第4次宇宙基本計画が策定された。5年前の第3次から、宇宙をめぐる環境は激変し、技術革新は飛躍的に進んでいる。最大のポイントは、宇宙を「戦闘領域」と位置付ける動きが広がっていると指摘したことだ。それは何を意味するのか。斯界の第一人者に解説してもらう。

第4次宇宙基本計画は、2020年6月29日に宇宙開発戦略本部で決定され、翌30日に閣議決定されました。この第4次計画は、これまでの計画からどのように進化したのでしょうか。今回は、その内容を読み解いていこうと思います。

第4次計画は、第3次計画(2015年)と比べてみても、宇宙の安全保障の確保と、宇宙産業や科学技術基盤の強化について、より危機感を強め、積極的な取り組みを呈示している点が特色といえます。

第3次に引き続き、第4次は宇宙の安全保障の確保にやはり大きな重点を置いています。いっそう強化されたといってもよいでしょう。また、衰退を認めざるを得ない宇宙産業技術基盤を建て直し、強化するという目標が共通しています。

この2つの目標は独立したものではなく、相互に共通する利益を求めるものです。宇宙の安全保障向上のための官民の投資が、産業基盤を維持し、新たな宇宙産業を生み出すことになるからです。そして、宇宙産業の強靭(きょうじん)な基盤があってこそ、宇宙の安全保障の向上の実現が果たせます。

なぜなら、ほとんどの宇宙技術は汎用利用といってもよいものだからです。安全保障に有益な民間ビジネスとしては、例えば宇宙状況監視(SSA)状況の提供や、偵察目的にもかなう高分解能のリモートセンシング衛星運用、早期警戒センサー製造などが挙げられます。こうした好循環のサイクルで、日本の宇宙基盤の足腰を強くすることが目標とされています。

そして、特に第4次計画では、「『宇宙産業エコシステム(生態系)』を再構築する」という言葉で、好循環を作り出す意欲を示しています。これが新たに進化した部分といえるでしょう。

宇宙空間で脅威が増大している

それでは、もう少し詳しく内容を検証してみます。

第3次計画は、今後20年を見据えた10年間の計画として2015年1月に決定されました。しかし、想定した以上に国際環境の変化が著しかったこと、また、第3次計画の目標がそれなりにかなえられたという評価もできたので、第4次計画は、新たな目標、新たなアプローチでより大きな成果を挙げるという主旨で作られました。この第4次もまた、やはり今後20年を見据えた10年間の計画になっています。

国際環境の変化として最も重要なのは、宇宙の安全保障環境がいっそう悪化し、脅威が増大しているという点です。そのため、宇宙安全保障の確保が今まで以上に重要となりました。米国の国家宇宙戦略(2018年)では、宇宙は「戦闘領域」となったと宣言され、NATO外相会議では、宇宙を「作戦領域」(2019年)と位置付けました。米国の宇宙軍(2019年)やフランスの宇宙司令部(2019年)をはじめ、最近、各国で宇宙での不測の事態に備える動きが活発化しています。

第4次宇宙基本計画でも宇宙が「戦闘領域」とみなされる時代となったことに言及していますが、宇宙基本計画で「戦闘」という言葉が使われたのは初めてのことです。それだけ世界の安全保障、そしてその一部である宇宙安全保障が低下している証拠といえるでしょう。

民間事業者による宇宙ビジネスの拡大

同様に国際環境の変化では、急速な科学技術の進展と結びついた民間の宇宙活動の活発化が刮目されます。まず、輸送システムから見ていきましょう。

民間のロケット打上げ事業者の躍進ぶりは枚挙にいとまがなく、これまで10カ国しか保有していなかったロケット射場を100%自前で持つ企業も出現しました。スペースシャトル退役後、国際宇宙ステーションと地上をつなぐ有人輸送機は、ロシアのソユーズ宇宙船に頼っていたのですが、2020年5月30日、米国のSpaceX社が開発した有人輸送機が、宇宙飛行士2人を乗せて国際宇宙ステーションに到達し、8月3日にフロリダ沖に帰還しています。これまで有人輸送機を実現したのは米国、ロシア、中国の3カ国でしたが、初めて民間企業がそこに仲間入りしました。

SpaceX社が開発した有人宇宙船「クルードラゴン」の打ち上げは、フロリダ州ケネディ宇宙センターで、米トランプ大統領も見守るなか成功した(AFP/アフロ)
SpaceX社が開発した有人宇宙船「クルードラゴン」の打ち上げは、フロリダ州ケネディ宇宙センターで、米トランプ大統領も見守るなか成功した(AFP/アフロ)

21世紀に入り米国は、国際宇宙ステーション向けの有人輸送機は既に最先端技術への挑戦ではないので、NASAが担うべきではなく、私企業がビジネスとして行うべきものである、という考えを採用し、民間企業を競わせ、より可能性と技術力がある企業に投資をしてきました。それが実った瞬間です。

有人輸送機が実現した今、民間の主導する有人・無人の惑星や小惑星の探査、宇宙資源採掘ビジネス、宇宙観光旅行などが、がぜん現実味を帯びてきました。

衛星・宇宙機器運用にも同様の革命が生じています。例えば、数千基から1万基以上の小型衛星を群(コンステレーション)で用いて、主として高速ブロードバンド通信を行う衛星運用業があります。これまで人類は、60年かけて8000基程度の衛星を軌道に配置してきたのですが、コンステレーションの登場により、軌道の様相は数年でまったく変わってしまうことが予想されます。

最近では2020年7月30日に、米国の連邦通信委員会がアマゾン社の3236基の衛星コンステレーション用の周波数を承認しました。2018年には、SpaceX社が約1万2000基のコンステレーション衛星の打ち上げ許可を得ており、すでに700基以上の打ち上げが完了しています。

衛星数が急激に増えるとデブリ(宇宙ゴミ)問題の悪化が予想されますが、アマゾン社は、いったん衛星に寿命が来て機能を停止したら、1年以内にデオービッド(衛星を地上からの指令により、大気圏内に再突入させ、燃やし尽くして軌道上にデブリが残らないようにすること)すると宣言しています。

ミッション終了後のデブリ除去については、宇宙機関間デブリ調整委員会(世界の12カ国の宇宙機関と欧州宇宙機関で構成)が作るガイドラインでのルールは25年以内ですから、実現するならば、アマゾン社の宇宙運用は、宇宙環境保護の責任を十分果たすものとなります。新たな宇宙ビジネス参加者の自信のほどがうかがえます。

技術の蓄積が爆発する臨界点に

軌道上のデブリをレーザー、銛(もり)型、紐型装置、網型装置、などさまざまな装置で大気圏内に再突入させる積極的デブリ除去(ADR)ビジネスもそろそろ実証段階を終え、本格的に、ビジネスとして開始されそうになっています。また、静止軌道の大型衛星であれば1基200億円以上することも珍しくないため、燃料補給をしたり修理したりして長く使うことが望ましいといえます。軌道上での燃料補給や修理などを提供するサービスも開始寸前です。

もっとも、デブリ除去、燃料補給、修理などは、他国の衛星に対衛星攻撃(ASAT)をかけることと外形的には区別がつけにくい部分があるので、ビジネス実施にあたっては、これが平和的なビジネスであることを明確にするための工夫も必要となるでしょう。燃料補給・修理機器の標準・規格作りもまた、新たなビジネスになることと思われます。

軌道上の新たなビジネスは5G時代、AI時代に飛躍的な展開を遂げることが予想されます。単なる宇宙ビジネスの発展にとどまらず、文明の形を変える力を持つ可能性もあります。

長く、宇宙産業は、政府が顧客となり成立させるもので、売上高と政府予算はほぼ同じという状態にあり、当然、利益の出にくいものとされてきました。しかし、将来、経済成長を牽引する力を発揮する可能性もあるので政府は支援し続け、宇宙産業科学技術基盤を維持・発展させなければならない、といわれてきました。それが実ったのか、2010年代以降、ついに技術の蓄積が爆発する臨界点に届いたようです。

安全保障にも民間技術の導入

世界がこのように大きく変わるのであるならば、日本の宇宙政策も少なくとも2つの点で変わらなくてはならないことになります。

1つは、日本の宇宙産業基盤も世界の変化に応じた、それにふさわしいものに変革させる必要があるということです。第3次計画を作成していた頃に比べると、宇宙産業や宇宙科学技術基盤は持ち直しつつあったと評価されています。

しかし、世界の宇宙産業構造の変化や産業基盤の発展が倍するものであるならば、結果としては、衰退の危機が深まったことになります。第4次計画では「産業・科学技術基盤の再強化は待ったなしの課題である」(3頁)という危機感が表明されるほど、最近の世界の動きは早いものがありました。日本も進歩しました。しかし、世界はもっと進化していたのです。

もう1つは、民間が手にした革命的な宇宙技術を使って宇宙安全保障の確保を図ることができないか、という期待からの行動を起こすことです。

例えば、早期警戒衛星です。これは第1次計画(2009年)時代以来、汎用の早期警戒センサーを研究する、というような歯切れの悪い表現にとどまっていました。膨大な資金と技術の壁があったからです。それが小型衛星のコンステレーションやAI技術を駆使したデータづくりで、もしかしたら獲得可能かもしれないものとなりました。

また、さまざまな偵察衛星も、防衛省が直接に機器開発や運用をしなくても、有望な民間のサービスを購入することで足りるかもしれません。もっともそれは日本の企業のサービスであることが、必須ではないとしても望ましいことなので、ますます民間の産業基盤を高めることが重要となります。

このような環境認識から、第4次計画はまとめられているのです。(この稿続く。次回10月22日掲載予定)

バナー写真:今年10月31日に打ち上げられるSpaceX社の宇宙船「クルードラゴン」運用1号機に搭乗予定の宇宙飛行士4人。右端が野口聡一飛行士。打ち上げ後、国際宇宙ステーションに半年滞在する予定だ(UPI/ニューズコム/共同通信イメージズ)

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