たたかう「ニッポンの書店」を探して

13坪の「小さな総合書店」が18年間生き残った理由-福岡「ブックスキューブリック」

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ルポ『だれが「本」を殺すのか』で、ノンフィクション作家佐野眞一氏が書店業界の構造問題を明らかにし、出版不況の現実を読者に突きつけたのは、2001年だった。同じ年、福岡では大型書店の出店ラッシュがピークを迎える中、逆風に立ち向かうように、わずか13坪の書店が誕生した。18年が過ぎ、その書店は今も元気に本を売っていた。

だれが「本」を殺すのか

 同書によると、取次と呼ばれる問屋からの「自動配本」に頼る本屋が増えた結果、金太郎飴状態になったことを始め、いくつかの複合的な理由により年間千軒以上もの書店が廃業に追い込まれた。「自動配本」とは、書店に届ける本のラインナップや冊数を取次が書店の意向を反映せずに決める配本方法のことだ。
 また、一方で、大型書店が全国展開する流れが加速した。例えば福岡市では、1990年代後半、商業の中心地区天神に丸善、リブロ、八重洲ブックセンター、ジュンク堂が相次いで出店し、地元の老舗書店が倒産に追い込まれた。

「天神書店戦争」と呼ばれた激戦のさなか、2001年4月、天神のすぐ隣のけやき通りに「小さな総合書店」を標榜する13坪の書店が産声をあげた。
 それから18年。大方の予想を裏切って、小さな総合書店は同じ場所で本を商っている。店名をブックスキューブリックという。開業年とかけて映画「2001年宇宙の旅」の監督・スタンリー・キューブリックにあやかった。芸術性と商業性が両立した作品を撮り続けた名匠への憧れを込めた。

町の本屋

 店内にはゆったりとした空気が漂う。11時に開店してから30分ほどの間に10人ほどの客が訪れた。そろそろお昼どきだ。大きなガラス窓からけやきの枝越しに木漏れ日が差し込む。
 けやき通りはシックな高級マンションが立ち並び、個人経営のレストランやセレクトショップが軒を連ねるハイエンドなエリアである。

「文藝春秋」のような月刊誌、カラフルなファッション誌、もちろん週刊誌もある。小学生向けの漫画雑誌は、毎月お小遣いを握りしめて買いに来る小さな顧客のために欠かさない。料理やインテリアなどの実用書、思想哲学、小説、ノンフィクション、絵本など、ジャンルは幅広い。生活のヒントや新しい世界を知る助けとなるように、専門的すぎず一般的すぎないものをとバランスに心を砕く。

けやき通り店
けやき通り店

「町の本屋がつくりたかったんです。昔は商店街に必ずあったような、充実した小さな本屋が」
 店主大井実さん(58)によると、並べ方にも工夫がある。本を面で見せ、目に飛び込んでくるように。また、入ってすぐのところに新刊の台を置き、ある程度時間が経過したら本来のテーマの棚に戻すなど、ポジションチェンジする。ジャンルや著者など近しい系統をまとめて「かたまり」をつくるのもコツだという。棚は大井さんの眼で絶えず編集されている。

店主の大井実さん
店主の大井実さん

 大井さんはこの店を39歳で開業した。天神の書店にアルバイトの申し込みのために送った履歴書の志望動機の欄に「書店を始めたい」と情熱を込めて書いたところ、店長に呼ばれて「悪いことは言わないからやめときなさい」と説得された。

 アルバイトでは書店経営の基本が委託販売であるために生じる膨大な返品作業のきつさが骨身にしみ、「自動配本」では「町の本屋」は作れないことも痛感した。
 業界の常識では注文は取次を通すのだが、大井さんは取り扱う全ての書籍を出版社に自分で電話をかけて注文することにした。
 大型書店の膨大な本の中から本を選ぶのを億劫に感じる人のための「町の本屋」として、文庫や雑誌に目配りした。同時に、定期的に書店に行くような本好きも満足させられる棚作りを目指した。
 書店経営のかたわら、2006年には地元の出版社の編集者らと、福岡市内の書店と連携したブックイベント「ブックオカ」を始めた。「ブックオカ」は現在も続いている。

 2008年には東区箱崎に2店目をオープン。カフェスペースでブックトークや展覧会を開催し、2016年からはベーカリーを併設する。スタッフの数は正社員とアルバイトを合わせると13人にもなる。経営規模は個人で商う独立書店の域を超えた。
 書店を始めたいという人たちがアドバイスを求めて大井さんを訪れ、そのうちの何人かは各地で存在感を発揮する書店に育った。

異端の書店主

 ところが、大井さんの表情は冴えなかった。
「年々社会環境は悪化してます。この20年で最低賃金も消費税も上がったのに、本の売れ行きは下がる一方。正直、かなり厳しいですよ」
 午後4時、箱崎店2階のカフェには年配の女性のグループや、一人で本を広げる中年の男性の姿があった。JR博多駅から東へ2駅、箱崎駅から歩いてすぐのマンションの1、2階の賃貸物件が箱崎店だ。
「現状では2店舗合わせた本の売上とカフェやベーカリー、雑貨の売上の対比は7:3ぐらい。今は本のマイナス分をカフェとベーカリーの売上で補うことができていますが、肝心の本で利益が上げられないのは問題ですよ。うちは本屋なんですから」
 大井さんは人々の本離れやアマゾンの台頭といった環境の変化以上に、出版業界の取引条件が硬直したままであることが問題だと指摘した。
「最近アメリカではまた独立書店が増えているといいますが、それは粗利が4割近いからです。日本の場合、我々書店の粗利は20数パーセントです」
 取次を経由して書店が本を仕入れる際、一般的には委託販売が基本となるが、大井さんは、委託だけにせず、買い切りの場合は粗利率を上げるなど、仕組みを弾力的に変えるべきだと考えていた。
「でも、出版社はうちみたいな小さな書店が個別に交渉しようとしても相手にしません。誰と組んでどんなルートを辿れば交渉のテーブルにつくことができるか、ずっと考え続けています」
 このような発想は、個人経営の小規模な書店では異端だ。

 異端ぶりは書棚の端に「3日以内に取り寄せます」と貼られたシールにも表れていた。通常、書店に本を注文すると平均8日以上かかる。オンラインサービス「ブックライナー」があるが、手数料が余計にかかるこのサービスを利用する書店は少ない。

 ところがブックスキューブリックではブックライナーを使って「3日以内」を実現している。大井さんはその理由をこう話した。
「お客様からの注文に応えられるかどうかは本屋にとって生命線です。数パーセントの手数料を支払ってでも取り寄せることで信頼を積み重ねていかないと」

 すぐ欲しい本はアマゾンでという習慣が行き渡った現在、それでも書店で買おうという動機を引き出す工夫は、どれだけ積んでも多すぎることはない。

ローカルな町のブックストア

 転校続きの子ども時代を過ごし、福岡市の進学校・県立福岡高校ではラグビー部で主将を務めた。同志社大学を卒業後はファッションやイベントの企画に携わった。アートとビジネスを融合させるプロデュースを仕事に定め、東京、イタリア、大阪と、興味の赴くままに移り住んだ。
 特に20代後半で暮らしたイタリアでは、町が中世の都市国家をもとに成り立っていて、コンパクトにまとまったローカルな町が自立して存在しているところを魅力に感じた。町ごとに郷土料理やサッカーチームがあり、地元の人たちはバールや総菜店など個人商店を利用する「地産地消」のような互助関係が残っていた。何百年も前の建築や町並みの中で老人も子どもも暮らし、共通の美意識を持ち、地元の店でおしゃべりをする、そんな豊かな関わり合いが強く印象に残った。

 帰国後は大阪・四條畷で野外能舞台やアート展のプロデュースと地域新聞の発行に携わり、30代後半で、そろそろ自分の居場所を持ちたいと福岡を選んだ。福岡でインテリアデザインの仕事をする高校の同級生との結婚が、この土地を選ばせた。
 最初の頃、来店客から「出会いの確率の高い本屋」「お金がない時に行くと危険な本屋」とうれしい褒め言葉が聞こえてきたのは今も忘れられない。

 2店目を出店したのは、さらに厳しい未来が予想できたからだと大井さんは言う。
「けやき通り店の売上は順調に伸びていましたし、物件を購入して開店したため、家賃に代わる支払いは相場より安くて済んだ。だけど本をめぐる状況はどんどん厳しくなっていたので、実験をしたいと思ったんです」
 それが箱崎店の2階で始めたカフェだ。カフェで開くブックトークや展覧会には角田光代さん、谷川俊太郎さんを始め、有名無名を問わず作家や画家を招き、コツコツと開催してきた。

箱崎店にて
箱崎店にて

「首都圏と違って作家のサイン会などは滅多にないので、作家と直接出会えるブックトークをお客様はとても喜んでくれます」
 まだたたかいようはあるだろうか。
 大井さんはうなずいた。
「棚の精度をもっと上げていきたいですし、ブックトークを九州の図書館と連携して展開することも考えています」
 そのために必要なのは人材なのだと、若いスタッフの育成には頭を悩ませてきたことを大井さんは打ち明けた。でも、吉報があると言う。
「他地域から福岡に移住してきた元大手書店員がうちに入ってくれました。本の知識から接客まで抜群に優秀です。彼女みたいな書店員が集まってきてくれたら心強い」

書店員と客のほどほどに近い距離

「町に本屋は必要」との大井さんの思いは実っているのではないか。そう思えたのは、けやき通り店で客と書店員のこんな会話を耳にしたときだ。
 中年の女性が少女漫画の付録について尋ねていた。あるキャラクターの名前を挙げて勧める書店員に、「うちの子ね、それ、卒業したみたいなんよね」と女性が笑い、うなずいた書店員は「じゃあ、こちらはどうでしょう?」と別の付録付漫画雑誌を収納から取り出した。口ぶりから、書店員は女の子とも顔見知りのようだった。

 女の子はそのうちに小説を選ぶヒントを求めて自分で来店するようになるかもしれない。常連客の好みを把握し、時には本選びを手伝う書店員と客の距離はほどほどに近い。こんな書店が近所にあれば、好きな本に出会う確率は上がる。

 本がなくても生活には困らないが、1冊の本に人生が救われることもある。

 うちの近所にこの本屋があってよかったと女の子が思う日がいつか訪れるに違いない。

バナー写真:ブックスキューブリックけやき通り店

ブックスキューブリック

<けやき通り店>
福岡市中央区赤坂2-1-12-1F
http://bookskubrick.jp
営業時間 11〜20時
定休日  月(祝日の場合営業)
ジャンル 新刊
蔵書数 約10000冊

<箱崎店>
福岡市東区箱崎1-5-14-1F
営業時間 10時半〜20時
定休日 月(祝日の場合営業)
ジャンル 新刊
蔵書数 約8000冊

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