たたかう「ニッポンの書店」を探して

本を自分で紹介し、売ることに賭ける-東京荻窪「Title」

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新型コロナウイルスは、人が書店に行くことさえ許さない。だが、この非常時に、小さな書店の堅実な姿勢が本読みたちに静かに支持されている。コロナの時代に、我々と書店の関係がどうなるのかについて、考えさせてくれる店がある。

朝8時のツイート

 かさかさと紙が重なり合う音が途切れない。午後、店内には数人の客の姿があった。棚に並ぶ背表紙を目で追い続ける人、手にとった本を読みふける人。それぞれにひとりの時間を過ごしている。
 店主は黙々と手を動かしている。数冊の本を梱包材でくるみ、切った段ボールを組み合わせて小包をつくる。このところ急に増えたウェブショップでの注文の本を発送する準備をしているのだという。4月7日、夕方には新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出されるという日だ。

気軽に入ってもらえるよう、窓辺に並べるのは、週刊誌や漫画、雑誌など
気軽に入ってもらえるよう、窓辺に並べるのは、週刊誌や漫画、雑誌など

 この日も普段通りにTitleの朝は始まっていた。
 8時、「毎日のほん」がウェブサイトに更新され、ツイッターのタイムラインに流れた。『劇画ヒットラー』(水木しげる/ちくま文庫)だった。2016年1月10日に荻窪で開業して以来、毎朝8時に更新する「毎日のほん」を欠かしたことはない。

 最寄りの荻窪駅にはこの時刻、白いマスクで顔を覆った人たちが吸い込まれていった。通勤者の流れに逆らい、荻窪駅から青梅街道沿いを西へ、環状八号線を越える。交通量の激しい道沿いに、マンションと古い商店がでこぼこに軒を連ねる。

 9時半、辻山良雄さん(47)は同じ町内の自宅から自転車で出勤した。青いテント張りの店のシャッターを半分だけ上へ押し上げると、シャッターとガラス扉の間には、早朝、取次のトラックで運ばれてきた段ボール。雑誌がふた束、書籍が3箱ほど店主を待っている。

 築70年の古い民家を借り受け、手を加えたという。元は肉屋だった。太い木の梁が天井で建物全体を支えているのがむき出しに見える。
 開店前、壁面に整然と本が並ぶ店内は、しんとしている。

時間を経た古い建物の味わいが辻山さんを惹きつけた
時間を経た古い建物の味わいが辻山さんを惹きつけた

 箱を開き、新しい本を取り出し、棚の適切な位置に並べる。同時に返品する本を引き抜き、段ボール箱に詰めるものと、本棚の下のストッカーにしまうものとに分ける。まとまった冊数を返品するときは、その場で箱詰めして封をし、送状を貼りつける作業まで終わらせる。
 店内を掃き、トイレと窓を拭くと、11時半には開店準備が整う。
 開店は12時。21時まで店を開けている。青梅街道から路地へ入ると一帯は静かな住宅街だ。夜、家路に着く人たちにとって、Titleに灯るあかりは安らぎでもある。だが、新型コロナウイルスの感染に配慮して、3月末からは19時に閉めている。

アマゾンでは得られない充足

 店を開ける時間は短くなったが、辻山さんは忙しい。
「ウェブショップで買ってくださるお客さまがすごく多いんです。通常の5倍ほどになりそうです。私も驚いているんですが」

辻山良雄さんはゆっくりと話す
辻山良雄さんはゆっくりと話す

 ウェブショップは開業した年の9月に始めた。

「遠方に住まわれているお客さまが注文してくださるかと思えば、荻窪駅のある中央線沿線に暮らしている知人からの注文もあります。オーダーフォームのメッセージ欄に応援の言葉を添える方もいらっしゃいます」

 これは今届いた注文の本なんですけど、と辻山さんが手にしていたのは、こういうラインナップだった。

 すごい詩人の物語/山之口獏/立案舎
 現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。/吉岡乾/創元社
 庭とエスキース/奥山淳志/みすず書房
 タマ、帰っておいで/横尾忠則/講談社
 13(サーティーン):ハンセン病療養所からの言葉/石井正則/トランスビュー
 本屋、はじめました/辻山良雄/ちくま文庫

 本の顔ぶれから購入者の内省的な思考や静かな雰囲気が想像される。オーダーフォームを眺めていると、注文にはひとつの傾向があることに気づくのだという。心を鎮めるような本や、人間の根源を問う内容の本の注文が多いのだと辻山さんは言った。

 注文した人たちが「Titleで買いたい」と思うのは、なぜなのでしょう。
 尋ねると、辻山さんははにかんだ。

「自分で言うのは恥ずかしいのですが。強いて言うなら、本に対する姿勢を信頼していただけたのかな」
 毎朝8時にウェブサイトが更新される「毎日のほん」を例にあげた。そのほか、新刊本に写真を添えて紹介する。フォロワーは3万人を超えている。辻山さんが端正な言葉選びで紹介した本を、住んでいる地域の書店で買うという遠方のフォロワーも少なくない。

「『ほぼ毎日のほん』とか『折々のほん』にすれば、1週間に1回とか3日に1回などの更新でも可能かもしれません。でも、それだと大切なことがぼやけてしまいます。私がやりたいのは、本を紹介して売ることです。そのことがいちばんよく伝わるようにするには、これに賭けているんだということが伝わらなくてはならないと思いました。だから1年365日、欠かさず続けています。そうしたことから、暗に何かを感じ取っていただけたのかなと思うんです」

 Titleを支持する人たちはリアル書店とは異なる層(レイヤー)にも棲んでいる。その人たちは東京に暮らしているとは限らない。週末に遠方から電車で荻窪のTitle を訪ねる人、東京出張のついでに荻窪に足を伸ばす人。荻窪のTitleとSNS空間のTitle、2つの「場所」を自在に行き来している。どちらも、Titleだ。

インディペンデントに仕事をする

 神戸での幼少期はよく本を読んだのに、10代では本から遠ざかった。高校を卒業後、大阪の予備校へ通う電車での行き帰りに本を読むようになり、再び本が近くなる。本のある方へと人生を変えた1冊はサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ」。早稲田大学での学生生活は読書と映画に明け暮れた。
 辻山さんは1997年に西武百貨店傘下の書店だったリブロに就職した。書籍の年間売上がピークから下り坂に差しかかる前後だ。紀伊國屋書店をはじめ大型書店が続々と多店舗展開に打って出ていた。辻山さんも、練馬区の大泉店を振り出しに福岡、広島、名古屋と地方店勤務が続いた。最初に勤務した大泉店では、書店の仕事は必要とする人に本を渡すことなのだと理屈抜きにわかった3年だった。
 異動するごとに店の広さと売上が大きくなり、副店長、店長と責任も重たくなった。初めて店長として赴任した広島店では店舗面積縮小というマイナスから出発した。ゼロから棚を入れ替え、1冊1冊選書し、作家やアーティストを招いたイベントを企画し、書店が息を吹き返していく手応えを得た。
 名古屋店長を経て、東京の池袋本店に異動し、人文書のマネジャーとして、國分功一郎、千葉雅也、岸政彦など、新しい世代の哲学者や思想家とのイベントを企画し、往年のリブロ池袋本店を彷彿させる仕事をつくった。
 転機は突然訪れたわけではない。池袋本店の2015年7月の閉店を区切りに、自分で本屋を始めようと思った。本を紹介する仕事を現場で積み重ね、本を読み続けてきた18年が、自立した職業人を育て外へと押し出した。閉店の前年に母を亡くしたことも時間の限りを考えさせた。

 辻山さんの『本屋、はじめました』(ちくま文庫)という著書の次の一節は、仕事への姿勢を端的に表している。

<ほとんどの会社では、多くの仕事はマニュアル化して、誰にでもできるようなものを目指しているだろう。以前いた会社でも、その仕事はほかの誰かに振ることができないのかとよく言われたものだが、本を扱う仕事は属人性が高く、個人の経験をみんなが使えるものとするのは難しかった。だからこそ個人として生きる活路は、誰にでも簡単にはできない技術を高め、世間一般のシステムからは、外に抜け出すことにある。それには自らの本質に根差した仕事を研ぎ澄ませるしかなく、それを徹底することで、一度消費されて終わりではない、息が長い仕事を続けていけるのだと思う。>

詩人、不意の来店

 住宅街の「小さな総合書店」であるべく、4割が辻山さんの選書、6割が一般的な書店に並ぶようなラインナップという構成で、1万冊を揃えて船出した。入り口のすぐ右に芸術書、文芸書、人文書。左には暮らしと子どもの本。突き当たりの小さなカフェスペースは妻綾子さんの守備だ。可動式の棚を動かすと、ほどよい空間が出てくる。詰めると30人を迎え入れてブックトークを開くためだ。

 開店した年の春のある午後、詩人の谷川俊太郎さんがふらりとやってきた。リブロ池袋本店の頃、「詩のライブ」企画で谷川さんを招聘しアテンドしたが、退職のことを谷川さんに話したわけではない。詩人は中央線沿線の住人だ。周囲の編集者が耳に入れたのだろう。1冊本を求めると、奥のカフェでワインを1杯飲んで帰って行った。後日、雑誌の特集で谷川さんがTitleを紹介してくれたと知った。2018年に谷川さんの展覧会がオペラシティで開催された際にはサテライト展としてタイトル2階のギャラリーで展示し、ブックトークを行った。

 開店から毎日、ルーティンを繰り返している。
 レジは店の入り口から奥まっていて、辻山さんの顔は見えない。ガラス戸を押し開けて入ると、店主の「いらっしゃいませ」という声すらよく聞こえない。
店主に放っておかれた空間で、来た人は延々と本を眺めていることができる。

 新型コロナウイルスは人と人との直接の関わりを分断したが、否応なくひとりで過ごすことになった私たちは、本を読む時間を再び手にした。本から慰めを得たり、弱りかけた気持ちを立て直したり、ウイルスと人間の歴史を学んだりして、恐怖に向き合っている。

リトルプレスがカラフルに並ぶ
リトルプレスがカラフルに並ぶ

 新型コロナウイルスの感染が収まり再び日常が戻ったとき、Titleは人々にとってどのような場所となるだろう。

「人は引きこもってばかりはいられない。人、もの、芸術、何かしら触れたいものだと思います。情報ではない、生の自分を満たしてくれるものや場所を大切に思う気持ちとこういう小さな場所はリンクしていくものでしょう。心の平安所として本屋が存在する、そのことがもっとはっきりしていくと思います」

訪ねた翌日から、Titleは当面営業を休むこととなった。だが、シャッターが半分開いているとき、それは辻山さんが店内にいるサインだ。心を鎮めるための本を選びたい人を受け入れ、雑誌や漫画を定期購読している近隣の人たちに本を渡すために、辻山さんは待っている。

バナー写真:開店前の店内にて、辻山さん(写真は全て仙波理撮影)

Title

東京都杉並区桃井1−5−2
https://www.title-books.com
営業時間 12〜21時(カフェのラストオーダー20時)
定休日  水曜・第3火曜
ジャンル 新刊・リトルプレス
在庫数 約10000冊

本・書籍 アマゾン 書店 荻窪