たたかう「ニッポンの書店」を探して

美しい田園風景の中で地域の未来を考える場所―福岡県うきは市・MINOU BOOKS&CAFE

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白壁づくりの美しい町で衣食住の本を売る書店主は、町興しや観光ビジネスには距離をとる。自然豊かなこの町が続いていくための知恵を町の人たちと一緒に考える独立書店の仕事。

 7月のある日曜日、「暮らしの中の民主主義」と題するトークの会が開かれた。場所は福岡県うきは市吉井町。福岡県と大分県にまたがる耳納連山の麓に位置し、九州経済の中心地・福岡市の博多駅からJRを乗り継いで80分ほど。町人口2万7千人の静かな田園地帯だ。

 書店MINOU BOOKS&CAFEの店主・石井勇さん(38)が主催する会の初回のこの日、20人ほどが集まり、町が暮らしやすい場所であるためにどうしたらいいか、市議会議員を交えて話し合った。

 都市生活者にとって、民主主義を議論する場は珍しいものではない。だが、人口の少ないコミュニティは、互いに顔が見える地縁血縁で成り立っている。思想や政治信条に踏み込んだ活動はときに緊張をもたらすため、慎重になりがちだ。ところが、うきは市生まれの石井さんはそれを承知で、空気を読むことから自由でありたいと考えている。

 MINOU BOOKS&CAFEのコンセプトは「衣食住の暮らしの本屋」だという。
 一見、おしゃれな本屋さんだ。天井の高い店内に足を踏み入れると、暮らしにかかわる本が余白を感じさせる棚に美しくディスプレイされている。だが、棚に目がなじんでいくと、政治や思想の本がさりげなく棚に溶け込んでいるのが見えた。

白壁造りの宿場町を舞台に

 うきは市吉井町は白壁造りの商家が続く町並みで知られ、国の重要伝統建造物群保存地区に指定されている。

 江戸時代、徳川幕府の天領だった日田と有馬藩の城下町・久留米を結ぶ豊後街道の宿場町として栄えた。蝋燭、酒、麺、精油などの製造で財を成した「吉井銀(よしいがね)」と呼ばれる豪商たちを輩出し、明治2年(1869)の大火を機に、火災に耐えられる白壁土蔵造りの町並みになったという。

 商家をリノベーションしたカフェやケーキショップ、雑貨店などが並び、週末には観光客で活気づく。MINOU BOOKS&CAFEもその一角にある。福岡市など都市部からの観光客が見込めそうな立地だが、石井さんは意外なことを言った。
「書店を始めた当初は本屋でこの町を変えてやると意気込んでいた時期もありました。でも、今は町興しとか地方創生といった考えからは距離を取っています」

 週末には平日の1.5倍ほどの来店客があるし、それは店を支える貴重な売り上げだが、石井さんが対象とするのはあくまでこの田園地帯に暮らす人たちなのだという。その考えは出店した6年前からのものだ。そしてこの方針はこの場所で書店を営む日々を通してより確かになっていった。そこには生まれ育ったこの場所への思いがあった。

米国への旅と書店との出会い

 石井さんはこの地域で長く続く農家の次男坊だ。よく本を読む子どもだったが、中高時代には読書から遠のいた。高校卒業後に数年間の東京生活を経て福岡市でバンド活動とフリーターをしたのちに就職。アート色の強い雑貨の販売とカフェ運営の事業会社で、洋書やデザイン書も販売していたので本を取り扱う経験をした。その頃、福岡市で行われていたデザイニング展に参加した。デザインが関わることによって街の風景や人の動線が変わり新たなコミュニティやコミュニケーションが生まれるのを体感した。

 30歳で退職し、石井さんは3カ月をかけてアメリカ西海岸をサンフランシスコからロサンゼルス、ポートランド、シアトルを巡る旅をしている。この旅で各都市の書店を訪ね、地域のコミュニティの中心にある書店のありようを目の当たりにした。

 シアトルの書店・サードプレイスは、本屋の内と外、本屋の中のカフェとの境界線が緩やかで、人が出会いやすい場所になっていた。ポートランドのパウウェルズという1ブロック丸ごと使った巨大な本屋では、中に食堂みたいに大きなカフェがあって、購入前の本を5冊まで持ち込んで読めるようになっていた。図書館と本屋の中間ぐらいの公共性を備えているパウウェルズを見て、こういう場所があれば町の風景は変わっていくのかもしれないと石井さんは思った。

 帰国してみると、慣れ親しんだ福岡の街が、古い建物が少なく、ごちゃごちゃとした景色に見えた。一方で、見慣れた耳納連山と田園の変わらない風景の中でなら、長い時間軸で本屋を営むことができるのではないか−−。

築後50年の建物をリノベ

 ところが、面識のあった福岡市の独立書店「ブックスキューブリック」の経営者・大井実さんに相談すると、「本屋をなめてるのか」「事業計画書ぐらい、書いてこいよ」と突き放された。「いやいや、できるし」と、石井さんは発奮した。
 書店業界独特の流通の仕組みや商慣習を大井さんから教わり、大井さんに紹介を受けて取次会社と契約した。地域の人たちの本屋となるためには、1冊からでも客注に応える、雑誌を取り揃えるといった書店機能が必要だ。それらは取次を通した方がスムーズに実現できると判断した。自己資金100万円足らずながら、金融機関からの融資と両親からの借金で1000万円をかき集め、開店にこぎつけた。

 築50年を超える2階建の建物で、元は魚屋だった。大きなガラス越しに眺める店内は軽やかな雰囲気だ。本棚は、うきは市の家具メーカー・杉工場とデザインを相談しながらつくった。高い天井を生かした余白の多い空間デザインは、友人のインテリアデザイナーと一緒に考えた。

 オープン時にはインテリア雑誌「カーサ・ブルータス」が4ページに渡り紹介した。歴史ある白壁の町並みとのコントラストが際立つ洗練された空間だ。

 カフェスペースで出した地元産の果物や食材を使ったメニューが人気となった。だが、カフェを目的に訪れた人たちが本棚には目もくれずに帰っていく姿に、これは自分のやりたかったことではないと、席数を半分に減らし本棚を増やした。

 町が楽しくなればと古本市やトークイベントを企画してきたが、それを「町興し」の文脈で行政の宣伝文句に使われたことに違和感を持った。白壁造りの町並みを資本と捉え、町並みを使って町の外から流入する外貨を稼ぐのが町興しだとするなら、いつか人々が去ったあとに、町には何が残るのかという疑問も芽生えた。

日常に根ざした本棚を

 日常に根ざした本屋があることこそ大切なのだと、石井さんは考えている。
「都会と田舎では、情報量に圧倒的な差があります。就職するにも選択肢は少ないし、どんな世界があるかを知らずに社会に出ていくことになります。僕自身、高校を卒業して就職するときがそうでした。でも、本は行くことのできない場所へ連れて行ってくれるし、知らなかった考えに出会わせてくれる。1冊の本を読んだことで見ていた景色が変わることがある」
 本棚がある家の子どもが本を読むようになるのと同じように、町の中に本屋があると違うのではないかと石井さんは思ったという。

 約5000冊の本が並ぶ棚では、地域の衣食住を再現している。
「たとえばこの地域ではお肉より野菜や果物が多く採れるので、野菜を使った食の本や野草の見分け方の本を選んで置いています。山が近い地理的特徴を反映して、自然の本や民俗学の本も置いています。民俗学とのつながりでこの地域の時間軸を感じ取ってほしいという考えです」

 読んでほしい本を集めたコーナーもある。石井さんが近頃いちばん刺激を受けた本はスウェーデンの言語学者による『懐かしい未来』(ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ)だ。インドとネパールに接する地域で高地の特徴に合わせた自給自足の伝統的な生活をしていたラダックという少数民族が、西洋文明の流入によって変えられていく過程に立ち会い、考察を深めた文明評論だ。うきはの田園風景が地域の循環経済によって共生の場所として残り続ける可能性をもう一度考えようと思わせてくれた本だ。
 フェミニズム関連の棚もある。この地域ではあまり売れないが、農村部こそ女性が虐げられていることの問題が根深いから、読んでほしいという思いを込めている。

地域の日常に溶け込んだ場所

 店の前を、ヘルメットを被った中学生が自転車で通り過ぎた。この辺りは石井さんの子どもの頃にも通学路だった。石井さんは「地域のために」とか「次の世代のために」といった表現はしないが、次の世代の人たちの選択肢を広げる手伝いをすることでこの町で暮らしを変えたいと思っているようだ。

 カフェスペースで女子高校生が2人、桃のソーダを飲んでいる。そこへ中年女性が本の注文にやってきた。石井さんとの会話から、女性の母が3日に一度はやってくる常連であることがわかった。入れ違いに2人ほど、本を探すために相談に訪れた。隅々まで整理がゆき届き、研ぎ澄まされた空間は町の本屋として地域の日常生活に溶け込んでいる。

 自然豊かなこの町が続いていくためにどうしたらいいか、本屋という場所から町の人たちに問いかけ、一緒に考えていく場にMINOU BOOKS&CAFEを育てていきたい。それはいかにも独立書店の書店主らしい仕事のように思えた。

 この美しい田園地帯でも過疎化は否応なく進むだろう。高校を卒業して10数年のちに吉井町に戻った石井さんは、本屋を長く続けていく自信はあるのだろうか。
「自分が欲を出さなければ、できる気がします。うまくいかなかったら他の仕事をすればいいし。でも、きっとなんとかなると思います」

 休みの日には山に登る。もちろん本を持って行く。最近登った久住山で読んだ本は『夏の朝の成層圏』(池澤夏樹)だ。漂着した南の島で自然と一体化して暮らす青年の、脱文明と孤絶の生活への憧れが描かれている。

 自然に親しむ石井さんの健やかな楽観主義が、この町で本屋を続ける毎日を支えていた。

バナー写真:MINOU BOOKS&CAFEの店内と店主の石井勇さん(写真は全て筆者撮影)

MINOU BOOKS & CAFE

福岡県うきは市吉井町1137
https://minoubooksandcafe.com/
営業時間 11〜19時
定休日  火曜・第3水曜
ジャンル 新刊 古書少々
蔵書数  5000冊

本・書籍 アメリカ 民主主義 書店 本屋 福岡県 衣食住