ニッポンで声優になる

留学生も小学生も「声優になりたい!」時代

文化 社会

「日本でアニメの声優になりたい」。そう考える外国人が通う、アニメーションスクールの養成コースがある。彼らはそこで何をどのように学んでいるのか。東京都内をはじめ、地方にも校舎を持つ代々木アニメーション学院で14年間、声優を目指す若者を教え、留学生のコースも担当している講師の武田真一さんに話を聞いた。

留学生が声優コースで学ぶ理由

武田さんが教える留学生のための声優コースの授業では、15人ほどが学んでいる。日本の大学に通う学生がほとんどで、週に一度、期間半年のこのコースに通っている。学費は入学金を含めて15万円。授業はすべて日本語で行われる。出身国は中国が最も多いという。ほかには台湾、香港などアジアの国・地域で、オーストラリア人の生徒も1人いる。カリキュラムには腹式呼吸、キャラクター演技、基礎技術レッスン、アフレコ台本の見方、マイクワーク、アニメアフレコなどが含まれる。

生徒たちはみな、日本のアニメが大好きだったことが、ここに通うきっかけとなっているという。

「子どもの頃から日本のアニメを母国語の吹き替えで親しんでいて、それを日本語で見てみたいと独学で勉強を始める。すると、吹き替えではわからなかった日本の文化に触れ、『日本語をもっと知りたくなった』と多くの生徒が言います」(武田さん)

この日は3人の登場人物がいる短い台本を使って、「演技実習」の授業が行われていた。半年コースの最後の授業を前にした、仕上げの段階だ。台本の内容は、「彼女とけんかした男性が、その彼女が働く宝石店に指輪を買いに来る」というもの。彼と彼女、宝石店の店員の計3人を、生徒たちが台本を見ながら演じ、武田氏が発音や感情表現についてその都度アドバイスをしていく。

「台本は日本人の授業で使うのとまったく同じものです。アニメの声優になるには、感情を出すために演技の訓練が必要です。僕ももともと役者で、今もときどき舞台に立っています。ここでは役者や声優が講師となって、必要な技術を教えています」

授業で使用するアフレコブース。台本の見方などの基本から学ぶ
授業で使用するアフレコブース。台本の見方などの基本から学ぶ

好きなアニメで日本語を洗練させていく

台本には、彼女役が口に出さず手で、自分の指輪のサイズを間違えた彼氏役に、「8」と正しいサイズを伝える場面がある。しかし、生徒の一人は「8」を表現するのに親指、人差し指、中指の3本を立てた。彼女の母国では、そう表現するからだ。すぐに武田氏が、両手の指で「8」を表す方法を教える。

「こういった文化の違いはよく授業の中で見られます。その都度、生徒に日本文化を教えますが、私の方は他文化を学んでいます」

授業が終わりに近づき、一巡したところで最後にもう一通り演じたい人を募るが、生徒たちからはなかなか手が挙がらない場面もあった。

「これは日本人、留学生を問わず共通の問題ですが、人前で演じることを恥ずかしがる生徒が多いんです。声優になるには、どれだけ恥ずかしさを捨てて人前でできるか、羞恥心を越えることができるかが大事です。また声優は特に、滑舌よく明瞭に言葉を発する必要があります。音声表現なので、何を言っているのかはっきり分からないといけません」

留学生のためのコースが設立される前には、日本人の声優科の夜間コースに通っていた留学生もいたという。その米国人女性は現在は声優の仕事はしていないが、一時は声優事務所に所属していた。留学生のコースができたのは、彼女のように日本の大学で学ぶ外国人留学生からの要望が多かったためだ。しかし、この週1回のコースを修了しただけで声優にはなれない。あくまでこのコースは日本語のアクセントを修正したり、滑舌をよくしたり、日本語を洗練させていく場所だ。そのため声優を目指す人には、さらに全日制のコースを勧めているという。

「このコースには、母国で声優になりたいという生徒も通っています。例えば、中国には声優はいなくて、アナウンサーが声を担当している。そこに専業の声優がいてもいいのではないかという発想です。ここでは声優になるためにするべきことは学べますから」

この留学生の週1コースは、好きなアニメでレッスンできて日本語の発音を磨けることから、評判がよいという。

個人での発信も声優に必要なスキルに

近年、声優は声を担当するだけではなく、表に出てイベントやライブを行い、アイドルのような存在になってきている。そうした声優業界の大きな変化に、養成学校はどのように対応しているのだろうか。

「声優事務所は増え、所属人数も増えました。かつてはギャラに関しても個人でやりとりするなど、あいまいなところがありましたが、現在ではマネージャーがいてアニメのギャラもしっかりと決まってきて、DVD化など二次使用の問題に対してもシステムができました。また、以前はアニメや洋画の吹き替えが主だった声優の仕事も、『Netflix』に代表されるようなネット動画配信サービスが増え、その吹き替えなどで声の需要が高まっています。加えて声優がアイドルのような活動、さらには漫画やアニメを原作とした2.5次元舞台にも出演するようになりました。学院はそれに対応してコース内容を充実させ、アイドルのような声優になりたいという生徒も入学してくるようになりました」

代々木アニメーション学院は2017年に、当時は人気アイドルグループ「HKT48」に所属していた指原莉乃さんをプロデューサーとして、「声優アイドル」のメンバーを決めるオーディションを行った。選ばれた12人のメンバーは学院の講師のレッスンを受け、声優アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」として同年、メジャーデビューしている。

「全日制の声優コースでは、個人やタレントがライブ配信を行うサービス『SHOWROOM』を使った配信についても教えています。最近のタレントやアイドルは個人でネット上の動画配信を行っています。声優もこれからはそうしたことができないといけない。それで、配信のための個人ブースを用意して、ファンの増やし方なども教えています」

「SHOWROOM」を使った配信が学べる個人ブース
「SHOWROOM」を使った配信が学べる個人ブース

小学生も声優コースで学ぶ時代

アイドル化に伴い、声優は若年化している。そのため、声優を目指す人たちもどんどん若くなっているという。

「昔は、子どもの役でも大人が声を担当しました。そのため、声優の世界に子役はいませんでしたが、今は子役がいます。声優が表立って活動するようになり、なりたい人も増え、親たちも声優という仕事に理解を示すようになって、子どもにやらせてみたいと思う人も多い。そのため2年ほど前にジュニアコースが設置され、全日制は中学卒業後から、週1のコースなら小学校4年生から入学できます。かつてこの学院の声優コースで学んでいた人が、子どもを通わせているという例もあります」

しかし全日制コースを修了しても、声優になれるのは「一握り」だという。その「一握り」になるために必要なことは何か。

「声優には『いい声』の人も多いのですが、それは才能というより個性で、アドバンテージには必ずしもなりません。大事なのは、技術と演技力、そしてコミュニケーション能力です。どれだけ演技ができても、スタッフさんとコミュニケーションがしっかり取れないと、この仕事はできません。彼らが何を求めているのか、理解して演技をする必要があるからです」

声優の仕事の素晴らしさについて、武田さんはこう語る。

「さまざまなお芝居をするなかで、人との関わりができるところが素晴らしい。そこでは思いがけない体験もできます。近年なら、海外でイベントに出演するなど、昔では考えられないことも。声優は厳しい世界ですが、それでもなりたい人には、努力と強い意志で頑張ってほしいです」

取材・文:桑原 利佳、POWER NEWS編集部
撮影:今村 拓馬

バナー写真:「演技実習」の授業で留学生に指導する、講師の武田真一さん(中央)

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