東京五輪へ! アスリートたちの肖像

橋本大輝:「美しい体操」でニッポンの次代エースへ―東京五輪アスリートの肖像(1)

東京2020 スポーツ

昨年10月にドイツ・シュツットガルトで行なわれた世界体操選手権で、2020年東京五輪での活躍が期待される新たなホープが誕生した。千葉県船橋市立船橋高校3年生の橋本大輝だ。

数あるオリンピック競技の中で日本勢が最も多くのメダルを獲得しているのが体操だ。その数は、金銀銅を合わせて98(金31、銀33、銅34)。金メダル数こそ39個を獲得している柔道にトップを譲るが、長い間にわたって「お家芸」と呼ばれてきたゆえんが、この数字に表れている。

ところが、昨秋の世界選手権の開幕前、日本チーム内には暗雲が垂れ込め、不安が充満していた。なぜなら、2016年リオデジャネイロ五輪で団体金メダルに輝いた内村航平や白井健三といった実力者たちが、ケガに苦しみ、代表から外れていたからだ。

さらにドイツ入りした後の現地での練習で、主力選手の谷川航が足首を負傷し、予定していた6種目(床運動、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒)のうち、着地の際に足首に負担のかかる跳馬や床運動など4種目に出ることが困難になった。これは痛恨のアクシデントだった。

度胸満点の演技で窮地の日本を救う

ここで、ピンチを救ったのが橋本だった。2013、14年の白井以来となる史上2人目の高校生代表となった18歳は、圧巻の世界デビューを飾る。

まずは5人でチームを組んで出た男子団体総合予選で、出場した4種目すべてにおいて日本勢トップの得点をマークした。特に素晴らしかったのは最初の種目の「あん馬」だ。台上にある把手を握って脚を旋回し続けるこの種目は、少しでもバランスを崩すと落下してしまうという難しさがあり、ベテラン選手でも相当な神経を使う。まして世界大会初出場の高校生にとってはとてつもない緊張感が漂ったはず。しかし、橋本は会場に詰めかけた1万人の視線を浴びながら、完璧な演技を見せた。

世界選手権の男子団体で銅メダルを獲得した日本チーム、右端が橋本大輝選手(筆者撮影)
世界選手権の男子団体で銅メダルを獲得した日本チーム、右端が橋本大輝選手(筆者撮影)

身長164センチ、体重54キロというスラリとした体型。手足の長さを存分に生かした演技は、審判から非常に高い評価を受け、国際大会で上位争いをする目安となる14点台後半を叩き出した。

「ワクワク感の方が強くて、緊張はほとんどありませんでした。とても楽しかったです」

このコメントが示す通り、度胸満点の演技だった。

当初から出場予定だった跳馬と鉄棒で大技を連発して高得点を出すと、谷川航の負傷によって任されることになった床運動でも日本勢トップの点を出した。こうして日本は予選3位で決勝に進んだ。

2日後に行われた決勝でも、橋本は日本の救世主になった。出場したのは予選と同じ4種目。だがこれは、初出場の選手としては異例の抜擢だった。

理由は団体戦特有の競技方法にある。世界選手権の団体戦は、5人中4人が演技をし、上位3人の得点の合計点で競う。このため1人のミスならば問題はない。ところが、決勝は演技をする3人全員の得点の合計で競うため、ミスが許されない。高校生にはかなりのプレッシャーになる。

ここで橋本は期待に見事に応えた。得意のあん馬で足先までスッと伸びた美しい演技を見せると、跳馬では「ロペス」(伸身カサマツ2回ひねり)と名のつく高難度技に挑んでピタリと着地し、鉄棒では夏場から入れ始めたばかりの「カッシーナ」(伸身コバチ1回ひねり)という難しい手放し技を完璧に成功させた。

団体決勝の結果は、金メダルのロシア、銀メダルの中国に続く銅メダルだったが、橋本の大活躍には2004年アテネ五輪の団体金メダリストである水鳥寿思男子強化本部長も大喜びだった。「期待はしていたが、期待以上だった。世界で高評価を得たのは大きな収穫です。東京五輪に向けて欠かせない選手になります」と興奮を抑えられなかった。

高校3年で一気に才能開花

橋本は2001年8月7日、千葉県成田市生まれ。先に体操教室に通っていた2人の兄を追い、6歳で体操を始めた。中学時代はケガが多かったために成績が伸び悩んだが、強豪の市立船橋高校に入ってから急スピードで成長。3年生になった19年に一気に成績を伸ばして世界選手権の代表入りを果たした。

体操は技の難度を示す「D(Difficulty)スコア」と技の出来映えを評価する「E(Execution)スコア」の合計点で競う。橋本の良さは、演技の正確性や美しさを示すEスコアが高いことにある。

これは、日本の体操界に息づく「美しい体操」を理想とする哲学がジュニア世代の指導者に浸透していることが大きい。それに加えて、橋本自身の「美しい体操」に対する意識の高さも見逃せない。橋本は常日頃から「僕の理想は、難度の低い技をおろそかにせず、きっちりとやることです」と話している。

最高の世界デビューを飾った世界選手権から約1カ月が経った昨年11月には、群馬県高崎市で行われた「個人総合スーパーファイナル」に出場し、シニアでの初タイトルを獲得した。18歳と3カ月での個人総合タイトル獲得は、1988年ソウル五輪選考会を兼ねて行なわれた同年6月のNHK杯で、当時、大阪・清風高校3年の西川大輔が18歳と3日で優勝を飾って以来の年少記録だ。

個人総合スーパーファイナルで優勝した橋本大輝選手(筆者撮影)
個人総合スーパーファイナルで優勝した橋本大輝選手(筆者撮影)

この結果、橋本は2020年春のワールドカップ・シリーズ2大会への出場権を手にした。合計ポイントで1位になれば、東京五輪出場権を一足先に手に入れることができる大会だ。

しかし、橋本自身は結果を淡々と受け止めている。個人総合スーパーファイナルで出した得点は、出場選手で唯一人の86点台だったが、これは10月の世界選手権では個人総合6位相当の点数だ。東京五輪の頂点を目指すという高い目標を掲げるには、まだまだ物足りない数字である。

「世界で戦っていくなら、少なくともあと1点が必要。ワールドカップでは87点台の中盤をとっていきたいです」と、さらに上を見据える。

世界選手権王者も認める「輝かしい未来」

とはいえ新しいヒーローの誕生は、東京五輪やその先のパリ五輪に向けて、体操界の誰もが待ち望んできた明るい話題だ。なにしろ18歳で世界選手権のメダルを獲得したのである。高校2年生だった2013年世界選手権で種目別床運動の金メダルを取った白井は別格としても、6種目をこなすオールラウンダータイプの選手としては、12年ロンドン、16年リオと五輪個人総合2連覇を達成したあの内村でさえ、世界大会の初メダルは大学2年で出た08年北京五輪だった。

昨年暮れに愛知県豊田市で行なわれた豊田国際体操競技大会では、招待選手としてともに出場した、世界選手権の男子団体と個人総合で2冠に輝いたニキータ・ナゴルニー(ロシア)から「彼にはオールラウンダーとしての輝かしい未来が待っている」と称賛された。

無限の可能性が目の前に広がっている18歳。黙々と練習に取り組む姿もまた、東京五輪への期待をどんどん膨らませている。

バナー写真:平行棒の演技をする橋本大輝選手(時事)

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