Netflix『After Life/アフター・ライフ』シーズン1&2:ビターで心温まる傑作ヒューマン・コメディー

Cinema

最愛の妻に先立たれ、生きる気力を失った中年男性の失意の日々と、再生への道のりを描くNetflixオリジナルシリーズ『After Life/アフター・ライフ』。俳優・コメディアンのリッキー・ジャーヴェイスが主演・脚本・監督・制作を務めるヒューマン・コメディーで、イギリスの架空の町・タンベリーが舞台だ。伴侶を亡くした時、残された人はどうやって生きていくのか。理路整然と悪口雑言の限りを尽くす主人公に笑い、あとからじんわり泣けてくる。シーズン1(6話)は2019年、シーズン2(6話)は2020年に配信、シーズン3の制作も始まっている。

妻を亡くし、すさんだ生活を送るトニー

無料配布の地域新聞社で記者をしているトニー(リッキー・ジャーヴェイス)は、妻のリサ(ケリー・ゴッドリマン)をがんで亡くしたばかり。世界中の不幸を一身に背負ったように、すさんだ毎日を送っている。

リサは病床から動画を残していた。暮らしのこまごまとした注意から心の持ちよう、将来への望みまで。トニーは毎日それを見ては、妻をしのんでいる。

リサの後を追って死にたいと思うが、愛犬・ブランディを残していけず、死のうとするとブランディに止められる(ブランディは演技賞ものだ)。

トニーと愛犬・ブランディ Netflix「After Life/アフター・ライフ」
トニーと愛犬・ブランディ Netflix「After Life/アフター・ライフ」

家の中は荒れ放題、飲酒はやめられないし、薬物にも手を出す。職場でも悪態をつきまくる。「人にやさしくしても得なことはない」とまで言う。

新聞社の上司や同僚は寛大で、そんなトニーを温かく見守っている。本来は彼がやさしい人間だと分かっているからだ。遅刻はするが出勤し、取材に出かけ、老人ホームにいる父を見舞い、犬の散歩も欠かさない。トニーは悲しみのどん底で、かろうじて日常生活を営んでいた。

深く関わる3人の女性

ドラマはトニーの家、老人ホーム、新聞社、取材、犬との散歩、精神科医のセラピー、墓参り…これの繰り返しである。毎日、毎日、判で押したように。タンベリーの町から出ることはなく、時はゆっくりとしか進まない。だが、それが心地よい。町の景色はどこか懐かしく、親しみを感じさせ、タンベリーの住人になったような気がしてくる。

日々の暮らしの中でトニーと深く関わるのが3人の女性だ。

まずは“墓地の隣人”、アン(ペネロープ・ウィルトン)。アンもまた長く連れ添った夫を失っていた。隣り合った墓の前で、二人はさまざまなことを語り合う。とても素敵なシーンだ。親より少し若いアンに対してだけ、トニーは素直になれるようだ。アンもまたトニーに寄り添い、温かい助言を惜しまない。精神科医のセラピーよりよほど有益だ。

リサの墓前で、アン(右)に本音を打ち明けるトニー Netflix「After Life/アフター・ライフ」
リサの墓前で、アン(右)に本音を打ち明けるトニー Netflix「After Life/アフター・ライフ」

2人目は、「娼婦(prostitute)じゃない、性労働者(sex worker)よ」と主張するロキシー(ロイシン・コナティー)。トニーが家の掃除を頼んだことから不思議な交流が生まれる。

そして最も重要なのが、トニーの父が暮らす老人ホームの看護師、エマ(アシュリー・ジェンセン)だ。トニーはエマに魅かれていくが、亡きリサが恋しすぎて、次の恋に踏み出すことができない。二人の仲の行方もこの物語の見どころの一つだ。

リサ(右)との幸せな時を映像に残すトニー Netflix「After Life/アフター・ライフ」
リサ(右)との幸せな時を映像に残すトニー Netflix「After Life/アフター・ライフ」

トニーの行動に感じるモヤモヤと爽快感

善人ばかりのいい話かと思いきや、なかなかどうしてブラックなところもある。こうしたコメディーではおなじみの下品なセリフやジョークには目をつぶるとしても、ろくでなしの精神科医の言動は、出てくるたびにうんざりしてしまう。

薬物依存症の新聞配達員をめぐるエピソードでは、トニーの行動にモヤモヤ感が拭えない。また、取材対象である“新聞に載りたがる町の人”に対しても、作り手の視線は辛辣(しんらつ)だ。鼻息で2本のリコーダーを吹く少年、ゴミ屋敷の住人、母乳でプリンを作る女性、8歳の少女になった中年男性…確かに、みんなちょっと変ではあるけれど。

それらを割り引いても、やはりこのドラマはいい。

口は悪いトニーだが、職業に対する偏見のなさ、人を見る目の確かさ、他人へのやさしさは、見ていて気持ちがいい。

「お掃除を頼んでいるから」とロキシーに家の鍵を渡すトニー。職業のことで、これまでさんざん嫌な思いをしてきたであろうロキシーは、「信じてくれたから」と言って掃除代をサービスしてしまう。ホームレスの郵便配達人に対しても、仕事ぶりに文句は言うが、見下したりはしない。バスルームを使わせてあげたり、恋の仲立ちを買って出たりもする。

『恋はデジャ・ブ』がキーワード

少しずつ心を回復させていくトニーは、自分だけがつらくて不幸だと思っていたが、周りの人も皆、何かしらの悩みを抱えていることにようやく思い至る。

落ち込む同僚をさりげなくお茶に誘い、取材者たちを通じて、「しょうもない無料紙だけど役割はある」と仕事にも前向きに取り組む。

何より、エマとの関係を真剣に考えるようになる。エマはトニーを憎からず思うものの、リサの存在を理解するがゆえに、その心は複雑だ。そんな2人の間では、『恋はデジャ・ブ』が重要なキーワードになっている。

映画『恋はデジャ・ブ』(ハロルド・ライミス監督、ビル・マーレイ主演、1993年)は、主人公だけが、ある1日を延々と繰り返すタイムループものだ。恋する女性にふさわしい人間になろうと、主人公が(拷問のような)無限の時間を使って自己中心的な自分を変えていく。日々の積み重ねと他人へのやさしさが、幸せへと導いてくれるのだ。

トニーとエマの関係だけでなく、物語全体にこの映画の世界観は投影されているようだ。『恋はデジャ・ブ』を見れば、なおいっそう『After Life』を楽しめるに違いない。

同僚に誘われコメディークラブへショーを見に行くが、トニーは楽しめない Netflix「After Life/アフター・ライフ」
同僚に誘われコメディークラブへショーを見に行くが、トニーは楽しめない Netflix「After Life/アフター・ライフ」

人生には、愛する人の他にも失うものがあったり、つらいことが起きたりする。固く閉ざした心をほぐし、素直に、声を上げて泣けるようになるのは時間のたまもの。

だが、一直線に回復はしない。揺り戻しもある。決まり切った日常の繰り返しが心を救う。他人を思いやる。「痛みはあっても生きる価値がある」と思える日まで。トニーの姿は、いつかくる、そんな時の心の処方箋だ。

アメリカの詩人、ロバート・フロストの言葉「It goes on(人生は続く)」を引用してシーズン2は締めくくられる。制作者のジャーヴェイスはおそらく、これが言いたかったのではないか。そして、最後にロマンスの香りを漂わせてシーズン3へと視聴者を誘う。なんて小粋でオシャレなのだろう。

Netflixシリーズ『After Life/アフター・ライフ』シーズン1~2独占配信中

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