幻の童謡詩人・金子みすゞ

金子みすゞの童謡:みんなちがって、みんないい

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100年もの時を超え、今なお心に響く金子みすゞの詩。「みんなちがって、みんないい」「見えぬけれどもあるんだよ」とそっと寄り添う。空に、小鳥に、魚に、土に、そして何より自分に「あなたはあなたでいい」と語り掛ける。16年かけて遺稿を探し出した矢崎節夫氏がみすゞの詩を読み解く。

あなたはあなたでいい

『私と小鳥と鈴と』

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

金子みすゞの代表作の一つだ。「みんなちがって、みんないい」なんとうれしい言葉だろう。「あなたはあなたでいい」とうたっているのだ。人間を含めて地球上の全ては、違うから生まれることができ、違うからそれぞれが存在することができたのだ。「誰もが生まれただけで百点満点」ということだ。

このみすゞのまなざしになるには、人間中心、自分中心では成り得ない。

この作品で一番大切なのは、最後の段落の一行前だ。題では『私と小鳥と鈴と』だが、一行前は「鈴と、小鳥と、それから私」と、「私」の位置が変わっている。「私とあなた」ではなく、「あなたと私」になった時、初めて自分優先ではなく、「みんなちがって、みんないい」というまなざしが生まれるのだ。

もう一つ大切なところは、「お空は飛べない」「地面は走れない」「きれいな音は出ない」「たくさんな唄は知らない」と、できないことと知らないことしかうたっていないところだ。

私たちは生まれた時には、ほとんど何もできず、何も知らなかったにもかかわらず、少しできることが増え、少し知っていることが増えると、できない人や知らない人を差別しがちになる。

みすゞはできないこと、知らないことが先にあって、できることに出会い、知ることに出会えることを思い出させてくれ、誰もがそれぞれの時間と容積を持っていて、比べることのできない素晴らしい存在だと気付かせてくれている。

見えぬけれどもあるんだよ

『星とたんぽぽ』

青いお空の底ふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、
昼のお星は眼(め)にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

散ってすがれたたんぽぽの、
瓦(かわら)のすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

「見えぬけれどもあるんだよ、/見えぬものでもあるんだよ」。

ともすれば、目に見えるものに固執しがちな私たちに、みすゞは目に見えないものの存在を思い出させてくれる。『大漁』の中で、海の底のイワシの悲しみを「鰮(いわし)のとむらい」とうたってくれたようにだ。

私たちのまわりは目に見えるものの他には、目に見えない空気でいっぱいに満たされている。その空気によって、私たちは生かされているのだ。ここで大切なのは、存在しないから目に見えないのではなく、昼の星もタンポポの根も存在するにもかかわらず、そのことを忘れたり、気づかなくなってしまったりするのは、私たち自身の想像力や深く物を感じる力の欠如の問題だ。

このことに気づいて、はっとしたり、改めて私を私であらしめてくれたりする全ての存在に、きちんと向き合いたくなる。

みすゞが、「見えぬけれどもあるんだよ、/見えぬものでもあるんだよ」。とうたった18年後、サン=テグジュペリは、『星の王子さま』(内藤濯訳・岩波文庫)で「かんじんなことは、目に見えないんだよ」と語っている。大切なまなざしは、時と所を超えて繰り返される。

大切なものは見えない

『積った雪』

上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。

下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。

『積った雪』を読むと、雪をただ雪として見るのではなく、「上の雪」「下の雪」「中の雪」とそれぞれにきちんと佇(たたず)んで、うたっていることに感動する。上の雪や下の雪は想像できるが、中の雪のことは誰も考えたことがなかったのではないか。

『積った雪』を読むたびに、北海道に流氷を見に行った時のある村長さんの言葉を思い出す。村長さんは私たちを迎えてくださって、『積った雪』をそらんじてくれた。

「中の雪/さみしかろな。/空も地面もみえないで」と、にこにことそらんじてくれた村長さんの顔が一瞬真顔になって、それから突然はらはらと涙をこぼされて、次のように話してくれた。

「私は70を過ぎたこの年まで、毎年たくさんの雪を見てきたけれど、一度も中の雪のことを考えたことがありませんでした。本当に大切なことを見ることもなく、この年まで生きてきた自分が恥ずかしい」と。そして、また、はらはらと泣かれた。

この時、私自身、村長さんのように、みすゞの童謡を深く自分に戻して、自分を省みることがあったか、本当に大切なことを見ることなく生きてきた自分がいなかったかと、強く心に問われた気がした。

みすゞの童謡は、読む私たちにいつも「あなたはどうですか」と問い掛けている気がする。

金子みすゞの詩・出典=『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)
金子みすゞの肖像写真・提供=「金子みすゞ著作保存会」
イラスト=moeko

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