台湾ブランドの浸透力

台湾ブランドの浸透力:誠品書店が書籍大国日本で実現したいこと

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日本は世界屈指の出版大国だ。出版社数3000社あまり、年間の書籍出版点数は最盛期を過ぎた今でも7万点に上り、書店の数も1万店を超える。三井不動産とタッグを組んだ台湾発の「誠品生活日本橋」が盛大なオープニングイベントと共に華々しく開店したのは2019年9月。大手との競合に加えて、開業間もなくしてコロナ禍に見舞われ苦戦を強いられている。誠品ブランドは、この逆境をどのように乗り越えていのだろうか。

日本初出店は商業文化の中心地

日本橋は、世界のトップブランドが集積する日本屈指の商業エリアだ。歴史をさかのぼれば、1603(慶長8)年の江戸幕府の開府に伴い、「日本橋」が建造された。翌年には、この地が五街道の起点に定められたことから、日本各地から訪れる人や荷揚げされる物産が集まるようになり、400年以上にわたって日本の商業や文化の中心地として発展を続けてきた。

2019年9月に開業した商業施設「コレド室町テラス」のメインテナントとして、書籍を中心に、文具、雑貨、食品など幅広く取りそろえた「誠品生活日本橋」が台湾から日本進出を果たした。ショップインショップとして台湾ブランドが都心の一等地に集積したことで、日本在住の台湾人は、故郷を懐かしむと同時に、誇らしくも感じたものだ。

2019年にオープンした製品生活日本橋。台湾の誠品書店の設計理念にならい、開放感のある売り場を実現させた(誠品生活日本橋提供)
2019年にオープンした製品生活日本橋。台湾の誠品書店の設計理念にならい、開放感のある売り場を実現させた(誠品生活日本橋提供)

誠品書店の日本進出は、創業者である呉清友氏の生前の願いでもあった。日本での事業展開を円滑に進めるため、誠品書店は場所の選定から契約等に関し、パートナーである三井不動産から多大な協力を得た。また運営面では、大手書店チェーン有隣堂からバックアップを受けている。誠品生活日本橋は日台企業による業務提携の好例と言えるだろう。

しかし、新型コロナウイルスの世界的な大流行で、日本では2020年4月に最初の緊急事態宣言が出され、誠品生活日本橋も、丸2カ月間の休業を余儀なくされた。営業再開後も、感染拡大の波に幾度も襲われ、客足は思ったようには伸びない。感染が収束するまで課題が尽きないなか、有隣堂の経営企画本部・事業戦略部ブランド事業課の伊藤博美課長に、店舗の展望について話を聞いた。

誠品生活日本橋は、有隣堂の協力のもと運営されている。写真は有隣堂の経営企画本部・事業戦略部ブランド事業課の伊藤博美課長(誠品生活日本橋提供)
誠品生活日本橋は、有隣堂の協力のもと運営されている。写真は有隣堂の経営企画本部・事業戦略部ブランド事業課の伊藤博美課長(誠品生活日本橋提供)

書籍だけでなく、食や雑貨などライフスタイルを提案

台湾の誠品書店の特徴は、暖色系の柔らかな電球色の照明と洗練された商品ディスプレイにある。かつて、台北市内にあった誠品書店敦南店(2020年5月31日閉店)は「文学青年の聖地」だった。台湾の書店では初めて24時間営業に踏み切り、夜型人間にとっては、いつでも本を買いに行けるありがたい場所だった。

敦南店があった台北市東区エリアは、元々は商業施設が集まる場所だったが、誠品書店がオープンして以来、数十年で文学の香りが漂う街へと変化した。有隣堂の伊藤博美さんによると、東区での誠品書店敦南店の姿は、誠品生活日本橋がオープンすることになった経緯と似ていると話す。

「日本橋は江戸時代から文化と商業の中心でした。三井不動産は、街の伝統・文化を残しながら、往時の賑わい(にぎわい)を取り戻そうと、日本橋エリアの再開発に力を入れていたのです」

台北の誠品書店敦南店と誠品書店の日本支店第1号には、どちらも商業と文化の街に誕生したというよく似た背景があったのだ。

近年、台湾では、誠品書店は書籍の販売だけでなく、生活用品や食品、文具なども取り扱う「百貨店型書店」への道を歩んでいる。興味深いのは、生活用品等の商品が書籍と一緒にディスプレイされていて、「売り場」の区分が明確ではないところだ。

誠品生活日本橋で販売されている台湾デザインの商品(野嶋剛氏提供)
誠品生活日本橋で販売されている台湾デザインの商品(野嶋剛氏提供)

誠品生活日本橋でも、入り口に台湾のお菓子と小型の家電が並んでいる。伊藤さんは「オープン以来、『蒜香青豆(グリンピース・ニンニク風味)』というおやつが大人気なんです。リピート購入の方も多いですよ」と話す。

また、台湾では一家に一台と言われる必需家電「大同電鍋」の人気も高い。伊藤さんによると「多くのお客様が実物をご覧になって、レトロなデザインに『懐かしい』『可愛い』と声をあげていらっしゃいます」。そして、思わずその場で購入する人もいるそうだ。

150年の歴史を持つ老舗茶館「王德傳」。誠品生活日本橋にはショップインショップ形式で多くの台湾の名店が入っている(野嶋剛氏提供)
150年の歴史を持つ老舗茶館「王德傳」。誠品生活日本橋にはショップインショップ形式で多くの台湾の名店が入っている(野嶋剛氏提供)

本とリアルを結ぶイベントに訪れた試練

このような「複合的」な店づくりができるのは、誠品書店が本と実生活をうまく結びつけているからだ。例えば、台北の信義旗艦店では、料理本のコーナーのそばに小さな厨房を備えたイベントスペースがあり、定期的に有名シェフを招いて、料理本の通りの料理をデモンストレーションする。本の内容をリアルのスペースで見せることで、関心を高めるのが狙いだ。

店内ではピアノや室内楽の四重奏、五重奏のミニコンサート開催することもある。そのすぐ近くには、クラシック音楽関係の本を並べる。文化・芸術への理解を書籍からだけでなく、実際に聴いたり食べたりという体験を通して深めてもらおうというのが、誠品書店流なのだ。そして、日本橋でも、同じように「本の内容のリアルな体験」を展開したいと考えていた。

2020年の春節(旧暦の正月)にあたる1月下旬には、イベントスペースで映画『ママ、ごはんまだ?』の上映会と原作である同名エッセイの著者・一青妙さんのトークショーを開催した。クッキングスタジオで、台湾の伝統的な旧正月料理である大根もちを紹介し、作り方のデモンストレーションもした。

本と生活体験をリンクさせ、イベントという形で台湾の文化を紹介している。伊藤さんは「台湾の風習や飲食文化を体験し、楽しんでもらうことで、誠品生活日本橋が日本と台湾をつなぐ場になりたい」と話す。このイベントでは少なからぬ日本人客が足を止めていたという。本のプロモーションが文化交流にもなっているのだ。

しかし、その後、世界的な新型コロナウイルスの流行で、“リアル” のイベントは軒並み中止となった。1回目の緊急事態宣言の解除以降は、感染拡大防止のルールに則ったトークショーをオンラインと並行して行っている。

作家の一青妙さんを迎えて、台湾の正月料理の定番である「大根もち」づくりを紹介するイベント。2020年1月、コロナ流行が本格化する前に開催したもの。現在はこうしたイベントの開催は見合わせている(誠品生活日本橋提供)
作家の一青妙さんを迎えて、台湾の正月料理の定番である「大根もち」づくりを紹介するイベント。2020年1月、コロナ流行が本格化する前に開催したもの。現在はこうしたイベントの開催は見合わせている(誠品生活日本橋提供)

誠品書店と日本の書店が互いに与え合った影響とは?

誠品生活日本橋の店内は、誠品書店ならではの店内デザイン、すなわち暖色系の柔らかな照明と大きくて開放感がある売り場スペースを採用している。これは日本における従来型の書店とは大きく異なる。

筆者は以前、台湾のジュンク堂書店で1年間アルバイトをしたことがあり、日本式書店の教育を受けた。日本で本屋といえば、売り場を鮮明に照らす白色系の蛍光灯照明だ。さらに、より多くの商品を陳列するため、通路は比較的狭く、時に客は横歩きしなければならないこともある。

日本人の店員と雑談した時に彼は、誠品書店の暖色系の照明には「インテリアショップに来た」ような感覚を覚えると話していた。日本の書店は、空間を有効に使い、より多くの本を陳列して、一冊でも多くの本を売ることを目的としていることが明確だ。一方の誠品書店には「まずは座って休んで、それから本を見てください」といった雰囲気がある。

誠品生活日本橋の店内(誠品生活日本橋提供)
誠品生活日本橋の店内(誠品生活日本橋提供)

また台湾の誠品書店では、客が床に座り込んで本を読んでいるのを黙認している。長時間、本を読んでいる人の多くは、申し訳なくなって、何冊か本を購入するという話を聞いたことがある。筆者がバイトしていたジュンク堂では、座り込んで本を読んでいる客に声を掛けるのも仕事のうちだった。大半の台湾人は誠品書店での経験から、書店は座ってもよいものと思っている。ちなみに、筆者は誠品生活日本橋では、床に座り込んでいる人を見たことはないが…。

2011年、蔦屋書店が代官山に特徴あるコンセプト店をオープンした。室内にはオレンジ色の照明を採用し、店内の椅子に自由に座ることができる。従来からの日本では見られなかったタイプの書店だが、実は、誠品書店を参考にしたと言われている。もしかしたら将来的には、日本でも誠品生活のような「買い物を楽しみながら本を読む空間」が主流になるかもしれない。

コロナ収束後の交流に期待

誠品書店ならではの柔らかなオレンジ色の照明と広い通路が、独特の雰囲気を醸し出す「文学回廊」(誠品生活日本橋提供)
誠品書店ならではの柔らかなオレンジ色の照明と広い通路が、独特の雰囲気を醸し出す「文学回廊」(誠品生活日本橋提供)

新刊や大手出版社のものばかりでなく、日本人と台湾人のスタッフが独自の視点で厳選したコーナー(誠品生活日本橋提供)
新刊や大手出版社のものばかりでなく、日本人と台湾人のスタッフが独自の視点で厳選したコーナー(誠品生活日本橋提供)

新型コロナウイルスの収束は見えず、誠品生活日本橋は試行錯誤を続けている。開業を記念して、メンバーズカード会員向けに実施していた1泊2日の『台北誠品文化観光の旅』のプレゼントキャンペーンもコロナ禍で中止に追い込まれた。そでも、逆境の中でも道を切り開こうと、今後も、日本と台湾をつなぐイベントを実施したいと考えているそうだ。

伊藤さんは「一部はオンラインになりましたが、誠品生活の多彩なイベントや文化交流へのこだわりをお伝えするために、私たちは様々な読書体験の共有、知識の探求、文化交流活動を続けて行っていけるよう努めていきたいと思っています」と話す。

ただ、人は感覚的な生き物だ。実際に店内でイベントなどを経験できないことは、書籍の購買意欲にも影響があるのではないだろうか。新型コロナウイルスの流行状況を考えると、外出は安心と安全が確保されることが大前提だ。今後について伊藤さんは、誠品生活日本橋は客が家にいても来店しても、興味をかき立てられるような台湾の情報を提供していくことを目指しているとし、こう続けた。

「外出の機会が減ったとしても、人の探究心が消えることはありません。私たちはお客様が安心して買い物ができる環境を作り、感染が収まった時に来たいと思うような店にしていきたい」

台湾発の書店による書籍大国日本への進出は、一時はかなり難しいと考えられていた。しかし、台湾の各業界の先駆者たちが異国で苦心しながら市場を開拓してきたのと同様に、誠品生活は多くのライバル書店がしのぎを削る日本で、独自の道を切り開いていくことを目指している。

バナー写真:誠品生活日本橋の店内(誠品生活日本橋提供)

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