世界が注目する日本のラーメンビジネス

ラーメンからRAMENへ――進化を続ける日本育ちの麺料理

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中国で生まれた麺料理が日本に伝わり、日本の食文化と融合し、世界各国の料理とライフスタイルも取り入れながら進化を続けている。その味が人々を魅了してやまない理由やビジネス展開に有利な理由を、フードジャーナリストの山路力也氏が解説する。

中国で生まれ、日本で育ち、世界に進出した「ラーメン」

世界に数多ある料理の中で、「ラーメン」という料理ほど独特な存在はなく、同時に「ラーメン店」という業態も他の飲食店には見られない独特な業態である。

ラーメンの源流が中国の麺料理にあることは、客観的に見ても間違いのないところである。日本で最初にラーメンを出したと言われる『来々軒』(浅草・1910年創業)は、焼売(シューマイ)や中華丼なども提供する大衆向けの中華料理店であった。ラーメン店のルーツは大衆中華料理店だったのだ。

戦後になると日本蕎麦(そば)の流れをくむラーメン店も登場するようになった。つけ麺発祥の『大勝軒』のルーツでもある『丸長中華そば店』(荻窪・1948年創業)や、東京ラーメンの代表格として知られる『春木屋』(荻窪・1948年創業)などは、いずれも蕎麦の名産地である信州出身者が創業した店であり、中華料理の文脈は入って来ない。ラーメンのアイコンとしても知られる「なると」は、元来日本蕎麦に用いられていた具材の転用だ。

さらに日本全国の土地土地の文化と密接につながった「ご当地ラーメン」の存在も見逃せない。地域ごとに異なる歴史を経て生み出されたラーメンの数々は、インターネットの普及とともに全国に知れ渡り、一躍「ご当地ラーメンブーム」が興った。

中国で生まれた麺料理が日本の食文化と融合し、今ではフレンチやイタリアン、あるいは東南アジアの料理などの技術も包含しながら加速度的に進化し続けている。ヴィーガン(完全菜食主義者)やSDGs(持続可能な開発目標)などライフスタイルや時代のトレンドもキャッチしつつ、世界各国で人気となり、代表的日本食としての地位を獲得した。それでいて、麺もスープも具材も一つとして同じラーメンはない多様性を持つ。このようにものすごいスピードで進化、変化し続けて、バリエーションも無限にある料理はラーメンしかないと言っても良いだろう。

ラーメン店がなぜビジネス展開しやすいのか

その背景には高度成長期から半世紀以上にわたり続くラーメンブームと、それによって国民食という地位を獲得してきた歴史がある。1967(昭和42)年に創業した『どさん子』は、みそラーメンブームを起こした立役者であり、フランチャイズによる多店舗展開の先駆者とも呼べる存在である。最盛時には日本全国で約1200店舗を展開し、いち早く海外にも進出を果たしている。その後もチェーン展開をするラーメン店が次々と登場して人気を集めている。

ラーメンに限らず料理の世界では長い修業経験を経て、初めて店を任されたり店を持てたりするため、人が育たなければなかなか多店舗展開は難しい。そんな中でなぜラーメン店がチェーン展開出来たのか。その要因として大きなものの一つに、ラーメンならではの調理工程があったと考えられる。

まず、ラーメンには他の料理に比べて調理工程がそもそも少ない。注文を受けてから材料を切ったり焼いたり炒めたりすることはほとんどなく、調理工程だけで言えばタレを入れてスープを注ぎ、麺をゆでて具を乗せるだけだ。むしろラーメンという料理では調理工程よりも仕込みが重要になる。長時間かけてスープを炊いたり、チャーシューを煮たり焼いたり、店によっては麺を打ったりするが、それらは全て店をオープンする前に準備する仕込みだ。

その中でも味の要となるタレやスープの仕込みは、職人の技術や経験が特に不可欠な工程であるが、セントラルキッチンなどで一括に仕込んだものを供給することで、職人がいなくとも一定以上のクオリティーのラーメンを提供することが可能になり、日本全国においしいラーメン店が爆発的に増えた。さらにインスタントラーメンの普及も相まって、日本人にとってラーメンは誕生から半世紀ほどで国民食となり得たのだ。

ラーメンから「RAMEN」へ

国民食となったラーメンは次に海外へと広がりをみせる。今では欧米やアジアなど多くの国と地域に日本のラーメン店が進出を果たしている。中でも米国ニューヨークでは2000年代にラーメンブームが興り、現在100店舗以上のラーメン店があると言われている。

その先駆として知られるのが、韓国系米国人のデビッド・チャン氏が日本のラーメンを研究して、2004年に開業した『MOMOFUKU』だ。さらに2008年、福岡に本拠を構える『IPPUDO(一風堂)』がオープンしたことで、ニューヨーカーのライフスタイルの中に「RAMEN」という選択肢が加わった。

ニューヨークでラーメンが流行した理由についてはいくつもの推論がある。一つは日本の文化やサービスなどが海外で人気を集めている、いわゆる「COOL JAPAN」のムーブメントがある。アニメやマンガ、ゲームなどの「Japanese Culture」の一環として、ラーメンにもスポットが当たった可能性は高い。例えばアニメの中に出てきたラーメンを見て興味を持ったという人も少なくないのだ。さらに日本食に対する好意的なイメージも後押ししているはずだ。

また、日本ならではの「おもてなし」の精神がラーメン店のホスピタリティに寄与することで、レストランと同等の評価を得たことも大きい。それまでの中国やアジアの麺料理はファストフードとしての扱いがされており、当然のことながら材料原価も販売価格も安い。しかし日本のラーメンは原価もかかっているので販売価格も高くなる。同じ麺料理というカテゴリで勝負すると価格で勝ち目がなくなる。差別化を図る意味でも日本のラーメン店が日本と同じかそれ以上のサービス、接客を充実させたことが功を奏した。

豚骨ラーメンが世界を制した理由とは

そのような背景がありつつも、やはりラーメンやラーメン店自体に魅力がなければ、飲食店が多いニューヨークの街で受け入れられることはなかっただろう。その魅力の一つとして考えられるのは「豚骨スープ」が持つ圧倒的な旨味(うまみ)だ。

豚の骨を炊いたスープはイノシン酸を豊富に含んでいる。そこに昆布などのグルタミン酸やシイタケなどのグアニル酸を含んだタレを加えることで、旨味の相乗効果が生まれる。旨味こそ日本食最大のアドバンテージであり、他の料理ではなかなかまねのできないことだ。

実際、前述した『IPPUDO』をはじめ、海外に進出している日本のラーメンチェーンの多くは豚骨ラーメン店である。また、宗教上などの理由で豚骨スープを出せないエリアでは鶏を白濁するまで煮込んだ「鶏白湯(とりぱいたん)」と呼ばれるスープで提供している店が多い。今でこそ白濁していないスープを出すラーメン店も増えているが、ブレイクスルーするタイミングで豚骨スープや鶏白湯などの「白濁スープ」が与えた影響は少なくないと考えられる。

豚骨スープとは、その名の通り豚の骨を煮込んで白濁乳化させたものだ。これは他の料理には見られないスープであり、しかも一杯あたり300cc以上もの量が提供されるような料理はなかなかない。そのため当初米国や欧州では、ラーメンは麺料理というよりもスープ料理として認知されていた。日本では麺は全て食べてスープを残すことがあるが、欧米ではスープは全て飲み干されて麺が残されることもある。

これまで海外では日本のラーメンを模倣したり、日本のラーメン店が進出したりするケースがほとんどであったが、最近では、その国オリジナルのラーメン店も生まれている。日本各地のご当地ラーメンのように、その国の文化や食生活に根付いた、その国ならではの個性豊かなラーメンが、今後急速に増えていくことだろう。

バナー写真=ささざわ / PIXTA

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