台湾のスポーツヒーローが東京五輪へ

あん馬王子 李智凱とイケメンスイマー王冠閎 : 日本びいきアスリートの五輪への思い

スポーツ 文化 東京2020

東京五輪は1年間の延期となり、先の見えない孤独なトレーニングを選手たちは強いられることになった。不安を乗り越えて、五輪の殿堂にふさわしいパフォーマンスを発揮できるように努めた選手たちの中から、台湾の体操選手李智凱と水泳選手王冠閎を紹介したい。

台湾あん馬王子の再スタート

台湾で「あん馬王子」と呼ばれる李智凱(25歳)は、台湾南部・高雄市左営のナショナルトレーニングセンターを拠点にしている。自宅は別の場所にあるのだが、今ではここが自宅のようなものだ。5月の新型コロナ感染拡大以降は、センター側が東京五輪派遣選手とコーチの施設からの外出を一切禁止した。李は6月10日にSNSで「もう外の世界がどうなっていたのか忘れそうだ。もしかしたら帰り道すら分からなくなってるかも」と投稿し、その苦しさを吐露している。

東京五輪が1年延期となったことについて、「最初はすごく不安でした。2020年を照準に調整してきたので、突然、目標を失ったような気がしました。でも、コロナのまん延は世界的な問題でスポーツどころではない。少しずつ現実に向き合えるようになった」「この1年間、先が見えず、感染状況の予測もつかない中、メンタルを調整しながらいつでも試合できる準備を進めてきた」と語った。

李が東京五輪にこだわるには理由がある。幼少期に台湾のスポーツドキュメンタリー映画「翻滾3部作」(ジャンプ 3部作)の第1作『翻滾吧!男孩』(邦題:ジャンプボーイズ)に出演している。才能を見だされた7人の小さな子どもたちが金メダルを目指して必死に体操トレーニングに励む姿は、大きな反響を呼んだ。李の母親は台湾北東部の宜蘭の市場で野菜の販売をしており、市場を遊び場に育った李は、「市場の凱ちゃん」と呼ばれていた。

その後、李は林育信コーチの指導の下、2016年のリオデジャネイロオリンピックの代表となる。台湾人体操選手として、実に16年ぶりの五輪出場だった。

子どもの頃から体操の指導を受けている林育信コーチ(右)とは厚い信頼関係で結ばれている(林育信氏提供)
子どもの頃から体操の指導を受けている林育信コーチ(右)とは厚い信頼関係で結ばれている(林育信氏提供)

しかし、五輪に向けた床運動の練習中に右の足首付近の骨折と靭帯断裂という、まさかの負傷。緊急手術と2週間のリハビリを経て歩けるまで回復したものの、十分な準備ができず、リオ五輪では個人総合を諦めてあん馬に集中。しかし、けがの影響から何度も落馬してしまい、最終成績は31位。初めての五輪は残念な結果に終わった。

東京五輪に向けて完全復活をアピール

李智凱のあん馬での得意技「トーマス旋回」(台湾麗台スポーツ紙提供)
李智凱のあん馬での得意技「トーマス旋回」(台湾麗台スポーツ紙提供)

だが、李の闘志まではくじけていなかった。2017年、右足に2度目の「レストア(復元)」とも呼べる手術を行う。傷口を広げ血の塊を除いてから筋肉をつなぎ直し、少しでも回復のスピードが速くなるように努めた。

同年、台北で開催されたユニバーシアード大会で、李は地元の満場の観客の応援に応え、「トーマス旋回」を完璧に決めて、15.300点の大会最高得点をたたき出す。実に12年ぶり、台湾に史上2個目の金メダルをもたらした。

緊張やプレッシャーに弱いメンタルを克服し、李は安定して成績を残せる選手に生まれ変わった。2018年のジャカルタアジア大会、2019年のメルボルン、ドーハのワールドカップあん馬で金メダルを、2019年のシュツットガルトの世界選手権大会あん馬で銀メダルを獲得した。

李にとって東京五輪は、リオの挫折から立ち直ったことを一刻も早く証明したい、そんな大会になる。一方で気持ちも引き締めている。

「この1年、ほとんどの大会が中止となり、他国の選手の状況も分かりません。もしかしたらダークホースの選手が生まれているかもしれない、誰も大会がどうなるか分からないと思います。しかし私は東京大会で持っている力を全て発揮する決めています。練習の成果を発揮して、難易度の高い技を決め、絶対に後悔したくない」

2016年のリオデジャネイロ五輪では残念な成績で終わったが、翌年の台北ユニバーシアード大会では、李智凱は金メダルを獲得した(台湾麗台スポーツ紙提供)<
2016年のリオデジャネイロ五輪では残念な成績で終わったが、翌年の台北ユニバーシアード大会では、李智凱は金メダルを獲得した(台湾麗台スポーツ紙提供)

19歳の若手の再調整

東京五輪の1年延期は、一部の台湾若手選手にとっては朗報だった。

これまでの五輪で、台湾人スイマーは毎回参戦していたが、ほとんど入賞もできず、下位に甘んじていた。そんな中、2017年に彗星(すいせい)のごとく現れたのが王冠閎(おうかんこう)だ。国際水泳連盟が定める五輪参加標準記録(“A” Time)を突破し、台湾競泳史上初めて“A” Time 資格取得者として五輪に参戦する。

2019年、ブタペストで開催された世界ジュニア水泳選手権で、新進気鋭の17歳は、バタフライ200メートル決勝で1分56秒48の成績をおさめて“A” Timeを突破。故郷台湾でバタフライ・プリンスと呼ばれるようになった。

2020年の初頭、新型コロナの感染拡大で、王は当初予定していた米国でのトレーニング計画を取り止めた。11月に競泳の国際プロリーグ(International Swimming League=ISL)のカリコンドルズ(Cali Condors)からの招待を受け、黄智勇コーチと共にチームの一員としてブタペスト大会に参戦した。

王は、「家族は感染を心配していましたが、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを逃すまいと、コーチと相談して参戦を決めました」と語っている。

2020年にISL国際水泳リーグ2020に参戦した王冠閎。世界トップレベルのスイマーと切磋琢磨する機会を得た(王冠閎氏提供)
2020年にISL国際水泳リーグ2020に参戦した王冠閎。世界トップレベルのスイマーと切磋琢磨する機会を得た(王冠閎氏提供)

ライバルと切磋琢磨して進む

ISLでは、選手や関係者の外部との接触を遮断する「バブル」方式が採用され、選手らはホテルと会場のみを往復する。コロナ禍とはいえ、不自由な雰囲気で大会は進められたが、王は、米国のケーレブ・ドレッセルやリリー・キングなど金メダリストらのチームメイトとして戦った。

若さにあふれ恐れを知らない王は、1カ月半の間に4つの短水路記録を更新する。特に得意種目の200メートルバタフライでは1分50秒79をたたき出し、台湾史上初のジュニア記録ホルダーとなった。

異国で試合に没頭した1カ月半について、「4、5日ごとにPCR検査を受けなければなりませんでした。でも、試合数が多く、世界トップレベルのスイマーと知り合うことができ、毎日新しい発見と刺激があった」と振り返る。

過去1年間、王は数々の記録を塗り替えてきた。20年5月の台湾インターカレッジでは、100メートルと200メートルバタフライ、100メートル自由形で台湾記録をたたき出した。得意種目の200メートルバタフライでは1分54秒77で自己ベストを更新。5回目の参加標準記録突破となっただけでなく、1秒71も従来記録を更新したことで東京五輪への手応えを確かなものとした。

王と黄智勇コーチは東京五輪では決勝進出を目標に掲げた。最終的には、2024年のパリ五輪で台湾競泳史上初の金メダルを狙う。

しかし王は言う。

「本当はあまり多く目標を掲げたくないんです。平常心でオリンピックの舞台を楽しめればいいと思います」

2021年の東京五輪では、200メートルバタフライで決勝進出を目標に掲げる王冠閎(台湾麗台スポーツ紙提供)
2021年の東京五輪では、200メートルバタフライで決勝進出を目標に掲げる王冠閎(台湾麗台スポーツ紙提供)

日本の文化と礼儀が好き

李智凱は日本の体操選手で内村航平選手が一番好きだという。彼に憧れマンガ『ガンバ!Fly high』をわざわざ買って読んだそうだ(AFP/アフロ)
李智凱は日本の体操選手で内村航平選手が一番好きだという。彼に憧れマンガ『ガンバ!Fly high』をわざわざ買って読んだそうだ(AFP/アフロ)

李と王にとって、五輪開催地の東京はなじみのない土地ではない。

李はプライベートの旅行で、自分が一体何回来たのか分からないほど来日している。「最後に行ったのはコロナ前の2018年。泊りがけで、東京ディズニーリゾートで遊びました。あの時の楽しかった思い出は、今も忘れられません」と語った。

李は日本の体操選手で内村航平選手が一番好きだという。

「オリンピックのベテランというだけでなく、体操への一途な思いが見る人を引き付けます。内村に憧れて、漫画『ガンバ! Fly high』を買って読んでいました。日本と台湾は強い絆で結ばれていて、文化習慣も近いのですが、日本に着くとやっぱり台湾と違うと感じることがあります」

王と日本とのつながりはもっと早い。中学時代に学校の水泳チームの合宿で東京を訪れていた。当時はチームメイトの多くが『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の舞台である亀有地域を観光していたという。その時、神社の絵馬に「台北市の中学高校選手権で金メダル、全国中学高校選手権でメダル、東京五輪に参戦」の3つの願いを書いたそうだ。

東京を旅行した際に、亀有地域を観光中に立ち寄った神社で願い事を書いた絵馬。「東京五輪」を目標に書いた(王冠閎氏提供)
中学生の頃、合宿で訪れた東京で「東京五輪の台湾代表」と絵馬に目標を書いていた(王冠閎氏提供)

王はその絵馬を神社に残さず、台湾に持ち帰ったという。

「私はいつも目標を設定することを習慣にしていました。絵馬を持って帰ったのも、目標を意識するためです」

その後、王は絵馬に書いた目標を一つずつ達成する。高校3年間で全国中学高校選手権3連覇を達成し、計18枚の金メダルを獲得し、東京五輪メンバーに選ばれたのだ。

「日本は大好きです。コンビニでの買い物もじっくり楽しんじゃいます。みんな親切で礼儀正しい。そうだ、一番好きなものを忘れていました。日本の焼肉、最高です!」

1年の調整を経て、李はより安定的に、王はより成熟して東京五輪に参戦する。日本が大好きな台湾の若手アスリートに自分なりの「東京五輪との絆」を表現してもらいたい。

バナー写真=台湾のあん馬王子と呼ばれる李智凱(左)と東京五輪に参戦する19歳の若手王冠閎(右)(左の写真はAFP/アフロ、右は王冠閎氏提供)

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