東アジア文学の魅力を探る

韓国文学ブームの仕掛け人に聞く!今なぜ「K-文学」が人気なのか?

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ここ数年、韓国人作家の小説やエッセイが次々に翻訳刊行されベストセラーが生まれている。ドラマや映画、K-POPの爆発的ヒットに続き、文学にも韓流ブームが訪れているようだ。K-文学の翻訳書を多数発行する出版社クオン代表の金承福(キム・スンボク)さんに、人気が高まっている理由やK-文学の魅力について聞いた。

金 承福  KIM Seungbok

ソウル芸術大学で現代詩を専攻。1991年に卒業し来日。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、広告代理店勤務、ウェブ制作会社社長を経て、2007年クオンを立ち上げる。15年、神田神保町に韓国語書籍を専門に扱うブックカフェ「CHEKCCORI(チェッコリ)」をオープンした。K-BOOK振興会の専務理事も務める。

文学界に出現したヨン様

出版不況が続く日本で、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)が異例の大ヒットとなり、発行部数は23万部を突破している。韓国における女性差別の実態を描いたこの「フェミニズム小説」の日本語版が2018年12月に発売されると、瞬く間に「韓国文学のヨン様」のような存在になったと金さんは言う。ヨン様とは、言わずと知れた、韓国テレビドラマ「冬のソナタ」(03年放送)の主演ペ・ヨンジュンのこと。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は映画化され、2020年10月に日本でも公開された。
「82年生まれ、キム・ジヨン」は映画化され、2020年10月に日本でも公開された。

ヨン様がドラマ界に一大韓流ブームを起こしたように、文学界では『キム・ジヨン』を皮切りに、19年にはイラストエッセイ『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン著、吉川南訳、ワニブックス)がベストセラー(累計発行部数55万部超)になるなど、韓国発作品の快進撃が続いている。

くしくも両作品は、K-POPのアイドルグループBTS(防弾少年団)のメンバーが紹介したこともヒットの後押しになった。しかし、それだけではなく、少しずつ韓国文学ブームの下地が日本にできていたと金さんは言う。

謙虚な口調で語る金さんだが、30年前に留学生として来日して以来、地道に自国の文学を日本に紹介してきた彼女こそが、ブームの仕掛け人なのだ。

金承福(キム・スンボク)さん
金承福(キム・スンボク)さん

「留学のため初めて日本に来た時、韓国の書店には日本の小説があふれかえっていたのに、日本では韓国の文芸書を図書館以外で見かけることがなくて驚きました」という。仕方なく、お気に入りの韓国小説を自ら和訳して友人に配布し、読書会を開くなどしていたが、07年に株式会社クオンを設立し、韓国文学の出版仲介業を始める。そして、11年には「新しい韓国の文学シリーズ」として、00年以降に書かれたK-文学の翻訳出版に踏み切った。

装丁は人気デザイナーの寄藤文平さんと鈴木千佳子さんが手がけた。すっきりとした現代的な表紙デザインが、幅広い年代に支持されている。
装丁は人気デザイナーの寄藤文平さんと鈴木千佳子さんが手がけた。すっきりとした現代的な表紙デザインが、幅広い年代に支持されている。

シリーズ第1弾は、金さんイチオシの衝撃的かつ独創的な中編小説集『菜食主義者』(ハン・ガン著)。ある日突然肉食を拒否することで、社会の抑圧に抵抗しようとする30代の女性主人公を、夫、義兄、実姉の視点からリレー形式で語り継ぎ、人間の欲望・死・存在論などの問題を見事に描いた作品だ。

当時一般的に考えられていた「韓国的なイメージ、デザイン」にとらわれることなく、「かっこいい」ものになるよう装丁にもこだわった。美しい文体で女性の心の深い傷に迫ったこの作品は、次々に日本の大手新聞の書評欄でも取り上げられた。16年には英訳版が世界的に権威のある英ブッカー賞の翻訳部門に当たるブッカー国際賞をアジア人で初めて受賞してさらに話題を集め、今では出版社クオンのロングセラーだ。

「山が動いた」2015年

しかし、K-文学の一大転換期は2015年だった。この年に短編小説『カステラ』(パク・ミンギュ著、ヒョン・ジェフン/斎藤真理子訳、クレイン)が、第1回日本翻訳大賞の「大賞」を受賞し、外国文学の愛好家が「韓国の現代文学は面白いんだと気付いてくれたのです」。

民主化宣言(1987年)以前の韓国文学は、植民地支配や軍事独裁政権など、民族イデオロギーに束縛された重い作品が多かった。それが90年代以降、若手・中堅作家が、個人レベルの生きづらさや不安、日韓共通の課題である女性差別、格差社会などをテーマに、エンターテイメント性も加味した大衆向けの作品を書き始めたので、日本でも共感を得やすかったのだろうと金さんは分析する。

さらに、17年に晶文社が、韓国の若手作家の作品を紹介する「韓国文学のオクリモノ」シリーズ(全6冊)をスタートさせたのも追い風となった。シリーズ第1作目は『菜食主義者』の著者ハン・ガンによる『ギリシャ語の時間』。「クオンのような小さい独立系出版社ではなく、海外文学ファンから支持されている中堅出版社から翻訳本が出ることで、書店の棚にわれわれの本も一緒に並ぶようになりました」と金さん。現在、大型書店には当たり前のように韓国文学コーナーがあるが、10年ほど前に金さんが書店に営業をかけていた頃は、書棚に差すプレートを自作配布していたというから、隔世の感がある。

韓国文学の聖地誕生

ちなみに、『カステラ』が注目を浴びた2015年は、金さんがブックカフェ「チェッコリ」を本屋街の神田神保町にオープンした年でもある。韓国書籍専門書店として、自社の本だけでなく、他社が出版した翻訳本や、韓国から取り寄せた原書など約4000冊の幅広いジャンルの書籍を揃える実店舗は、韓国文学ファンが待ちわびた空間だった。

店内には小説、詩集、エッセイ、絵本、漫画、語学テキストや雑貨などがところ狭しと並んでいて、韓国好きにとっては夢のような空間だ。
店内には小説、詩集、エッセイ、絵本、漫画、語学テキストや雑貨などがところ狭しと並んでいて、韓国好きにとっては夢のような空間だ。

「チェッコリ」の常連客と一緒に小説の舞台となった韓国の都市を訪れたり、翻訳スクールを開いたり、韓国文学の楽しさを広めるために奔走した。新型コロナウイルスが流行する前は、作家、編集者、翻訳者を招いた講演会、読書会、コンサートなど、年間100本ほどのイベントを開催していた。コロナ禍の現在、全てのイベントはオンライン化しているが、今年7月にはチェッコリ6周年を記念して韓国の各地域にある書店6カ所をつなぐオンラン書店ツアーを実施。500人を超える応募が殺到した。

連携重視のK-BOOK振興会

もともとK-文学の普及を、一個人、一企業でするには限界があるため、金さんは「K-文学を愛する仲間をいっぱい作って、一緒に活動することの楽しさを感じてもらえるように」工夫していると言う。

例えば、金さんが専務理事を務める一般社団法人K-BOOK振興会が開催する「K-BOOKフェスティバル」が良い例だ。オンラインで開催した20年は、K-文学の翻訳出版を手がける26社の編集者による自社イチオシ作品のプレゼンテーションや、作家によるトークイベント、翻訳者の座談会、日韓装丁デザイナーの対談などを行い、K-文学の作り手、届け手と読者のつながりが一層強化された。

同振興会では「翻訳コンクール」を開催し、K-文学の魅力を伝えられる優秀な翻訳家を発掘するなど、K-文学を伝える人材の発掘も続けている。一つ一つの取り組みがシナジー効果を生んで、現在のブームの土台がつくられたといえよう。

まだまだ加速するK-文学

新規にK-文学の翻訳出版に参入する企業も目立ってきた。同振興会によると、20年から21年にかけて、エッセイ本だけでも10社以上が韓国書籍の翻訳出版を手がけ、エッセイを含むK-文学の翻訳刊行数は約3倍に増えた。

「特に30代の若い作家のSF作品に勢いを感じます」という金さん。チョン・セランの『声を上げます』(斎藤真理子訳、亜紀書房)やキム・チョヨプの『わたしたちが光の速さで進めないなら』(カン・バンファ/ユン・ジヨン訳、早川書房)は、彼らより上の年代の作家の作品とは異なり、シリアスかつポップな近未来小説ながら、「どこか温かく、また『今』を感じさせるのが特徴です」。

今後、K-文学はもっと読まれていくだろうと金さんは予想する。

「韓国では『村上春樹が好き』『東野圭吾が面白い』といった会話が自然になされています。そのうち日本でも『ハン・ガンの作品だから読みたい』など、個々の作家にファンが付いていくことでしょう」

ますます勢いづくK-文学から、目が離せない。

バナー写真: チェッコリ店内にて。撮影=コデラケイ

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