日台社会学者対談:私たちの未来は明るいのか?

山田昌弘×藍佩嘉(3)労働:終身雇用の日本と流動性の台湾

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最終回は日本と台湾の労働環境について取り上げる。転職が当たり前で労働者の流動性が高い台湾。その一方、日本は長年、終身雇用制度に支えられ、転職の普及が進まなかったため労働者市場の流動性が低く、一度、職を失うと再就職のハードルが高く転職が容易ではない。子供への教育投資のあり方や、雇用に関する価値観を比較することで、日台の労働環境の違いが浮き彫りになった。

山田 昌弘 YAMADA Masahiro

1957年東京生まれ。86年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。2008年4月から中央大学文学部教授。専門は家族社会学、感情社会学、ジェンダー論。著書に『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書、1999)、『少子社会日本 もうひとつの格差のゆくえ』(岩波書店、2007年)、『家族難民』(朝日新聞出版、16年)、『底辺への競争』(朝日新書、17年)、『日本で少子化対策はなぜ失敗したのか』(光文社新書、20年)、『新型格差社会』(朝日新書、21年)など多数。

藍 佩嘉 LAN Pei-Chia

国立台湾大学社会学部特別教授、同大学アジア社会比較研究センター所長。米国ノースウェスタン大学博士課程修了。博士(社会学)。ハーバード大学、ニューヨーク大学、カリフォルニア大学バークレー校の客員教授を歴任した。専門は国際結婚、労働問題、教育と子育て。主な著書に、『拚教養:全球化、親職焦慮與不平等童年』(春山出版社、2019年)、Raising Global Families: Parenting, Immigration, and Class in Taiwan and the US (Stanford University Press, 2018)などがある。

(2)恋愛 : 結婚をめぐる若者の価値観の違い  はこちら

失業が自殺に結び付く日本の特異性

司会(野嶋剛) 次は労働問題を議論するにあたり、自殺の問題を切り口にしたいと思います。台湾の人たちは日本人の自殺率が高いことに注目していて、自殺の問題は山田さんも格差社会に関する著書の中で議論しています。格差社会の広がりで、特に男性の自殺者が増えているという理解は正しいのでしょうか。

山田 何の格差かがポイントになります。私が「希望格差」と言ったのは収入の高低のことではなく、将来に希望が持てるか持てないかで格差が生じているからでした。日本は新卒一括採用・終身雇用が一般的です。1998年に突如、自殺者が前年に比べ約1万人も増えた。リストラによって、中高年男性が失業したからです。日本は職業的にやり直しがききにくい社会です。そこは台湾と違うと思います。いったん正規の職を失ったら二度と元と同じような条件の職に戻れない場合が多い。特に中高年男性がそうです。

一方、いまは若年女性の自殺が増えています。非正規雇用で自分の収入も少なければ、コロナで出会いもないので、いい結婚もできそうにないという女性が希望を失っているようです。

日本より欧州のほうが失業率はすごく高い。でも、失業しても次があると思えば、自殺はしません。逆に日本は失業率が大変低いにもかかわらず、失業すると、もうおしまいだ、やり直しがきかない、と思う人が多い。日本は労働者の流動性が低く、転職のハードルが高いから、未来に対して絶望してしまうのです。

藍 台湾では1990年代初期に大量の台湾企業が中国や東南アジアに移転しました。同時に、東南アジアから大量に外国人労働力を受け入れました。その結果、失業率が上昇したのです。しわ寄せは教育水準の低い男性にいきました。産業構造の変化の最大の被害者が彼らです。台湾では終身雇用制度が一度も定着したことがありません。社会的な流動性が保証されていたからです。台湾経済の発展は中小企業中心の産業構造で実現しました。学歴がなくても出世できるので、「黑手變頭家」という言葉もありました。「黑手=機械の修理工」も「頭家=トップ、社長」に「變=変わる」で、たたき上げから経営者になれるという意味です。

しかし、この30年でこうした状況は不可能となりました。製造業において資本の集中、つまり市場の寡占化が進行したからです。教育への家計の支出が増え高学歴化が進みましたが、学歴の価値は落ち、大学卒でも中産階級らしい仕事に就けるとは限らない。働いても貧しいままのワーキングプアの状態になることがあるのです。

不動産価格の高騰に悩まされる台湾の若者

司会 藍さん、「日本では失業が原因で自殺する人たちがいる」と聞いて、台湾人には理解できない、と感じますか?

藍 台湾の自殺者の数字は手元にないのですが、自殺は微増しており(※1)、練炭自殺が多いですね。欧米では国のセーフティネット(網の目のように救済策を張ること)が比較的整っていますが、アジアでは家庭がセーフティネットです。台湾ではかつて、家族や親族が経済的に困難な若者を支えてきました。いまではその力が落ちてきているようですが、多少は残っているようで、日本の孤独死のようなケースは台湾ではあまり聞きません。

先ほど台湾は流動性を重視する社会と言いましたが、現在の中高年世代にとって、かつて社会の流動性はチャンスの多さを意味しました。起業もでき、経済成長の中で給料も増え、貯金もできて家も買えた。ですが、その家はいま何倍にも高騰して容易に買えるものではなくなっている。若い世代にとって流動性は安定を意味しません。そこそこの給料の会社から同じような条件の会社に変わるだけで、ステップアップにならない。資産を作ることなどできない。起業もできない。自分の親たちの世代が享受していたことが自分たちはできない。非常に不平等な扱いを受けていると感じる世代があることは台湾で「世代間格差」という意味で非常に大事なテーマです。

台湾経済はこの30年間、停滞した業界と成長した業界に二分化されました。半導体製造のTSMCなどは大きな成長を遂げた企業の一つですが、その利益が異なる社会のグループに公平に分配されていません。原因の一つは賃金の上昇の停滞です。多くの企業は儲かっていても賃金として社員に還元されていません。正社員でさえも給料は上がらない。不動産価格の高騰もあり、若い世代の間には強烈な「剥奪感」と呼ばれる世代間不平等への不満が生じています。

教育投資における考え方の違い

司会 山田さんにお聞きします。台湾では低賃金状態で不動産価格が上昇し、親に頼らないと将来設計ができない状況ということですが、日本でも同じような問題はありますか?

山田 日本はまだ不動産価格はそれほど高くない。人口減少期に入っていますから、不動産価格の大きな上昇は起こらないでしょう。結局、日本では正社員男性であれば、将来は安泰で、正社員になれなかった人たちが将来への不安を抱えて不安定なまま過ごすという格差ができてしまった。給料が安いかどうかよりも、安定した職に就いている人と、そうでない人の格差が生まれ、固定化したことの方が問題だと思います。

司会 そういえば、最近は台湾の方が日本の不動産が安いと言って買いに来ています。

藍 そんな話は私も聞いています。実際、台湾の不動産は過去の日本のバブルの時代に似ていると言われています。10年、20年後、少子化がさらに進んだとき、郊外の不動産価格も崩壊するかもしれないと。

司会 山田さん、日本で正社員になれる比率はどれくらいですか?

山田 大卒はなんとか正社員になれる人が大部分と思います。大学を出た人と、大学を出ていない人の格差が顕著になった。それと男女格差です。男性は正社員になりやすく、女性はパート・アルバイトになりやすい。この女性差別構造がまだ残っています。

藍 そこは台湾と日本が違うところですね。労働市場の構造的問題です。日本の正社員と非正規社員や派遣職員との間では、給与や福利厚生の差が大きい。日本では大学生が一生懸命就活に励んでいますが、定職が見つからなければ大変な事態に陥ります。どの大学を出たか、どんな仕事に就けるかで人生の充実度が違ってくる。台湾では状況が違います。大部分の人は常に転職の繰り返しでキャリアや経験、専門能力を積み上げていきます。

台湾の場合、中産階級より上の家庭では教育上の投資を重視します。例えば、グローバル化に対応するため、英語学習では子供をバイリンガルの学校に送り、留学もさせることが非常に重要な教育投資だと認識されています。この点も日本と違いますね。

日本では母親が非常に教育で重要な役割を担っていると聞きます。アジアの中では、日本は外国語教育がそこまで重視されていない。これは日本の産業労働市場とも関係しているでしょう。どの大学に行くか、東大か京大かを重視し、子供に早く国内にある大企業の社員になってほしいと願う。国内のみならず海外の労働市場との流動性を重視する台湾と日本の違いはここにあるようです。

就職は安定志向で変わらぬ日本

司会 台湾のように、必ずしも正社員でなくても生きていける社会、仕事を変えることでキャリアアップしていく社会、こういった流動性の高い社会になることで、日本も「正社員でなければもう人生に希望がない」という価値観を克服できる可能性を感じました。山田さん、日本社会の終身雇用制度重視の価値観を変えていくことは必要だと思いますか?

山田 私は必要だと思いますし、台湾のことをうらやましく思います。日本以外のほとんどの先進国ではどこでも流動性が高く、日本だけが流動性が高くないことが、ここ30年間の日本経済の低迷を作っていると思います。私の大学の教え子も親から地方の公務員になれと言われることが多いと聞きます。英語がしゃべれなくてもいいから、一生安泰で、出世しなくてもいいから地元に帰って公務員になってくれと。そういう考えが人材の能力発揮を妨げて、日本の経済を低迷させる一因となっているのです。でも、それを無くすのはなかなか難しい問題です。

「30年前は、アジアの中で日本はナンバー1だったけど、いまは、生活水準はシンガポールの半分、香港の3分の2、台湾にも抜かれてしまった。韓国にもそろそろ追いつかれるよ」と学生に言うと、学生の反応は「別にいいんじゃない」という感じなんですね。文化の問題というより、日本はそれなりに人口が多いので、とりあえず、グローバル化しなくても生きていける。生活が安定していれば上昇しなくてもいいという考え方が、残念なことに、ここ何十年も出てきてしまったと思います。

司会 労働のあり方、社会に出た後の労働者の流動性をどう高めるか、格差社会のなかで、家庭によって教育投資をどう考えるかなど、考えていかなければなりませんね。日台の類似点と相違点、そして今後の課題がお2人の議論から浮かび上がったと思います。対談へのご参加、誠にありがとうございました。

(2022年3月3日の対談に基づき、野嶋剛が構成)

(バナー写真:PIXTA)

(※1) ^ 台湾衛生福利部の発表によると、2014~19年に自殺者数が微増しており、20年はやや減少した

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