子ども3人引き連れて 軽井沢移住つれづれ日記

移住から1年、「つながり」と言葉ではいうけれど 

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移住してきた軽井沢で、季節がひとめぐりした。恐る恐る踏み出した新しい暮らしは、ここ数カ月で一気に変わってきたように感じる。その理由は「つながり」。ありふれた言葉だけれど、作るには時間がかかるもの。連載最終回は、つながりから生まれた小さな循環の話。

「あ、家に野菜あります?」

突然そう聞かれたのは、半年ほど前に通い始めた鍼(はり)の施術を終え、帰ろうとしたときだった。

なぜこの場所で野菜?と思いつつ、自宅の冷蔵庫を思い出しながら「うーん、大根はありますね…あとは何があったかなあ」などと答えていると、明るい声で「じゃ、持っていきます?」と聞かれ、頭の中にさらにハテナが渦巻く。

先生は白衣をはおったままサンダルをつっかけて外に出ると「もう次の野菜を植えたいから、持っていってくださいよ」と言い、家庭菜園(これまで気が付かなかったけれど、庭に立派な菜園があった)からひょいひょいと野菜を抜き、根っこにからみついた土を水道でざっと洗い流す。

軽井沢の春は、緑がわっと立ち現れてくる
軽井沢の春は、緑がわっと立ち現れてくる

「これはほうれん草、こっちが春菊。ちょっと伸びすぎた部分は取っちゃってください。無農薬ですよ!じゃ!」

レジ袋に野菜を詰めてきゅっと結ぶと、先生はそう笑顔で言い残して戻っていった。

軽井沢に引っ越してから1年とちょっと。まさか自分が誰かに野菜をもらう日がやってくるとは思わなかった。

袋におさまりきらず四方八方に飛び出している野菜を見ながら何を作ろうかと考えてみても、なかなかレパートリーに乏しく、思いつかない。ほうれん草はお浸し、春菊はサラダかな…。でも子どもたちがあんまり食べないかもしれないな。

そう考えているうちに、せっかくいただいたのだから有効活用しなくては!という責任感が、勝手にメラメラと湧いてきた。うちだけで食べたらもったいないんじゃないか。じゃあ誰に?

春菊からはじまった循環の輪

野菜を手に向かったのは、これまた半年ほど前から仕事で利用している御代田町(みよたまち)のコワーキングスペース。ここが普通のコワーキングスペースと違うのは、毎日おいしい日替わりランチとコーヒーがあるところと、働くだけではなく集まる人のつながりを大切にしているところ。なにしろ「働くが広がる研究所」というキャッチフレーズがついている場所なのだ。

きっとここなら野菜たちをなんとかしてくれるに違いない!

そう確信を抱き、レジ袋片手にいつも料理を作ってくれるきむさんの元に向かった。

「春菊いります?」

私の質問もずいぶん唐突だと思うが、きむさんは特に驚くこともなく「いいんですか?助かる!」と笑顔で受け取ってくれた。

「何つくろうかな~」と言う表情がなんとも嬉しそうで、ちょっと役に立ったのかも?と、こちらまで勝手に嬉しい気持ちになる。

そして翌日。日替わり定食「豚肉のネギ塩炒め」に添えられていたのは、とってもおいしい春菊のお浸しだった。あっちでもこっちでも、みんなおいしそうに春菊を食べている。

右上の青い小皿にのっているのが春菊のお浸し
右上の青い小皿にのっているのが春菊のお浸し

鍼の先生にもらった野菜がコワーキングスペースの食材になり、集まってくる人たちのランチに変わり、エピソードを聞いた人から「春菊おいしくいただきました!」なんて声をかけられる。

野菜をめぐる循環の輪に、自分がちょっと加わった。そのことがなんだか嬉しく、そして不思議な気持ちだった。

カウンターの横には館長さん

親戚もいない軽井沢に移住して1年と少し。

きれいな浅間山も、子どもたちが雪で遊ぶ様子も、朝のひんやり澄んだ空気も、引っ越してきてよかったと感じる瞬間ではあったけれど、「自分が住む場所」という意識になっていたかというとそうではなかった。

自分は「東京から移住してきた人」であって、「ここで暮らす人」とはなかなか言い切れない。地域に対して、まだどこか他者である感覚が残っていたのだろう。

それが変わってきたのが、コミュニティであり、つながりだった。

SNSや地元のお店で見かけた情報に目を止め、ちょっと出かけてみる。自宅でのテレワークでも働くことはできるが、思い切ってコワーキングスペースを利用してみる。

そんなことをきっかけに自然と会話が始まり、子どもの学校や年齢、自分の仕事を入口にして「〇〇さんって知ってます?」や「今度××でこういうお祭りがあるらしいですよ」など、また次の出会いへとつながっていく。

大都市に比べるとずっと狭い場所だからこそ、人と人が出会い、つながるスピードは圧倒的に早い。こういう人や場所を探していると誰かに相談すると、多くの場合紹介してもらうことができるし、そこから今度は新しい仕事やイベントが、これまたすごいスピードで立ち上がる。

子どもたちは「佐久こども未来館」という科学博物館が大好きなのだが、コワーキングスペースでランチを食べていたら、カウンターの隣に座っていたのが館長さんで、夏休みの計画をいろいろ聞かせてもらえたうえ、今度、何か一緒に企画しましょう!と盛り上がった。

地元企業や自治体で働く人もいれば、東京の企業に勤める人もいる。フリーランス、起業家、サラリーマン、農家、観光業と職業もさまざまで、さらに父親であり母親でありと、様々な顔を持つ人とまじりあい会話を重ねていくうちに、いつしか自分の居場所ができてきたように感じていた。「ここの暮らし、おもしろいぞ」とも。

必要だった半年という時間

寝起きするとか働くという機能だけを取り出せば、住む場所を変えても再現することは比較的簡単だ。でも、人間の暮らしは、決して機能だけで構成されているわけではない。移住してそのことを実感した。

住む場所に“居場所”ができることがこんなに重要だとは思ってもいなかったし、居場所があることで自分の日常が充実していくことも予想していなかった。私の場合は、つながりが生まれ始めるのには、移住してから半年という時間が必要だったようだ。

散歩に行くと、子どもたちがお花を摘んできてくれるように
散歩に行くと、子どもたちがお花を摘んできてくれるように

我が家の移住の物語はここで終わる。

今日も子どもたちは小学校に保育園にと元気に出かけていき(本当にありがたい)、私はおいしいランチと誰かとの会話を楽しみに、コワーキングスペースに出かける。

まもなく梅雨も終わり、軽井沢に夏がやってくる。2年目の夏は、どんな時間になるだろう。

バナー写真:ランチどきのコワーキングスペースの様子。ここで知り合ってご飯を食べたり、ひとりでのんびりしたり、心地よい空間(写真はいずれも筆者撮影)

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