世界に誇る新時代の日本農業

世界レベルのナチュラルチーズを生み出す「三良坂フロマージュ」が、広島の山地酪農で目指す“理想の農家”

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2023年10月下旬、ノルウェーで開かれたチーズの国際コンテスト「Word Cheese Awards(WCA)」で、日本のチーズ2つが最高賞のスーパーゴールドを獲得した。その1つを製造するのが「山地(やまち)酪農」を実践する「三良坂(みらさか)フロマージュ」だ。マスプロダクトとは対極で奮闘する酪農家の思いを知るべく、広島県三次(みよし)市の農場を訪れた。

山の力が育む健やかな動物

「広島のペーター(ペーターは『アルプスの少女ハイジ』の登場人物)」こと松原正典さんが営む「三良坂フロマージュ」は、広島県東部、三次市の郊外にある。朝の晴明な空気の中、チーズ工房兼ショップの前で出迎えてくれた松原さんは搾乳を終えたところだった。

「動物たちが山に戻るところから見ていただきましょうか」

追い立てるのではなく、牛たちの速度で山に向かわせる 写真:浮田泰幸
追い立てるのではなく、牛たちの速度で山に向かわせる 写真:浮田泰幸

牛の群れについて坂道を登ると、芝やササが生え、広葉樹がまばらに立つ開けた傾斜地に出た。奥は森になっている。先に山に来て草を食んでいたヤギたちが首をもたげ、咀嚼(そしゃく)をしながら闖(ちん)入者(私のことだ)を見ている。中の一頭が笑みを浮かべて(私にはそう見えた)、あいさつをするかのように私の方に近づいてくる。全てがピースフルでのんびりとしていた。

この広々とした放牧地を松原さんは一人で開墾した 写真:浮田泰幸
この広々とした放牧地を松原さんは一人で開墾した 写真:浮田泰幸

松原さんの手から栗の実をもらうヤギ。この地には栗以外にもキノコ、イヌタデ、ササなど豊かな植物相が見られる 写真:浮田泰幸
松原さんの手から栗の実をもらうヤギ。この地には栗以外にもキノコ、イヌタデ、ササなど豊かな植物相が見られる 写真:浮田泰幸

松原さんは日本独自の放牧酪農である「山地(やまち)酪農」を実践し、20頭の牛と60頭のヤギを飼い、ミルクを搾ってチーズなどの加工品を製造・販売している。

山地酪農とは、1960年代に理学博士の猶原恭爾(ならはら・きょうじ)が提唱した自然放牧の方法で、山の斜面を開墾し、牛やヤギを放つというもの。広々とした牧草地を得ることが難しい日本の山間部の事情に合わせて考案された方法である。家畜が適度に草や木の芽を食べ、糞(ふん)を落としていくことで、山林の荒廃を防ぐことができる一方、牛やヤギは自然に近い形で暮らすことで、健康に育ち、折々の山の恵みや気候条件を反映した良質な乳を出す。

「小屋に閉じ込めて穀物を与えて飼育した方が乳量は増えるんですが、それは動物にとっては大きな負担、ひいては育てる人間にとっても負担になります」と松原さん。

種牛候補のドーナッツ君。牛にはすべてスイーツの名前がついている 写真:浮田泰幸
種牛候補のドーナッツ君。牛にはすべてスイーツの名前がついている 写真:浮田泰幸

松原さんが動物たちのQOL(生活の質)まで考えて牧畜・酪農を行うようになったきっかけは、県立の農業技術大学校を出てすぐに研修で出向いた海外の牧場でのちょっと不思議な体験にあるという。

牛たちの怒りに触れて

「オーストラリアの牧場で世話になったことがありました。1000頭くらいの牛の乳を1日2回搾る大規模な牧場だったんですが、生産性を重視するあまり、人も牛もそこではまるで機械になってしまったような感じでした。1000頭もいると、死んでしまう牛が毎日のように出てきます。ある時、牧場主が私に牛の死体をトラクターで谷に捨ててくるよう命じました。言われた通りに死体を車につなぎ、引きずるようにしながら牧場の隅の方を走ってゲート前まで行くと、一頭の牛が立ってこちらをにらみつけ、ボー、ボーと野太い怒声を上げたのです。やがて他の牛たちもどんどん集まってきて、同じようにボー、ボーと激しく鳴きました。その時、ふと牛たちが言っていることが分かる気がしたのです」

〈僕らは人間のためにひどい暮らしに耐え、一所懸命乳を出しているのに、あなたたちは全く僕らの幸せを考えてくれていないじゃないか〉

普段はめったに感情を荒げることのない穏やかな牛たちの時ならぬ怒声は、そのように訴えていた。待ってくれ、この牛を殺したのは私ではない、文句を言うなら牧場主に言ってくれ。牛乳を買いたたく流通や消費者に言ってくれ。松原さんは泣いていた。

この一件で、松原さんは酪農への情熱を失いかける。動物が好きで、酪農の可能性を信じて歩んできた道だったが、こんなふうに人が動物から搾取するのに自分も加担しているのが現実なら、もうやめてしまおうか……。しかし、牛たちに囲まれたシーンを回想するうちに違う考えが浮かんできた。

「もしかして牛たちは、他でもない私になんとかしてほしいと訴えていたのではないか。私に何かできることがあるのではないか」

一頭でもいいから牛を手に入れて、自分なりに大切に飼ってみよう。そう決意して帰国した。

「山地酪農をやるなら林業の勉強をしなさい」

家畜に優しく、日本の風土に適した飼育法はないかと調べるうち、山地酪農のことを知った松原さんは、四国・高知で1968年からこの放牧法を実践する斉藤牧場の斉藤陽一さんに教えを請いに行った。ところが、斉藤さんに真っ先に言われたのは「山地酪農をやるなら林業の勉強をしなさい」ということだった。

郷里の三次で山師のグループに弟子入りさせてもらい、木の名前と性質、切り方、重機の扱いを覚えた。入門して半日、1日で逃げるように辞めていく人もいるほど厳しく、また危険を伴う世界だったという。

2年間の山師修業を終えると、松原さんはフランスに渡った。フランシュ・コンテ地方でチーズ作りを学ぶためだ。

山を開き、動物を放牧して、質の良いミルクを搾っても、販路がなければ話にならない。生乳を酪農協(広島県酪農業協同組合)に納めると、売価は低く、また他の牧場のものと混ぜられるので、放牧ならではのミルクの持ち味を発揮できない。もとより放牧した動物は乳量が多くないのだ。採算を合わせるためにも、生乳として売るのではなく、加工して付加価値を付けて売るしかない。そのような理由から、ヨーグルトやアイスクリームと共に候補に上がったのがチーズだった。

帰国後の2004年、まずチーズ工房を開き、酪農協から買った牛乳でチーズ作りを始めた。06年に現在所有する9ヘクタールの土地と出会い、2年かけて購入(「東京ドーム2個分の広さの土地を高級車1台分くらいの金額で買いました」とのこと)。ユンボとチェーンソーを使い、たった一人で開墾した。栗やドングリのなる木は残し、地面には動物たちの餌になる日本芝を植えた。最初に山に放ったのは子牛3頭と子ヤギ6頭だった。

この間、07年には国内有数のチーズコンテストである「ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト」で、松原さんのモッツァレラが優秀賞を獲得。以降、国内のコンテストで上位入賞の常連となる。自前のミルクでチーズを作ることができるようになったのは11年のこと。山を切り開いて4年目のことだった。13年、フランスの歴史あるコンテスト「モンディアル・デュ・フロマージュ」で「フロマージュ・ド・みらさか」(牛乳を使った白かび熟成タイプで柏の葉で包まれている)が銀賞を獲得。日本のクラフトチーズが世界の名品に伍することを証明した。

チーズ工房に併設された「三良坂フロマージュ」のカフェ兼ショップ。チーズやヤギ乳ソフトクリームを求めてツーリストがやってくる 写真:浮田泰幸
チーズ工房に併設された「三良坂フロマージュ」のカフェ兼ショップ。チーズやヤギ乳ソフトクリームを求めてツーリストがやってくる 写真:浮田泰幸

北海道にはない広島の地の利

「母がみそやジャム、梅干しなどの発酵食や保存食を作るのが得意な人で、子供の頃、そばで見て手伝いをしたものですが、チーズを作っているとその時の感覚がよみがえります。たとえばモッツァレラを丸める作業はお餅を丸めるのとそっくりだなとか……」

やってみて分かったのだが、チーズ作りは松原さんの性分に合っていた。長時間の作業も不思議と苦にならなかった。

松原さんが得意とする「シェーブル・フレ」などのフレッシュチーズは季節によって微妙に風味が異なる。動物たちが山で、春には木の芽やタケノコ、夏には青々とした草、秋には栗やドングリ、冬にはササを食べ、出す乳にも食べた物の風味が反映されるのだ。年中同じ味がする規格品の牛乳とは対極の魅力と価値がそこにある。

日本の酪農と言えば北海道というイメージが一般にあるが、実は放牧に関しては、雪に閉ざされることがない地方の方が有利だと松原さんは考えている。北海道の牛たちは1年の3分の1近い時間を牛舎で過ごすが、松原さんの牧場には牛舎すらない。もとよりこの地方には一昔前まで国内の和牛生産をリードする牧畜王国だった歴史がある。また三次は広島市などの消費地に近いことも有利だ。この利点を生かし、松原さんは鮮度を売りにしたフレッシュチーズに重点を置く。

まるでメダルコレクターのように、コンテストで上位入賞を続けているが「賞にはあまり興味がない」と松原さんは言う。品質をアピールし、国産チーズの認知度を高めるため、業界全体の活性化のために出品を続けている。それよりも松原さんの関心は「動物たちの個性が反映され、口にした途端に頭の中で物語が始まるようなチーズを作ること」に向いている。

「シェーブル・フレ」の熟成具合をチェック 写真:浮田泰幸
「シェーブル・フレ」の熟成具合をチェック 写真:浮田泰幸

看板商品の1つ「フロマージュ・ド・みらさか」は柏の葉で包む 写真:浮田泰幸
看板商品の1つ「フロマージュ・ド・みらさか」は柏の葉で包む 写真:浮田泰幸

(左)松原さんの遊び心が表れた富士山型のチーズ「富士山・炭」。ヤギ乳から作ったチーズを山型に成形し、炭をまぶして熟成する(右)熟成中の「アカショウビン」 写真:浮田泰幸
(左)松原さんの遊び心が表れた富士山型のチーズ「富士山・炭」。ヤギ乳から作ったチーズを山型に成形し、炭をまぶして熟成する(右)熟成中の「アカショウビン」 写真:浮田泰幸

10年かけてレシピを作ったウォッシュタイプチーズの味

チーズ作りを始めて約20年、放牧を手がけて15年。順風一路に見えるが、苦しい時もあった。コロナ禍が広がると、売り先が激減し、せっかく動物たちが出してくれるミルクを捨てる危機にひんしたことも。SNSで窮状を訴え、チーズを買ってもらうことで何とかしのいだ。

ショップと事務を担当する妻の郁衣(くにえ)さんとは山師修業時代に結婚。「デートは牧場巡りでしたよ」と松原さん 写真:浮田泰幸
ショップと事務を担当する妻の郁衣(くにえ)さんとは山師修業時代に結婚。「デートは牧場巡りでしたよ」と松原さん 写真:浮田泰幸

「これからは、少しペースを落とし、もっとペーターの暮らしに近づきたい」と松原さんはいう。機械を使っている搾乳を手搾りにし、電気で温度管理をしている熟成プロセスをオフグリッド(電力会社の送電網につながっていない状態)にする。そういった製造上の「スロー化」に加え、「ペーターの暮らし」には、家族や動物と心豊かに暮らすこと、子どもたちに生き物を相手にした暮らしの素晴らしさを伝えること、さらには農村に自信を取り戻してもらうという思いが込められている。

次男のルカ君と「第14回ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト」の表彰式に立つ松原さん(中央)。銀メダルに当たる農畜産業振興機構理事長賞を獲得した 写真:浮田泰幸
次男のルカ君と「第14回ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト」の表彰式に立つ松原さん(中央)。銀メダルに当たる農畜産業振興機構理事長賞を獲得した 写真:浮田泰幸

試食させてもらったチーズの中に、モンドールタイプの「アカショウビン」があった。自然放牧したブラウンスミス種の牛のミルクで作るウォッシュタイプのチーズで、松原さん自身が削ったヒノキの皮で巻いてある。とろりと溶ける、濃厚な味わいのモンドールはフランスの年の瀬の風物詩だが、松原さんは春のミルクを使って、少しあっさり目に作る。その方が日本人の嗜好に合うと考えてのことだ。初めてフランスにチーズ研修で行ったときモンドールを食べ、「いつか自分もこんなチーズを作ってみたい」と思った。試行錯誤の果てに自分なりのレシピを作るのに10年かかったという。

この「アカショウビン」こそは、冒頭で紹介した国際コンテストでスーパーゴールドを獲得したチーズである。郷愁を催すような香りがあり、味わいはデリケート。艶(なまめ)かしい余韻が静かに、いつまでも口の中に残る、秀逸な山のチーズである。

(右上から時計回りに)上に乗ったチーズがWCAで最高賞を受賞した「アカショウビン」、その下が「ルブリグロッション」で共にウォッシュタイプ、ヤギのミルクを使った「富士山・炭」、吊るして熟成ののち燻製で仕上げる「スカモルツァ」、地元の秋映リンゴを使った「ミラサカ・タタン」とヨーグルト。すべて三良坂フロマージュで販売される乳製品 写真:浮田泰幸
(右上から時計回りに)上に乗ったチーズがWCAで最高賞を受賞した「アカショウビン」、その下が「ル ブロッション」で共にウォッシュタイプ、ヤギのミルクを使った「富士山・炭」、吊るして熟成ののち燻製で仕上げる「スカモルツァ」、地元の秋映リンゴを使った「ミラサカ・タタン」とヨーグルト。すべて三良坂フロマージュで販売される乳製品 写真:浮田泰幸

バナー写真:チーズ生産者の松原正典さん。農場も動物たちもピースフルな空気に包まれている 写真:浮田泰幸

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