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サッカーW杯でも活躍─世界最高峰の競技別ホイッスルを生み出すモルテンのこだわり

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熱戦続くサッカー・ワールドカップで多くのレフェリーが愛用するホイッスルを、日本のメーカー「モルテン」が開発したことをご存知だろうか。機能を追求し、世界最高峰のホイッスルを生み出したモルテンの情熱はバレーボールなど他競技にも及び、さらには唯一無二の“組み立て式”サッカーボールまで開発してしまった。未踏の領域に敢然と挑む同社の「ものづくり」へのこだわりを聞いた。

「このホイッスル、ウチのです!」

バレーボールやバスケットボール、サッカーのボールメーカーとして世界的に知られる株式会社モルテン(1958年創業、本社・広島市西区)には、4年に1度の奇妙な伝統がある。サッカー・ワールドカップが始まると、社員の間でLINEのメッセージがせわしなく飛び交うのだ。

「このレフェリー、ウチのをつかってます」

「この試合もウチのです!」

いったい、なんのことか。広報室の中森真太郎さんが言う。

「レフェリーが使用するホイッスルです。ワールドカップでは、このホイッスルを使いなさいという決まりはなく、それぞれのレフェリーに委ねられています。ですから私たちは、晴れの舞台で弊社のホイッスル『バルキーン』がどれだけ使われているか、試合のたびに社員が自主的にチェックしているのです」

時差の関係で試合が夜中に行われても、社員はテレビ画面にかじりつき、早押しクイズで競うかのように「ウチのです!」「違う!」などと互いにメッセージを送り合っているのだ。

左「バルキーン」(希望小売価格5,170円)/右「バルキーン サッカープロセット」(希望小売価格6,270円) 写真提供:モルテン
左「バルキーン」(希望小売価格5,170円)/右「バルキーン サッカープロセット」(希望小売価格6,270円) 写真提供:モルテン

ワールドカップでホイッスルをチェックする伝統は、2010年南アフリカ大会に始まった。

大会前年の09年、モルテンはスポーツメーカーとして初めて競技別ホイッスルの開発に乗り出す。というのも、「サッカーとバスケでは会場の広さもホイッスルの持ち方も違うのに、同じホイッスルなのはおかしい」という声が社内で上がり始めていたからだ。

モルテンはボール同様、ホイッスルにも長年力を入れてきた。

2000年には、立ち上がりが素早く、切れのある音が特徴のレフェリー向けホイッスル『ドルフィンプロ』を売り出した。

ドルフィンプロはロングセラーとなり、主にサッカー、バスケットで吹かれるようになったが、モルテンは満足しなかった。サッカーとバスケが同じホイッスルなのはおかしい、インターハイとワールドカップで同じなのもおかしいという素朴な疑問から、世界初となるサッカー専用ホイッスルの開発に取り組んだのだ。

「ホイッスルの開発では主に音と操作性の2つを追求するわけですが、最も重要なのはやはり音。南アフリカ大会の決勝は約10万人を収容するスタジアムで行われるので、10万人が大騒ぎするスタジアムを想定して音づくりを進めました」

ホイッスルに求められる要素

サッカーに必要な音の特性を、中森さんは次のように語る。

「レフェリーのホイッスルで伝えたい音には、警告と合図、2種類の音があります。警告は危険な行為があったとき、ピピピッと吹くような笛ですね。合図は試合の開始や終了を力強く穏やかに知らせます。選手同士のコンタクトプレーが多いサッカーでは、危険な行為をすぐに止めるために、キレがあって立ち上がりの早い音であることが望ましい。“立ち上がりが早い”というのは、瞬時に最大音量に達するということ。コンマ数秒でも音の伝わりが遅れると、ゲームの状況は大きく変わってしまう。一瞬でピッチからスタジアム全体に伝わる、太くキレのある音が望ましいわけです」

音だけではない。開発スタッフはサッカーのレフェリーの動きを分析して、操作性の向上にも努めた。その中から生まれたのがフリップグリップ。瞬時にホイッスルを構えられる機能だ。

「従来、多くのサッカーの主審はひもを手首に巻き、ホイッスルをぶらぶらさせながらピッチを走っていました。これではホイッスルを吹くとき、口元に構えるまでにいくつかの動作が必要になるので、時間がかかり、ストレスになる。それをフリップグリップで解消したわけです」

瞬時にホイッスルを吹く体勢を作り出すフリップグリップ。中指と薬指で挟んで持てる 写真提供:モルテン
瞬時にホイッスルを吹く体勢を作り出すフリップグリップ。中指と薬指で挟んで持てる 写真提供:モルテン

100種類以上の試作品を経て、ついに出来上がったサッカー専用ホイッスル。それはハヤブサをモチーフにしたシャープなデザインから、オランダ語のVALK(鷹)、英語のKEEN(鋭い)を組み合わせてバルキーンと名づけられた。

バルキーンは南アフリカの大舞台で、存分に力を発揮する。どのスタジアムでも民族楽器の「ブブゼラ」が猛威を振るい、選手同士のコミュニケーションすらままならないこともあったが、そんな中でもバルキーンの音はしっかりと届き、円滑なゲームの運営に貢献した。製品開発のアドバイスを行った西村雄一氏は4試合で主審を務め、高い評価を得たことから、決勝でも第4審判に任命された。

開発を始めたとき、モルテンの社員たちはブブゼラの存在を知らなかったが、「10万人が大騒ぎする中でも、しっかりと届く音を」という想定は結果的に大正解だった。この大会をきっかけに、バルキーンは世界のレフェリーたちに浸透。4年前のロシア大会では全64試合中30試合以上で使用されるに至った。

バルキーンはJリーグの公式用具でもあり、シーズン終了後に行われるJリーグアウォーズでも、このホイッスルを模した“バルキーンホイッスルトロフィー”が贈呈されている。バルキーンは名実ともに、サッカーホイッスルのスタンダードになったのだ。

バルキーンの成功に続いて、モルテンは2011年にバスケットボール『ブラッツァ』、2017年にバレーボール『ディーボ』、ハンドボール『ボルカ』と3つの競技専用ホイッスルを開発する。

左から「ブラッツァ」(希望小売価格5,170円)、「ディーボ」「ボルカ」(共に希望小売価格6,270円)写真提供:モルテン
左から「ブラッツァ」(希望小売価格5,170円)、「ディーボ」「ボルカ」(共に希望小売価格6,270円)写真提供:モルテン

どれも試合環境や競技性を考慮しており、例えば『ブラッツァ』は、口にホイッスルをくわえて走るバスケットの審判の動きに合ったものとなっている。

「ホイッスルを手に持つサッカーとは違い、バスケットの審判は口にくわえたまま動きます。ですから口元の疲労を軽減するために、重心を口元に寄せました。また審判が時々強く噛(か)んでホイッスルを割ってしまうことがあるため、口元を強化しました。プラスチック本体にチタンのマウスピースを接合し、弾性プラスチックで包み込むことで、一般的なホイッスルと同じ6ミリの厚さでありながら、歯が安定する適度な柔らかさと割れることがない堅牢さを両立したのです」

バレーの『ディーボ』では、審判から見て左右に分かれた選手に音を届けるため、音の出口であるフィンを左右に配置。ハンドの『ボルカ』では試合中に何度もホイッスルを左右に持ち変えるため、サッカー用に開発したフリップグリップを、ハンド向けに開発した。それぞれの競技に合った理想の音をチューニングし、機能的にも行き届いたモルテンの競技別ホイッスルはロングセラーとなって、世界中のゲームを力強く支えている。

すべての競技にふさわしいホイッスルがあるべきだ──。

競技別ホイッスル開発のきっかけとなった、その思いの根底には《For the real game》というモルテンの哲学がある。

「本物のゲームを実現するために、レフェリーの意思を100%反映するホイッスルをつくりたい。モノづくりを追求する弊社は、私たちのつくったものでスポーツ界の課題を解決していきたいのです」

唯一無二の組み立て式サッカーボール

スポーツ界の課題解決に臨むモルテン。近年では、そのフィールドをスポーツ界から社会へと大きく広げようとしている。そのシンボルとなっているのが「マイフットボールキット」。他のどこにもない、ユニークな組み立て式サッカーボールである。

合計54個のパーツは再生ポリプロピレンとオレフィン系エラストマーの合成樹脂で作られている 写真提供:モルテン
合計54個のパーツは再生ポリプロピレンとオレフィン系エラストマーの合成樹脂で作られている 写真提供:モルテン

マイフットボールは、社としての「サッカーを通して子どもたちの成長を支援したい」「環境問題の解決に取り組みたい」という機運の高まりから生まれた。

スポーツ事業本部の内田潤さんが説明する。

「SDGsが話題になり始めた3、4年前から、社会課題を無視して企業の持続的な成長はありえないと言われるようになりました。そこでなにができるか考えたとき、SDGsが掲げる17の目標のうち、弊社なら目標4の『質の高い教育をみんなに』、目標12の『つくる責任 つかう責任』に貢献できるはずだ、と。使い古したボールやスパイクを恵まれない子どもたちに贈る活動は各所で行われていますが、実際にはモノをあげて終わり。これを続けても世の中は変わらない。そこで、子どもたちに教育とスポーツの機会を、という思いから組み立て式サッカーボール、マイフットボールキットのアイデアが生まれたのです」

マイフットボールキットは一般向けには市販されていない。では、どうやって子どものもとに届けられるのか。一例として、まずこの活動に賛同する企業がモルテンにボールを発注し、NPOなどの支援団体がワークショップなどのイベントを開催する。そうすることで子どもたちがプレーする楽しさに触れる。これにより企業は支援団体とのマッチングを図りつつ、SDGsへ貢献するという仕組みだ。

生まれて間もないマイフットボールキットだが、すでに様々な場面で社会の課題解決の一助となり始めている。

「2020年にはトヨタさんのイベントで、タイとミャンマーの子どもたちを対象にワークショップを開催しましたが、ボールを組み立てる過程で自然と両国の子どもたちにコミュニケーションが生まれ、自分でつくったボールを仲良く一緒に蹴るなど、素晴らしい効果が見られました。マイフットボールキットは恵まれない国々では知育玩具の役目を果たし、平面のものが球体となる感動、自分でつくりあげる達成感などにつながっています。いま世界では機会格差や体験格差の拡大が問題となっていますが、そうした課題の解消にも役立てるのではと期待しています」

競技専用ホイッスルでゲームの課題を解決したモルテン。彼らはユニークな視点によって、社会というフィールドの課題解決にも大きな一歩を踏み出した。熱戦が続くカタールのスタジアムでは、今日も「バルキーン」が活躍していることだろう。

バナー写真:2010年のサッカー・ワールドカップ南アフリカ大会で、「バルキーン」を手にスペイン対ホンジュラス戦で主審を務めた西村雄一氏(2010年6月21日、南アフリカ・エリスパークスタジアム) AFP=時事

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