NIPPON スポーツ“モノ”語り

世界のメダリスト御用達─男子7.26kg、女子4.00kgの砲丸に込められたニシ・スポーツのこだわり

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陸上競技の国際大会での投てき競技、とりわけ砲丸投げにおいて世界中のメダリストから圧倒的に支持されるブランドがニシ・スポーツだ。見た目には無機質な球体に注ぎ込まれた、60年以上に及ぶものづくりのノウハウを解き明かす。

投てき競技用具のリーディングブランド

日本では五輪が始まると「お家芸」という言葉をひんぱんに耳にするが、一方で日本勢が苦手とする競技もある。そのひとつが投てき種目の砲丸投げ。五輪でも世界選手権でもメダル獲得が悲願となっている。

日本人アスリートにとって鬼門の砲丸。だが、この競技に「メイド・イン・ジャパン」の優れた技術が大きく貢献していることは、あまり知られていない。

メダルを争うトップクラスの実力者が、こぞって手にするのは陸上器具メーカー『株式会社ニシ・スポーツ』の砲丸。2度目の日本開催となった2007年世界陸上選手権大阪大会以来、4度の五輪、9度の世界選手権が開催されたが、ニシの砲丸は男子でも女子でも一度も金メダルを逃していないのだ。23年の世界陸上選手権ブダペスト大会がそうだったように、男女で表彰台を独占することも珍しくない。

ウエアやトレーニングギア・マシンをはじめ、ハードルやスターティングブロックなど、あらゆる陸上競技器具をつくっているニシだが、海外では投てき器具専門メーカーとして認知しているアスリートや陸上関係者が少なくない。それは砲丸だけではなく、ハンマーや円盤でもかなりの実績を残しているからだ。

ニシ・スポーツは1951年、『西運動具店』として東京都新宿区に開業。当初は陸上競技用ウエアの受注生産、また革製スパイク・シューズや布製アップシューズの訪問販売を行っていたが、6年後、砲丸、円盤、ハンマーの販売を始める。

1964年東京五輪にも大きく貢献したニシが、投てき種目で実績を残し始めたのが1980年代半ばのこと。神戸で開催された85年ユニバーシアードで初めてナショナルサプライヤーとなり、2年後の第2回世界陸上選手権ローマ大会で公式採用されると、国内はもちろん、国際大会でもニシの投てき器具は欠かせないものとなる。

ニシの砲丸を使用し、2023年の世界陸上選手権で金メダルを獲得したライアン・クルーザー(アメリカ)。世界記録保持者にして、リオデジャネイロ、東京と2大会連続の五輪金メダリストでもある(2023年8月19日、ハンガリー・ブダペスト) AFP=時事
ニシの砲丸を使用し、2023年の世界陸上選手権で金メダルを獲得したライアン・クルーザー(アメリカ)。世界記録保持者にして、リオデジャネイロ、東京と2大会連続の五輪金メダリストでもある(2023年8月19日、ハンガリー・ブダペスト) AFP=時事

世界を制したニシの加工技術

ニシの砲丸が初めて五輪を制したのは1996年アトランタでのこと。88年に入社し、砲丸をはじめ各種製品の開発に長く携わってきた木村裕次さん(第一事業部開発生産部開発チームマネジャー)が語る。

「五輪や世界陸上では世界陸連が採用した複数の砲丸がピットに置かれ、選手たちはその中から好みのものを選んで投てきを行います。アトランタの男子砲丸ではアメリカ人のバーンズが優勝し、毎日配布されるデイリープログラムの表紙を飾りました。その表紙の写真から、彼が弊社の砲丸で金メダルを獲ったことが分かったのです。 社内は『ついに金メダリストが使ったぞ!』と盛り上がりました」

金メダリストに選ばれたニシの砲丸。そこには海外のメーカーにはない日本ならではの技術の高さや均質性に加え、ニシ独自の加工が施されていた。

「切削痕と呼ばれる表面の溝です。弊社は鋳造した素材を旋盤で回し、刃先を当てながら球体に削っていきますが、その時に刃先の痕がらせん状の溝となって表面に残るような処理をしていました。指先が最後まで引っかかることで、記録が出やすくなるからです。こうした加工をしていたのは弊社だけです」

表面に溝が刻まれたニシの砲丸は、手や指にフィットして投げやすいと評判になり、世界中の有力選手が手にするようになる。

旋盤で切削加工中の砲丸。作業はすべて職人が手作業で行う 写真:ニシ・スポーツ
旋盤で切削加工中の砲丸。作業はすべて職人が手作業で行う 写真:ニシ・スポーツ

しかし、2000年代に入って逆風が吹き始めた。表面処理についての規格が変更され、らせん状の溝は禁止に。滑らかな表面処理が求められるようになったからだ。切削痕というアドバンテージを失ったことで、ニシから自国メーカーの砲丸に切り替えるアスリートも出てきて、快進撃に陰りが見え始めた。

アスリートは常にプレイスタイルや戦術の進化、競技ルールの変更などへの対応が求められるが、それは器具を提供するスポーツメーカーも変わらない。1896年の第1回アテネ五輪から途切れることなく行われてきた砲丸投げでも、多くのメーカーが浮き沈みを繰り返してきた。

常勝復活への道のり

数年間の落ち込みはあったものの、ニシは短期間で復活する。それどころか冒頭で触れたように、以前にも増してメダルを獲得するようになった。ニシはなぜⅤ字回復を遂げたのか。木村さんが証言する。

「表面が滑らかになった2005年前後は以前ほど勝てなくなり、弊社は砲丸づくりの基本に立ち返ることにしました。力を入れたのは次の2点。砲丸をより真球に近づけ、同時に重心の精度をさらに上げるということ。ナショナルサプライヤーとして迎える2年後の大阪世界陸上に向けて、納得できる砲丸を仕上げようという思いがありました」

例えば一般男子の砲丸は、重さ7.260kg、直径は11〜13cmと決められている。直径に2cmの幅があるのは、選手によって好みのサイズがあるから。ニシではこの範囲内で大中小、3種類の砲丸をつくっているが、大は中心部に空洞をつくって発泡系の軽い素材を詰め、中は無垢材、小は中心部に重い鉛を詰めることで重さを均一にそろえている。だが木村さんによると、海外メーカーはこの空洞の位置が精密さに欠けるという。

「無垢材でつくる中サイズはそれほどでもないですが、中心部に空洞をつくる大サイズと鉛を詰める小サイズでは品質に差が出ます。というのも、海外メーカーには偏心する、つまり重心が微妙に偏る砲丸があるからです。そうしたものは記録が出にくい。砲丸投げは英語でSHOT PUTというように、競技者はリリースの最後の瞬間まで指で砲丸の重心を押し込んで遠くに投げようとします。しかし重心が少しでも偏っていると、重心を押し込もうとしても力が逃げてしまい、距離が出ない。この重心の出来が、トップレベルではシビアに問われるのです」

工場で出荷を待つ砲丸の一つひとつに職人の技とノウハウが詰まっている 写真:ニシ・スポーツ
工場で出荷を待つ砲丸の一つひとつに職人の技とノウハウが詰まっている 写真:ニシ・スポーツ

表面に溝があった頃からニシの重心の精度は高く評価されていたが、手触りで差を出すことが難しくなったことで、同社はあらためて自らの強みをより突き詰めることにしたのだ。そこで役に立ったのが、ハンマーの製作で培った技術だった。

「遠心力が記録を大きく左右するハンマーでは、器具の中心に空洞をつくり、そこから精密な計算をして重心の位置を外側に寄せます。この中心に空洞をつくるハンマーの技術を砲丸にも生かすことで、より正確に重心をつくることができるようになったのです」

切削痕という唯一無二の強みは失ったが、以前からの強みでもあった重心の精度をより高めたことで、ニシの砲丸は世界の第一線に返り咲く。そして07年大阪世界陸上選手権から、ふたたび快進撃が始まるのだ。

競技人口が決して多くはない投てき種目は、陸上器具を広く網羅する同社の全売り上げの約5%を占めるに過ぎない。だが、それでも手を抜かずにベストの製品づくりを目指してきたのには、創業以来、脈々と守り続けてきた精神によるところが大きい。

「弊社の製品で最も実績があるのが砲丸ですが、決して特別に力を入れているわけではありません。投てき全般もそうですし、ハードルやスターティングブロックなどもそう。すべての製品をつくる過程で、私たちは競技規則の範囲内で最高のものをつくるという気持ちを貫いてきました。その結果として、世界記録や日本記録、そして自己記録に少しでも貢献できたら、これほどうれしいことはありません。そうした思いは砲丸だけではなく、弊社のものづくりのすべてに通底しているのです」

競技人口や単価に左右されることなく、ユーザーのためにベストを追求するニシ・スポーツ。だからこそ鋭敏な感覚を持つ実力者たちは、迷わずニシの砲丸に手を伸ばすのだ。

バナー写真:60年以上に及ぶものづくりのノウハウが詰め込まれた男子用の砲丸 写真:ニシ・スポーツ

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