マンガで学ぶ日本文化

『るろうに剣心』が明治初期を舞台に描く、“不殺”を誓ったサムライの贖罪の物語とは

漫画 アニメ エンタメ 歴史 社会

幕末に「人斬り抜刀斎」として恐れられた伝説の剣客が、明治維新後に新たな生き方を模索する——少年誌には不似合いとされたテーマながら日本のみならず世界中で人気を博し、アニメ化や映画化など映像作品も多数制作された、不朽の名作『るろうに剣心 −明治剣客浪漫譚−』の魅力を説く。

時代に取り残されたサムライの生き方

ヨーロッパでは19世紀の中ごろ、1848年に「諸国民の春」と呼ばれるムーブメントが広がり、イタリアやドイツなど各地で国民国家が成立した。

国民国家とは、同じ文化を共有する民族がつくった、ひとつの国家のこと。本当のことを言うとそれは多分にフィクションをはらんだ共同体だったのだが、「諸国民の春」に遅れること約20年、日本も「国のかたち」を大きく転換し、国民国家への道を歩みはじめた。

きっかけはアメリカからの(いささか高圧的な)使者。それまでの日本では将軍が孤立主義をとり、ごく小さなチャンネルを除いて外国との交流を厳しく制限してきた。しかし1853年にアメリカ東インド艦隊司令長官、ペリーが4隻の黒い蒸気船を率いて来航し、開国を要求する。

200年以上もの間、外国のことを知らずにきただけにその衝撃は大きく、「黒船に砲撃される」といううわさが飛び交い、首都の江戸は大騒ぎになった。日本では今でも海外からの衝撃のことを、「グラビアアイドル界の黒船!」などと表現したりするほどだ。

それはともかく19世紀の後半、列強による植民地獲得競争の波が東アジアにも訪れ、それが日本を天皇を中心としたひとつの国へと変える契機となった。「明治維新」と呼ばれる変革により、800年も続いたサムライの政権が終焉を迎え、多くのサムライたちは時代に取り残されることになる。

サムライの支配を終わらせたのも、実はサムライ。しかしその主力はエリートではなく下級身分の者たち。彼らはその魂であったはずの「刀」を捨て、新政府で要職を占めた。

いっぽう、そうした社会に反発し、反革命に身を投じるサムライもいた。トム・クルーズ主演の映画『ラストサムライ』(2003)で渡辺謙が演じたキャラクターも、あえて時代に取り残される道を選び、新政府に反乱を起こした人物だったが、このような人は現実にもいたのである。

和月伸宏(わつき・のぶひろ)が1994年に連載を開始したマンガ『るろうに剣心 −明治剣客浪漫譚−』の主人公、緋村剣心(ひむら・けんしん)もまた、本来は栄達が約束されていた革命勢力側のサムライ。しかし彼は明治維新ののち名を隠し、「るろうに」(在野の自由人。「流浪人」を意味する作者の造語)となった。

2021年には原作者・若月伸宏の出身地である新潟の新潟市美術館で連載開始25周年を記念し「25周年記念 るろうに剣心展」が開催され、200点以上の原画とともに作品の世界観が表現された ©和月伸宏・集英社
2021年には原作者・若月伸宏の出身地である新潟県の新潟市美術館で連載開始25周年を記念し「25周年記念 るろうに剣心展」が開催され、200点以上の原画とともに作品の世界観が表現された ©和月伸宏・集英社

サムライのルーツと行動原理

サムライのルーツは辺境の開拓者。自分の農地を守るために武装した人々がその祖先だといわれる。やがて彼らは中央の軍事貴族と結びつき、中世社会において存在感を増していく。

サムライというとその武器は「刀」が有名だ。しかし実は初期のメインウェポンは弓で、並の人間であれば2人、3人がかりでないと引けない強弓を引いたり、「矢継ぎ早」に連射する能力が、いいサムライの条件とされた。

彼らの行動原理は「名誉」。もし戦場で語り草になるほどの活躍を見せたなら、そこで死んでも悔いはない。むしろ最高の名誉。「名こそ惜しけれ」(なによりも名誉が大事という意味。係り結びの法則)という言葉に、彼らの原理は集約されていた。

名誉を重んじるところは「中世の華」と呼ばれたヨーロッパの騎士と似ているが、日本のサムライは騎士に比べると、そこまで恋には興味はなかったようだ。

ちなみにサムライには「主君への忠誠が絶対」というイメージもあるが、これもまた近世に入ってからの概念で、16世紀の戦国時代までのサムライは、主君の能力に疑問を抱いたり、自分の評価が不当に低いと感じたりしたら、さっさと見限って去ることもごくふつうだった。

ジム・ジャームッシュ監督の映画『ゴースト・ドッグ』(1999)では、フォレスト・ウィテカーが武士道に心酔する殺し屋を演じていた。彼が愛読する『葉隠(はがくれ)』というサムライの心がまえを説いた書物では、主君への忠誠を絶対としている。しかし『葉隠』の成立は18世紀に入ってからで意外と新しい。本来のサムライは忠誠よりも自分の名誉を重んじていた。

作品のアニメ化はすでに5度に及ぶが、2023年にも最新の技術を用いた新作アニメシリーズが放映される ©和月伸宏/集英社・「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」製作委員会
作品のアニメ化はすでに5度に及ぶが、2023年にも最新の技術を用いた新作アニメシリーズが放映される ©和月伸宏/集英社・「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」製作委員会

12世紀、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世や、イギリスのリチャード獅子心王が参加したことで有名な第三次十字軍が起こるころ、日本ではサムライの政権が誕生する。

この歴史のプロセスについて、かつては「中央の腐敗した貴族の政治を、辺境から生まれた清廉なサムライたちが打破した」という見方が主流だった。しかし現代の歴史学では、武に生きる人間たちが持っていた「暴力性」にも焦点が当てられるようになっている。

12世紀以来、サムライに反撃を試みた天皇もいたし、ごく短期間ではあったが主権を回復した天皇もいた。しかし将軍をリーダーとしたサムライの統治は800年間続き、19世紀になってようやく終わることになる。

サムライの世の終焉

終わらせたのは当時、燃え上がったナショナリズムだった。「現在の体制のままでは列強の植民地にされてしまう」。危機感を抱いたサムライたちは続々と主君のもとを去ってフリーのサムライ、すなわち「浪人」となり、天皇がいた京都に集まった。

いっぽう、将軍も「新選組」のような特別警察組織を京都に常駐させ、反体制活動を取り締まる。サムライ政権の末期、京都はテロリズムと過酷な治安維持活動が横行し、新時代への理想を抱く者、旧体制を守ろうとする者、そして動乱に乗じておのれの野望を果たそうとする者たちの、命をかけた闘争の都市となった。

『るろうに剣心』の主人公、緋村剣心もまた闘いに身を投じた者のひとり。彼は革命勢力側の活動家「志士」となり、初期には要人の暗殺、のちには味方の護衛のために刀をふるった。「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)」という古流剣術を学んだ彼の剣は凄(すさ)まじく、「人斬り」としてその名を轟かせることになる。

2012年には実写映画も公開。日本だけでなく世界64カ国に配給された。続編も制作され、現在まで計5作が公開されている ©和月伸宏/集英社 ©2012「るろうに剣心」製作委員会
2012年には実写映画も公開。日本だけでなく世界64カ国に配給された。続編も制作され、現在まで計5作が公開されている ©和月伸宏/集英社 ©2012「るろうに剣心」製作委員会

多くの血が流された先に、新時代が訪れる。多くの「志士」たちが新政府で役職を得て、栄達した。剣心の果たした功績を考えると、彼もまた革命の果実を得ることは確実。しかし剣心は刀を人を殺すことができない「逆刃刀(さかばとう)」に持ち替えて、世に隠れる道を選んだ。

なぜか?

彼が刀をふるったのは、弱者が虐げられることのない世をつくるため。しかし明治維新を迎えてもまだその理想は実現していない。だから自分は、助けを必要とする人を守るために「逆刃刀」をふるう。それが、

「斬り殺した人達への償いになると思っている」

のちに大切な仲間となる相楽左之助(さがら・さのすけ)に、剣心はそう語った。

ひとふりの剣で世の中は変えられない。しかし、目に入る人を助けることならばできる。そうした剣心の前に、やがて恐ろしい敵が現れる。蘇(よみがえ)った亡霊、志々雄真実(ししお・まこと)。圧倒的な暴力を持つ男。日本を、サムライが生まれた中世のような弱肉強食の世界に戻そうとする者。強ければ生き、弱ければ死ぬ。彼の野望は剣心にとって、絶対に許すことのできない危険な計画だった。

アニメ、実写映画にとどまらず『るろうに剣心』はミュージカルでも度々上演されている。画像は2022年のミュージカル「るろうに剣心 京都編」のイメージ  ©和月伸宏/集英社
アニメ、実写映画にとどまらず『るろうに剣心』はミュージカルでも度々上演されている。画像は2022年のミュージカル「るろうに剣心 京都編」のイメージ  ©和月伸宏/集英社

「サムライの時代が終わったのちのサムライ」を描いた『るろうに剣心』には、はじまった当時「マニアックすぎる」という、否定的な声もあったという。

しかし作品は1990年代後半を代表する大ヒットとなり、アニメ化も行われる。アニメは北米をはじめ各国でも放映され、『Rurouni Kenshin』『Samurai X』などのタイトルで人気を獲得していく。「剣心」は長く愛される作品となって、2012年には実写映画版が製作、現在まで5作が公開された。23年には新作アニメの公開も決まっている。

発売元の集英社によると、全世界でシリーズ累計発行部数は7200万部を超え、現在も和月伸宏自身による続編『るろうに剣心 −明治剣客浪漫譚・北海道編−』が『ジャンプスクエア』誌にて連載されている。

力そのものには善も悪もない。だから、大事なのは力を使う目的。「ふつうの人の暮らしを守るためだけに刀をふるう」。そうした生き方を選んだ剣心は、サムライの時代が終わってはじめて現れた真のサムライだったのかもしれない。その姿はマニアックどころか、世界のどこでもいつでも、愛される魅力があった。

バナー写真:『るろうに剣心 −明治剣客浪漫譚−』は1994年から99年にかけて『週刊少年ジャンプ』誌上で連載。通算255話、単行本は全28巻に及ぶ 撮影:ニッポンドットコム編集部

明治時代 るろうに剣心 ラストサムライ