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『NARUTO-ナルト-』が世界中で愛される理由、そして“リアル忍者”の知られざる実態とは

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原作マンガは15年にわたって連載され、単行本の発行部数は2億5000万部超。アニメやゲームなどのメディアミックスも大ヒットするなど、『NARUTO-ナルト-』は日本が誇るメガコンテンツだ。忍(しのび)同士の戦いを軸に、本作が描いた少年マンガらしからぬ世界観を読み解き、いまだ謎の多い忍者の実態を解説する。

国民的忍者マンガの世界観

『NARUTO-ナルト-』は1998年に「少年ジャンプ誌」で連載が開始されたマンガ。2002年にはアニメ化もされた国民的大ヒット作であり、さらに累計発行部数が全世界で2億5000万部を突破したという(NARUTO OFFICIAL SITE)、国境を超えて広く愛される作品でもある。

公式サイトでは今年1月に、全世界を対象にした人気投票を実施。世界の各地域から460万もの票を集めた。

ちなみに1位は波風(なみかぜ)ミナト。4代目火影(ほかげ)であり、主人公のうずまきナルト(6位)の父親でもあった人物だ。日本での1位は、うちはイタチ。本作のもうひとりの主人公、サスケの兄だ。中南米の1位は春野サクラだったが、世界的には圧倒的にミナトが支持された。余談で恐縮だが、筆者が推すマイト・ガイ先生は21位だ。

『NARUTO』に登場するのは、うずまきナルトをはじめとする「忍者」たち。もっとも本作の舞台は、作者の岸本斉史(まさし)氏が構築した、独自の文化、歴史を持つオリジナルの世界だ。

そこには火、水、土、風、雷の5つの大国があり、それぞれに忍者の隠れ里が存在し、軍事力となっている。国を統治するのは「大名」と呼ばれる貴族階級で、忍者たちは大名に敬意を示し、彼らのリーダー「影」を決める際にも大名が最終的な承認を与える。ただしその関係性は対等。他国からの依頼であっても独自の判断で受ける。実際に、ナルトの最初の大きなミッションは他国の技師の警護だった。

史実の忍者は「闇に潜んだり、一般人の中にまぎれて隠密活動を行うストイックな存在」というイメージが強かった。いっぽう『NARUTO』の忍者たちは、華やかでド派手な活躍を見せる。しかしナルトの師のひとり、自来也(じらいや)は忍者についてこのように語っていた。

「忍者とは忍び耐える者のことなんだよ」

かつての「忍者」のストイックな本質は、『NARUTO』にもきちんと受け継がれているのではないだろうか。

連載開始から3年後の2002年に『NARUTO-ナルト-』はstudioぴえろ製作でアニメ化され、続編の『NARUTO-ナルト-疾風伝』を含めると、2017年までテレビ放映された ©岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ
連載開始から3年後の2002年に『NARUTO-ナルト-』はstudioぴえろ製作でアニメ化され、続編の『NARUTO-ナルト-疾風伝』を含めると、2017年までテレビ放映された ©岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ

忍者のルーツとは

なにぶん影に生きる人たちだっただけに歴史上、忍者のルーツは、はっきりしない。一説によると古代7世紀にまでさかのぼると言われるが、史上に明確に現れたのは中世。その起源は、13世紀後半に台頭してきた「悪党」だと言われている(日本忍者協議会「忍者とは!?」)。

「悪党」は、いわば非正規のサムライだった。正規のサムライは将軍の家来で、辺境の開拓領主と、天皇の血を引く軍事貴族が結びついて生まれた。だからそのバックボーンは農業。しかし、悪党は貨幣経済の発達に伴って台頭した新たな社会層で、経済活動がその背景にあった。

「悪党」―BAD GUYSというとただ反社会的な存在に聞こえるが、現代の英語のBADにも、カッコイイというニュアンスがある。同じように悪党の「悪」にも、ただ暴れ者というだけではなく、「賢い」「したたかで強い」といったポジティブな意味もあった。

14世紀前半、中国ではモンゴル出身の元王朝の時代、ヨーロッパでは100年戦争が始まる前夜、日本では、サムライから政治の主導権を取り返そうとした天皇、後醍醐天皇が現れた。この天皇に最初に従ったのは「悪党」。彼らはゲリラ戦を展開し、正規のサムライたちの軍勢を翻弄(ほんろう)する。

しかし結局、将軍が再び政権を握り、悪党は各地の在野の独立勢力となっていった。やがて日本各地に小王国が乱立する「戦国時代」になると、そうした勢力から現代でいうところのインテリジェンス活動、非正規の軍事行動に秀でた集団が成立。小王国の王「大名」たちに雇われるようになった。「忍者」である。

名古屋城(名古屋市中区)を中心に活動する「徳川家康と服部半蔵忍者隊」のメンバー。忍者文化は現代日本のそこかしこに息づいている 時事
名古屋城(名古屋市中区)を中心に活動する「徳川家康と服部半蔵忍者隊」のメンバー。忍者文化は現代日本のそこかしこに息づいている 時事

超人的な忍者の能力

その能力は伝説に満ちている。超人的な体力、耐久力。不可能を可能にする武術やサバイバル術。火器を扱う技術(地雷も使ったという)。さらには超自然的な呪術をも行使したと伝えられる。

その主な任務は仮想敵国や交戦中の国に潜入しての諜報活動や、さらには流言飛語を操る情報操作。現代であればフェイクニュースを通じた世論の誘導のような活動にあたるだろうか。

また破壊活動や暗殺も行ったと伝えられる。その真実は闇の中だが、日本史でも武田信玄や上杉謙信のように、敵対勢力にとって絶妙なタイミングで死を迎えた大名がいる。その最期に忍者が関与した、という伝説は根強い。

『NARUTO』の世界では忍者はオープンな存在で、逃げたペットの捜索でさえ、その任務となる。しかしいっぽうで、暗部の活動はひっそりと受け継がれていたわけで、やはり闇の部分を抱えていた。こうしたところも史実の忍者と通じている、と言えそうだ。

ただし実在の忍者も、雇われたら報酬次第でなんでもやったわけではないらしい。17世紀後半に著(あらわ)されたと見られる「万川集海(まんせんしゅうかい)」という書物がある。これは忍者の聖地ともいえる甲賀伊賀(現在の滋賀県と三重県の一部)の忍びの家に伝わる忍術を網羅した伝書だが、そこでまず強調されるのは「正心」。正しい心。

「忍びの本質は正心なり」

正心とは仁義忠信であると語られる。「仁」は思いやり、「義」は正義。ナルトの師、はたけカカシが言った「義を見てせざるは勇なきなり」の「義」だ。「忠」は主君に従う心、「信」は信頼。『NARUTO』でも仲間との信頼は非常に重視されていた。

ただ「忠」と言っても、ロボットとなって主君に絶対服従するわけではない。非道なことを命じる主君にただ従うのは、忠ではないと明言されている。里の幹部に命令されて、自分の一族を手に掛けたうちはイタチも、苦悩の果てに自分自身で決断を下していた。

忍者は厳しい修行によって、超人的な力を手に入れる。だからもし仁義忠信の「正心」がなければ、力に溺れてしまったり、感情に任せて力を振るってしまうことになる。こうした思想は、『NARUTO』にもきちんと受け継がれているはずだ。

2022年10月3日放送のアニメ『NARUTO−ナルト−』。放送開始20周年に際して、原作者の岸本斉史氏から祝福の描き下ろしイラストとコメントが贈られた ©岸本斉史 スコット/集英社
2022年10月3日放送のアニメ『NARUTO−ナルト−』。放送開始20周年に際して、原作者の岸本斉史氏から祝福の描き下ろしイラストとコメントが贈られた ©岸本斉史 スコット/集英社

NARUTOが描いた「憎悪」と「正義」

現実の世界は複雑で、なにが善でなにが悪か、なにが真実でなにがフェイクなのか、簡単に言い切ることはできない。

『NARUTO』の世界もまた同じで、かつての大戦の結果、大国同士の関係は一応の安定を見せてはいた。しかしその過程で蹂躙(じゅうりん)された小国もあり、里における血族同士の対立も完全には解消されていなかった。

一見、安定しているように見える世界だが、しかしその裏側では里を離脱した忍者たちの組織が陰謀を進めていた。迫る危機に対抗するため、リーダーたちは里を越えて同盟を結ぶことになる。だが戦いの背後には、忍者の歴史に関わる、さらなる巨大な計画が隠されていた。

誤解、過ち、不信、謀略。小さな行き違いがやがて大きな悲劇を呼び、憎悪の連鎖が広がっていく。強硬派もいれば、穏健派もいる。自分の信じる「正義」のために、非道と知りつつテロを行う者もいれば、個人的な復讐のために策謀を巡らす者もいる。

争いを呼ぶのは憎悪と不信。『NARUTO』の作中では世代を超えて連鎖する悲劇の種が丹念に描かれる。しかし不信の闇が受け継がれるのであれば、信頼の光もまた世代を超えて託されていくこともある。

主人公のうずまきナルトは火の国、木ノ葉隠れの里の忍者。ただし忍者学校でも落ちこぼれで、しかも、体内に強大な力を持つ魔獣「九尾の妖狐」が封印されていた。このことは里の大人たちしか知らないが、大人たちの彼を見る冷たい視線は自然と伝わり、ナルトは孤独な少年時代を送っていた。

誰も自分のことをちゃんと見てくれない。だからこそ彼は里のリーダー「火影」、それも歴代の中でも一番の火影になり、里の人々に自分の存在を認めさせることを、将来の目標にしていた。

体内の妖狐はかつて里を攻撃し、多くの人の命を奪った存在。その封印がいつ破られるかわからない。そうした不信の目にさらされてきただけに、ナルトもまた、闇の心にとらわれてしまっても、まったくおかしくはなかった。

アニメ20周年を記念し、様々なキャラクターが登場する対戦アクションゲーム『NARUTO X BORUTO ナルティメットストームコネクションズ』(PlayStation、Nintendo Switch、Xbox)が2023年中に発売される予定 ©岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ ©劇場版NARUTO製作委員会 2012 ©劇場版NARUTO製作委員会 2014 ©劇場版BORUTO製作委員会 2015 ©Bandai Namco Entertainment Inc.
アニメ20周年を記念し、様々なキャラクターが登場する対戦アクションゲーム『NARUTO X BORUTO ナルティメットストームコネクションズ』(PlayStation、Nintendo Switch、Xbox)が2023年中に発売される予定 ©岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ ©劇場版NARUTO製作委員会 2012 ©劇場版NARUTO製作委員会 2014 ©劇場版BORUTO製作委員会 2015 ©Bandai Namco Entertainment Inc.

だが、彼は幸運なことに師に恵まれてきた。イルカ、はたけカカシ、自来也。彼は他の里の忍者や蛙にも導かれてきた。民族どころか種も超えて、多くの大人や友人たちから託された「信頼」が彼を導き、師を殺した相手とさえ対話し許容できる人物へと成長させていく。そしてついに、世界の命運がナルトに託されることになった。

どんな人間にもそれぞれの立場がある。こちらからすると非道な人間であっても、向こうには向こうの言い分がある。対話し包摂していくことでしか、憎悪の連鎖を断ち切ることはできない。

言うのはかんたんだが、実際には簡単どころではなく、解きほぐすのが不可能なほどこじれた憎悪と不信の連鎖が世界にはある。それを許すのはほとんど無限に思えるほどの包容力と寛容性が必要になるだろう。

だが一代で届く必要はない。次代に希望を託していけば、いつかよりよい未来がくる。

『NARUTO』の物語は15年の年月をかけて、ナルトなりの答えを伝えてくれた。逆にいえば彼が自分なりの答えにたどり着くために、700話15年の時間が必要だったのだろう。その答えは世界に広がり、人々の心に響いている。

最後にまた余談で恐縮だが、上で引用した「万川集海」には、「忍者には敵将を暗殺する技術もあるという。どうも疑わしいが、本当かどうか?」という問いが出てくる(筆者訳。同書にはしばしばギリシャ哲学のような対話形式が出てくる)。やっぱり忍者は信玄や謙信を暗殺していたのか!?

その答えは「その方法は繊細で状況次第。なので口を閉ざす」。納得できるような、だまされているような……。時代を超えて忍者の術中にいるような、複雑な気分である。

バナー写真:『NARUTO-ナルト-』は1999年から2014年にかけて「週刊少年ジャンプ」誌上で連載。通算700話、単行本は全72巻にも及ぶ。2016年から2019年にかけてはナルトの息子ボルトを主役とした続編『BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-』が連載され、ともにアニメ化されている 撮影:ニッポンドットコム編集部

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