浜通りの新たな魅力を創出「福島イノベーション・コースト構想」

活用進む! 南相馬市「福島ロボットテストフィールド」:浜通り復興の切り札・ロボット産業の可能性を探る

経済・ビジネス 技術・デジタル

福島イノベーション・コースト構想の重点分野の一つ「ロボット・ドローン」。関連企業の誘致に向け、中核施設となるのが南相馬市の「福島ロボットテストフィールド(RTF)」だ。実際に活用している団体・企業に話を聞いた。

ロボットやドローンの実証実験、災害訓練に対応

「予約は3カ月以上先まで埋まっている状況です」

2022年末、まるで人気料理店や高級旅館のような言葉を聞いたのは、福島浜通り北部の南相馬市にある「福島ロボットテストフィールド」(運営:福島イノベーション・コースト構想推進機構)でのこと。開発中のロボットやドローンの多様な実証実験に対応する東西1キロ、南北500メートルの巨大施設である。筆者は2020年3月の全面開所前に一度訪れていたが、その時はこれほどニーズが高まるとは想像できなかった。

RTFは南相馬市沿岸部、津波に飲み込まれた地域に建設された。写真はインフラ点検・災害対応エリアで、左から試験用のプラント、橋梁、トンネル
RTFは南相馬市沿岸部、津波に飲み込まれた地域に建設された。写真はインフラ点検・災害対応エリアで、左から試験用のプラント、橋梁、トンネル

取材日には、ドローンや無人地上車両(UGV)による災害対応の実演や講演、意見交換会が行われていた。主催した「ふくしま総合災害対応訓練機構」の佐藤和彦事務局長は「RTFでは2カ月に1度のペースで訓練やテストをしている」と言い、「大規模な施設はもちろん、何気なく積んであるがれきや土砂傾斜なども、実践的なテストがしやすい」と高く評価する。

がれきを使ったUGVの実演
がれきを使ったUGVの実演

訓練に賛同する企業のほか、地元・南相馬に加え、会津若松や喜多方の消防団員が参加。水没市街地フィールドでドローンによる救援物資の運搬・投下、市街地フィールドでは広域災害における自動航行ドローンによる情報収集や、UGVによる資機材運搬や被災者搬送の活用方法などが披露された。

意見交換会では、会津若松の消防団員から「山岳事故では機材や負傷者の運搬に苦労する。登山道でも活用できるロボットがあれば」といった現場を知るからこその要望が出るなど、企業側も開発の大きなヒントを得たようだ。

水没市街地フィールドでの、孤立被災者への支援物資搬送テスト。ドローンからロープを伸ばし、低い位置から確実に物資を投下する 写真:筆者撮影
水没市街地フィールドでの、孤立被災者への支援物資搬送テスト。ドローンからロープを伸ばし、低い位置から確実に物資を投下する 写真:筆者撮影

救助隊員を自動で追尾するストレッチャー型と資機材運搬用のUGV。労力削減に加え、少人数での被災者探索が可能になる
救助隊員を自動で追尾するストレッチャー型と資機材運搬用のUGV。労力削減に加え、少人数での被災者探索が可能になる

ロボット開発に集中できる環境を提供

2011年3月の東日本大震災で、津波と原発事故による甚大な被害を受けた福島・浜通り。この地域の経済は原発とその関連事業に大きく依存していたが、福島第1(大熊町、双葉町)に加え、第2原発(楢葉町)も廃炉が決定。今後、浜通りの復興を進め、住民を呼び戻すためには、原発に代わる基幹産業が必要である。

そこで、福島イノベーション・コースト構想が重点分野の一つに掲げるのが、発展著しい「ロボット・ドローン」。放射能の影響が残る原発での廃炉作業でも、その活躍は欠かせないため、復興と廃炉の両面での貢献が期待できる。そして、ロボット関連企業を誘致するための中核拠点となるのがRTFだ。

RTFの中心施設・研究棟にはホールや会議室に加え、研究室や加工室などが入る
RTFの中心施設・研究棟にはホールや会議室などが入る

開発基盤エリアにある屋内試験場。広さ32×30メートルで、天上高も11メートルある
開発基盤エリアにある屋内試験場。広さ32×30メートルで、天上高も11メートルある

ロボット企業側にとって、テスト環境の確保は不可欠。車の自動運転であれば、信号や標識を備えた市街地のような模擬コース、ドローンは安全に飛行訓練ができる広大な場所に、滑走路やヘリポートも必要になる。もともと日本勢は、広大な土地で実験環境が整備しやすい米国や中国の競合メーカーに後れをとりがちで、開発資金の調達にすら苦労する新興企業にとっては参入のハードルが高い。そこでRTFに充実した試験環境を備え、最先端企業を浜通りに誘致するのが狙いだ。

無人航空機エリアには長さ500メートルの滑走路やヘリポート、緩衝ネット付飛行場に加え、連続稼働耐久試験棟、風洞棟などがある。インフラ点検・災害対応エリアには、信号や横断歩道、標識を備える市街地フィールドのほか、試験用の橋やトンネル、プラントなど巨大な施設が立ち並ぶ。そして水中・水没エリアには浸水状況の市街地フィールドや屋内水槽試験棟があり、陸・海・空のテストに対応できる。

滑走路の奥に見えるのが、稼働率の高い「緩衝ネット付飛行場」。広さ150×80メートル、高さ15メートルもあり、屋内と同じ扱いになるために航空法の適用は受けず、いつでも申請なしにドローンのテストが可能
滑走路の奥に見えるのが、稼働率の高い「緩衝ネット付飛行場」。広さ150×80メートル、高さ15メートルもあり、屋内と同じ扱いになるために航空法の適用は受けず、いつでも申請なしにドローンのテストが可能

また、開発拠点とテスト場が離れていると、故障対応やメンテナンスがしづらく、効率的な実証実験ができない。そうしたニーズに応えるために、研究棟を中心とする開発基盤エリアには、最先端の工作機械や分析・計測用の精密測定器をそろえ、研究室も整備した。現在はデンソーのような大企業から小規模ベンチャー、教育機関の会津大学まで、多種多様な17の企業・団体が入居している。

さらに近隣には、事務所や工場を貸し出し、起業や資金調達、経営まで支援する「南相馬市産業創造センター(MIC)」や、ロボット企業への助成が手厚い南相馬市復興工業団地もある。事業規模が拡大しても、市内での受け入れが万全な状況だ。

研究室に入る企業や団体間の技術交流も盛んだという 写真:筆者撮影
研究室に入る企業や団体間の技術交流も盛んだという 写真:筆者撮影

入居団体の一つ「テトラ・アビエーション」のeVTOL(電動垂直離着陸機)が中庭に展示されていた
入居団体の一つ「テトラ・アビエーション」のeVTOL(電動垂直離着陸機)が中庭に展示されていた

福島第1原発事故を機に、ロボットの社会実装を目指す

RTFを活用する企業の中で、ひときわ注目を集めているのが、SF映画やアニメに登場するような人型重機を開発する「株式会社人機一体(じんきいったい)」だ。

社長の金岡博士(かなおかはかせ)は、立命館大学のロボティクス研究センターで客員教授を務めるロボット工学技術の専門家。自らベンチャー企業を立ち上げ、本格的な社会実装を目指すようになったのは、東日本大震災の原発事故がきっかけだった。「放射能の危険にさらされた状況で、まさにロボットがやるべき苦役を人間が担っていた。当時、私の周りでは“日本のロボット技術は世界トップクラス”だと自負していたが、実際の災害現場で役に立つロボットは一切なかったことにがくぜんとした」と振り返る。

RTFに展示中の「零式人機(れいしきじんき)ver.1.2」と金岡博士 写真提供:株式会社人機一体
RTFに展示中の「零式人機(れいしきじんき) ver.1.2」と金岡博士 写真提供:株式会社人機一体

いくら先端ロボット工学の技術や理論が数多く確立されようとも、社会実装されなければ意味がない――。そんな思いが金岡博士を突き動かし、資金調達やスタッフ集めに苦労しながら、2015年10月に人機社を立ち上げた。「秘密基地」と呼ぶ本社兼研究開発拠点は、立命館大学びわこ・くさつキャンパスのある滋賀県草津市に設置。そして企業理念には、「あまねく世界からフィジカルな苦役を無用にする」という大きな目標を掲げる。

南相馬に支社となる「福島基地」を置いたのは19年12月。最初はRTFの研究室に入居し、21年にMICへと移転した。金岡博士は「人機一体のような新興企業にとって “ロボットの町”を目指す南相馬市、福島イノベ構想の支援は大変心強い」と語る。

先進技術は世の中に理解され、受け入れてもらうまで時間が掛かり、ビジネス面でも進めづらい面があるが、南相馬では町全体で応援してもらえるという。さらに「復興の中で新たにロボット産業が立ち上がるという素晴らしいストーリーに、人機一体の成り立ちが重なることで、われわれの取り組みも広く周知することができている」そうだ。

福島基地の入る南相馬市産業創造センター(MIC) 写真提供:株式会社人機一体
福島基地の入る南相馬市産業創造センター(MIC) 写真提供:株式会社人機一体

人型重機の普及が、浜通りの復興につながっていく

人機社は、単なるロボット製造企業ではない。革新的な製品を必要とする企業とロボット・メーカーの間に入り、社会実装に向けたコンセプトや独自技術を提供するプラットフォームとなるビジネスモデルだ。

その企業理念からも分かるように、手掛けるロボットは、いわゆる「お掃除ロボ」などのように一つの作業に特化したものではない。これまで人手に頼っていた重作業や高所作業といった事故や労災のリスクがある場面で、代わりを務めてくれるような多機能で高い汎用性を持つことを目指す。

現在、JR西日本と日本信号と共に開発を進める「零式人機 ver.2.0」は、高所における鉄道電気設備のメンテナンス作業の機械化を目指している。加えて鉄道分野に限らず、交通信号機の交換、トンネルや橋梁の点検保守など、交通や電力、通信といったインフラ整備全般での活用まで視野に入れている。

当然、テスト環境も大規模になるため、市街地フィールドに加え、試験用の橋梁やトンネル、プラントを持つRTFの存在は大きい。金岡博士は「われわれのためにある施設だと思うくらい」だと笑う。

RTFの市街地フィールドで、信号機の取り付けデモを行う零式人機 ver.2.0 写真提供:株式会社人機一体
RTFの市街地フィールドで、信号機の取り付けデモを行う零式人機 ver.2.0 写真提供:株式会社人機一体

トンネル内のコンクリートの状態を確認する打音検査も実施 写真提供:株式会社人機一体
トンネル内のコンクリートの状態を確認する打音検査も実施 写真提供:株式会社人機一体

政府が2025年の大阪・関西万博に向けて「空飛ぶクルマ」の実用化を目指しているように、ロボット・ドローン産業は急成長が望まれる。そして、福島第1原発の廃炉作業においての活用も急務だ。

金岡博士は廃炉や災害に対応するロボットについて、「われわれが直接手掛ける気はない」とキッパリ。福島や日本にとどまらず、世界市場を見据えたBtoBビジネスに注力するという。ただ、「福島第1の事故現場で活躍したのは、従来使用されていた重機だったのを思い出してほしい」と付け加える。

世界中に人型重機が普及すれば、開発資金が潤沢になり、技術や機能も磨かれるだろう。その結果、どんどん実用的になり、操縦できる人も増えていく。「廃炉に特化したものを何台か製造したとしても、災害は至る所で起こりうるもので対応しきれない。だから、世界中で活用されるようなロボットを生み出すことを優先する。そして、災害対応や原発事故対応のノウハウを持つ企業から『人機社の技術を応用したい』と申し入れがあれば、ぜひ協力したい。一見遠回りに思えても、その方が廃炉や復興への貢献の近道になると私は考えている」

RTFや南相馬市、福島イノベ構想も廃炉対応にこだわらず、ロボット産業全体の成長を目指している。こうした取り組みを続けることで、福島に限らず、日本の新たな基幹産業が浜通りを拠点に生まれるかもしれない。

ロボテスEXPO2022で、屋内試験場に展示された零式人機 ver.1.2と2.0 写真提供:株式会社人機一体
ロボテスEXPO2022で、屋内試験場に展示された零式人機 ver.1.2と2.0 写真提供:株式会社人機一体

撮影=山田 慎二
バナー写真:救助隊員を自動追尾するストレッチャー型と資機材運搬用のUGV

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