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がん細胞を狙い撃ち、手術なしで根治を目指す—山形大学医学部東日本重粒子センター:観光資源×医療ツーリズムで地方創生

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X線の3倍ほどの治療効果で、手術をせずにがんの根治が目指せる「重粒子線治療」。いま注目を集めるこのがん治療で、日本は国際的に評価され、世界をリードしているという。重粒子線とはどのような治療法なのか─。インバウンド需要の取り込みにも力を入れる山形大学医学部東日本重粒子センターで話を聞いた。

がん治療に「手術」ではない選択肢も

放射線治療の一種「重粒子線治療」へのニーズが高まっている。炭素イオンを光速の70%に加速してがん細胞に照射してダメージを与えるこの治療法は、従来のX線治療よりも効果に優れるうえ、副作用のリスクが低いからだ。

北日本唯一の重粒子線施設である東日本重粒子センターの佐藤啓(ひらく)放射線治療科診療科長は、治療についてこう説明する。

佐藤医師
佐藤医師

「重粒子線は、通常の放射線であるX線の約3倍の生物学的効果があり、手術をせずにがんを根治させること、がんを制御することが期待できます。例えば前立腺がんでは、照射した5年後に再発なく、がんを制御できている割合はおよそ9割。肺がんや肝臓がんにおいても、重粒子線を当てた部位は8〜9割が制御できています」

放射線を照射してがん細胞のDNAに傷をつけるというメカニズムは、X線や陽子線などと同じだが、重粒子線は、DNAの2本の鎖を2本とも切断する割合が高い。すると、簡単にはDNAを修復することができず、がん細胞は死に至る。このため、通常の放射線がなかなか効かない、骨肉腫などの放射線抵抗性のがんにも効果が期待できるというわけだ。 

主ながん治療法

がん細胞だけを狙い撃ち

長所はほかにもある。重粒子線はがんの特定の部分だけを集中的に照射することができ、周辺の正常細胞を傷つけることがないため、副作用を抑えることができる。

また、効き目が強いため、短期で治療を終えることが可能だ。例えば、肝臓がんでは2〜4回の照射がおよそ1週間で終わる。照射回数が比較的多い子宮頸がんでも16〜20回で、治療期間は4〜5週間程度となっている。さらに、1回の照射時間は十数分から数十分で、照射中に痛みを感じることもない。

患者位置決め制御装置
患者位置決め制御装置

日本が全世界の8割の治療実績

このように患者にとってメリットが大きい革新的ながん治療で、日本は世界をリードしている。というのも、日本は世界に先駆けて重粒子線の臨床応用に成功した国だからである。

1970年代に米国で始まった重粒子線の研究は、20年ほどで打ち切られた。一方、日本では1984年から研究が始まり、1994年、世界で初めて臨床現場での使用を開始。以来研究開発が進み、重粒子線治療で国際的に高い評価を得るようになる。

世界に15カ所しかない重粒子線治療施設のうち、7カ所が日本にある。治療実績を着々と積み上げ、過去に全世界で実施された重粒子線治療の8割が、日本で実施されたとも言われる。

大学病院と連携して治療戦略

そのうちの一つ、国内最新施設として山形県に誕生したのが、前出の東日本重粒子センターだ。

センター入口
センター入口

同センター最大の特徴は、世界唯一の“総合病院接続型施設”であるということ。センターと山形大学医学部附属病院が直結しており、医療サービスや設備などの医療資源を利用できる。そのため、持病のある患者でも安心して重粒子線治療が受けられる。工学博士・医学物理士の肩書を持つ、岩井岳夫センター長はこう話す。

岩井センター長
岩井センター長

「重粒子線治療では、がんの種類や進行度により、手術や薬物療法など他の療法を併用することがあります。総合病院と接続している私たちの施設では、そうした場合でも医師同士の連携がスムーズで、治療戦略が立てやすいことが強みです」

痛みなし、あおむけの楽な姿勢で治療

設備面では、世界3台目となる「回転ガントリー」を備えているところが注目すべき点だ。水平や垂直など一定の方向からしか照射できない従来の装置では、病巣にビームが当たるよう患者の姿勢を調整して照射を行う必要がある。一方、回転ガントリーなら照射口が患者の周囲を回転し360度どの方向からでも照射できるため、患者はあおむけの楽な姿勢で治療が受けられる。

同センターの回転ガントリーは、小型化・軽量化に成功した。それでもなお本体は全長10メートル、重量は200トンもある。それだけ機器が大がかりとなれば導入費用も莫大で、総事業費にはおよそ150億円が投じられた。

回転ガントリー本体
回転ガントリー本体

実際の治療は2021年に前立腺がんの照射から始まり、治療の安全性を確かめながら対象を拡大。現在は、眼球の悪性黒色腫を除く保険診療と先進医療対象疾患の重粒子線治療を提供している。

照射費用は、保険適用となる疾患で数万〜数十万円。先進医療の扱いだと314万円が自己負担となる。外国人だと自由診療の扱いで費用は400万円を超えるが、それでも問い合わせは増えていると佐藤診療科長は言う。

「医師や看護師など40人近いスタッフで、これまでにおよそ1500人の治療実績があります。医療渡航者は3人だけですが、海外の医療コーディネーターを通じて既に60件を超える問い合わせがありました。多くは患者さんの全身状態や併存疾患などにより医療的判断で断らざるを得ませんでしたが、受け入れ体制が整えば、もっとこの治療を提供できるようになると思います」

受付ホール
受付ホール

がん治療と温泉と美食の合わせ技で

同センターは、医療渡航者の受け入れに適した病院として、政府から「ジャパンインターナショナルホスピタルズ」の推奨を受けている。受け入れ拡大に向け、医療コーディネート事業者数社との契約を進め、さらに、センター内に専門部署を設けることも検討していると岩井センター長は意気込む。

「センターの設立にあたっては、国や地元自治体、地元企業から資金を援助していただきました。旅行業や宿泊業の方々からも多大な寄付が集まったのは、当センターを通じた医療インバウンドの拡大を見込んでのことだと思うので、これからその期待に応えていきたい」

東京駅から山形新幹線で3時間弱。山形県には豊かな観光資源がある。130カ所を超える温泉・名湯があり、蔵王の樹氷原や最上川流域に広がる自然豊かな絶景、米沢牛、さくらんぼ、日本酒などの美味・美食─そうした観光地としての魅力と、東日本重粒子センターの医療サービスを掛け合わせた医療ツーリズムの商品の開発が進んでいる。

2023年3月には県内の大手旅行会社である山新観光が先陣を切り、同センターでの治療を希望する外国人を対象としたオーダーメイド型のツアー商品を発表した。宿泊や航空機チケットを手配し、滞在ビザの取得までサポートするという。

観光を楽しみながら治療が受けられるこのツアーは、地域活性化のために県や市、関連団体や企業が連携して開発した。街を思う人々の力が集結したこの取り組みは、県の医療インバウンドを推進していくのではないだろうか。今後、地方創生につながることが期待される。

センターと大学病院をつなぐ渡り廊下にて
センターと大学病院をつなぐ渡り廊下にて

取材・文:杉原由花、POWER NEWS編集部
撮影 : 伊藤美香子

バナー写真:回転ガントリー照射室

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