首都直下地震、"水難民" を生まないために考えるべきこと

首長「正確な情報ないと適切な対策できない」、専門家「行政は、できないことはできないと言うべきだ」:放置された浄水場の耐震強度不足(4)

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東京の水供給を担う浄水施設の耐震強度が不足しており、しかも、耐震化工事は2030年になっても多くの箇所で完了しない──これまでの記事では、そんな「不都合な真実」をお伝えしてきた。なぜ、東京都の対応はここまで遅いのか。首都直下地震が起きた場合に大きな被害が予想されるなか、現状を打破する手段はないのか。住民とじかに向き合い災害対策を講じなければならない東京23区の区長や、防災の専門家らに意見を聞いた。

前回までの記事では、東京都の水供給の “要”である浄水場の耐震強度不足の問題を報じてきた。

利根川・荒川水系の水を利用する朝霞、金町、東村山、三郷の4浄水場は東京都の水供給の約8割を担う。だが、東京都水道局への取材などにより、これらの施設は多くの箇所で耐震性が不足しており、特に、ここが壊れたら施設全体が止まるという「ボトルネック」と呼べる箇所でも耐震性が足りない部分が複数あることが分かった。

今回の取材で、耐震性の不足は都水道局が2001~04年度と2013~16年度の間に実施した耐震診断で判明していたことが分かっている。しかし、現在でも多くの箇所で工事は完了しておらず、「2030年度以降」と完了予定時期すら決まっていないところがいくつもある。

政府の地震調査研究推進本部・地震調査委員会は、マグニチュード7クラスの首都直下地震が今後30年以内に70%の確率で発生すると予測している。都水道局は私たちの取材に、浄水施設が破損した場合の対応について「ハードとソフトの両面で、可能な限り給水を確保していく」という説明を繰り返した。しかし、水道局に在籍した経験があり浄水場の構造に詳しい元東京都幹部職員は、「2カ所以上の主要な浄水場が同時に壊れる事態になったら、応急給水なども追いつかず、多くの “水難民” が発生する可能性がある」と警鐘を鳴らす。

住民抱える首長すら知らない浄水場の耐震不足

こうした現状について、私たちは東京23区のある区長に意見を聞いた。

この区長によれば、東京23区では水道に関わる行政は通常、東京都水道局の管轄となっており、区としては部分的に工事を手伝うことなどはあっても、詳細な情報があがってくるわけではなかった。このため、浄水場の耐震性が不足していることについても聞いたことがなかったという。そのうえで、区長はこんな感想を語った。

「水道管の耐震化は鋭意進めているという説明は聞いていたんですが、浄水場のことは知りませんでした。耐震診断から、なぜこんなに長い間、耐震化工事をしていないのか、不思議でしょうがない。本来ならば水道局内の話だけにせず、社会資本として都や国も動いて集中的にリニューアルすべきものなのではないか。当区でも大地震などで水道が止まる想定はして準備しているんですが、浄水場が停止するなどの要因で被害がもっと長期化する可能性があるというのなら、備えの量やレベルにも関わってきます。正確な情報を知らないと適切な対策ができませんから、情報を公開してほしい」

各自治体では災害時に備えて水や食料などを備蓄している。被害の想定によって必要量は大きく変わる(PIXTA / 本文中の自治体とは直接関係ありません)
各自治体では災害時に備えて水や食料などを備蓄している。被害の想定によって必要量は大きく変わる(PIXTA / 本文中の自治体とは直接関係ありません)

耐震化工事にここまで時間がかかってしまっていることについて、専門家はどう見るのか。水道システムの災害対策などに詳しい名古屋大学減災連携研究センターの平山修久准教授(災害環境工学)は、こう語る。

インフラの更新は全国的な課題

「東京都に限らず、浄水場のように機能を止めるわけにいかない施設の耐震化工事や更新は、なかなか進んでいないのが現状です。住民に工事の間の断水をお願いするのは容易なことではありませんし、かといって、工事の間のバックアップとなる施設をそのためだけに建設するか、あるいは別に新たな施設をつくるかというと、そのような予算も場所もない。止められない施設の更新をどうするかは、今後、全国的に考えなければいけない大きな課題です」

東京の水道システムは1923年の関東大震災の時に壊滅的な被害を受けている。そこからの復興を経て、1960年代の高度成長期には人口の拡大に合わせて大幅な拡張が行われた。それから50~60年がたって施設の老朽化が進み、耐震基準もこの間に厳格化された。こうした事情で、そもそも施設を更新すべき時期が訪れているのだ。

東京都区部で震度5強を記録した地震では、複数の箇所で水道管が破裂し、復旧に追われた(2021年10月8日)
東京都区部で震度5強を記録した地震では、複数の箇所で水道管が破裂し、復旧に追われた(2021年10月8日)(時事)

東京以外の道府県でも高度成長期に整備された水道施設は多く、似たような課題に直面しているという。

「高度成長の時代に急速に整備した水道インフラの更新は、日本が世界で初めて直面する課題です。現在急速に経済発展しているアジアやアフリカの多くの国は、50年ほど後に同じ問題に向き合うことになりますから、日本が今、先行してノウハウを確立して関連特許を取得するなどしておけば、今後、これらの国々に対する技術輸出なども可能になるはずです」(平山准教授)

しかし、現状では工事の難しさを理由に、耐震化工事は遅々として進んでいない。都水道局も私たちの取材に対して工事に伴う断水や予算的な制約がハードルになっていることを認めた。しかし、対策が間に合わなかった場合のダメージの大きさを考えたら、そうしたハードルを乗り越えてでも工事を前倒しできないものなのか。こう問いかけると、平山准教授はこのように答えた。

防災投資のコンセンサスができていない

「本来はそうあるべきなのですが、経済的な効率が優先される今の日本社会を考えると、将来の投資として災害対策にもきちんとお金を使うというコンセンサスができていないように思います。蛇口をひねれば水が出てくるのが当たり前になりすぎて、そういった水道文明を自分たちで支えていく水道文化が根付いていない。結局、一人ひとりの意識が変わらないと難しいのではないでしょうか」

平山准教授によれば、例えば東京都では、20立方メートルの水をつくるのに、およそ3900円のコストがかかるという。これに対して、家庭で月20立方メートルを使った時の水道料金は通常、月3000円以下。大半の都民は原価以下の料金で水を使い、その差額は、水を多く使うほど割高になる料金体系で、企業などの大口顧客に支えてもらう形で水道事業は維持されているという。

水道料金を値上げしてでも、耐震化工事を進めるべきなのか──合意形成は簡単ではないだろう。しかし、だからこそ、都民とのコミュニケーションが重要だと平山准教授は指摘する。

「水インフラを維持することの大切さや水道料金の意味などについての行政からの情報発信は、まだまだ不十分だと感じます。災害時の想定についても、例えば災害発生後に地中の管路(水道管)の状態を調べるのに、水道局員のマンパワーを考えたら、東京都で技術職員1人あたり約14キロメートル分を見なければいけない計算になります。短期間では到底無理ですし、水道局員も被災者になるわけですから、実際には被害状況の把握すらままならないでしょう。浄水場も被害を受けて停止すれば、復旧は容易ではない。『できないことはできない』とはっきり伝えて、都民に水の備蓄を促すことも考えなければいけないと思います」

都水道局の担当者は、「2カ所以上の主要な浄水場が停止したら、給水は維持できるのか」という私たちの質問に対して「可能な限り給水を確保していく」と繰り返し、「できない」とは決して言わなかった。もっと率直に「できること」と「できないこと」についてコミュニケーションをとったほうが、建設的な議論が進み、住民の覚悟や備えもできるのではないだろうか。

「広範囲で断水が発生した能登半島地震は、管路と浄水施設の両方が被害を受けた初めての災害でした。これを契機に、管路と浄水施設が機能停止した場合の想定についても、しっかり考えていかなければなりません」(平山准教授)

過密都市・東京の脆弱性を認識すべきだ

地震災害の軽減に取り組んできた福和伸夫・名古屋大学名誉教授(地震工学)は、約1400万の人口が密集する東京で水供給が停止した場合のリスクについてこう語る。

「他府県から給水車を集めるといっても、日本全体で給水車は1000台ほどしかないので、到底足りません。地方ならば井戸や湧き水も利用できますが、東京ではそれもできない。一軒家ならば雨水を集める手がありますが、マンションは悲惨です。特にタワーマンションの高層階などは、水道が無事でも電気が止まれば水を送り込めませんから、最も脆弱です」

浄水場をはじめとしたインフラ設備も、東京の人口が多すぎるために、巨大な「中央集約型」にならざるを得ない。しかし、こうした設備はひとたび災害などで停止すれば被害が広範囲に及び、復旧も容易ではない。これに対して、小型の設備を離れた地点に複数設置する「分散型」のネットワークのほうが、災害が起きた時にどこかが停止しても被害が及ぶ範囲は狭く、他でバックアップすることが可能になる。

こうした問題に対する解決策は、東京に過剰に集中した人口を地方に分散させること以外にないと、福和名誉教授は語る。

過密都市・東京(PIXTA)
過密都市・東京(PIXTA)

「何かあった時に1400万人分の水を運ぶことは不可能なわけですから、そもそも1400万人も集まって住んではいけないわけです。この問題を解決するには、人口を地方に分散させて東京を小さくすればいい。適正な規模は200万人程度ではないでしょうか。どちらに住むべきかといえば、地方のほうがいろいろなものが中央集約型ではなく分散型になっていますから、より安全です」

東京の人口を減らす──というと極論に聞こえるかもしれないが、政府が2023年7月に閣議決定した第3次国土形成計画にも、次のような記述がある。

東京への人口、諸機能の一極集中構造は、巨大災害リスクへの脆弱性を露呈させる。切迫する首都直下地震等により、甚大な人的被害の発生はもとより、サプライチェーンも含めた経済面において広域かつ長期にわたる甚大な被害の発生が想定されている。

国土全体にわたり人口や諸機能の広域的な分散を図り、東京への過度な集中を是正することは喫緊の課題である。

一人ひとりの防災への意識を高め、浄水施設を始めとしたインフラの強化に抜本的な策を講じるべきなのか。はたまた、「元凶」である東京一極集中の是正にこそ取り組むべきなのか。どちらにしても、「現状維持」が最も危険であることを認識すべきだ。

取材・文:POWER NEWS編集部

バナー写真:水道の復旧に向けて行われている漏水の有無の確認作業=2024年1月26日、石川県七尾市(時事)

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