和食は「麹(こうじ)」でできている

シンプルなのに複雑なうま味 ―和食の秘密は麹(こうじ)にあり―

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健康的でおいしいと世界から注目される和食を縁の下で支えているのが麹だということは、あまり知られていない。麹が和食の味わいを豊かにする理由を、発酵食品研究の第一人者が解説する。

発酵食品ってどんなもの?

世界中でさまざまな発酵食品が発達し、それぞれの風土に根差した発酵文化が形成されている。発酵食品は伝統食品であり、そのおいしさと健康効果は長い食経験によって裏付けられている。

発酵食品とは、微生物の代謝や酵素を利用した加工食品である。微生物は人類より先に地球上に存在していたので、発酵物はおそらく有史以前から自然発生しており、人類は食糧を保存するようになった過程で発酵現象に出合ったのであろう。そのおいしさに気付いて以降、人為的に発酵現象を再現し発酵食品をつくるようになった。こうして、その土地の主要な食物を利用した発酵食品が各地で発達していった。

和食のおいしさは発酵でつくられる

日本には多種多様な発酵食品が存在するが、アルコール飲料、ノンアルコール飲料、おかず類、調味料の4つに大別できる。アルコール飲料は酒や焼酎(しょうちゅう)、ノンアルコール飲料は甘酒、おかずとしては漬物、塩辛、納豆が該当する。

最もバラエティーに富むのが調味料である。醤油(しょうゆ)、味噌(みそ)、みりん、酢、塩麹などがある。日本の発酵技術は、多彩な調味料を生み出していることが特徴だ。発酵で調味する、発酵でおいしくする。つまり、日本の食事のおいしさは発酵でつくられている。

日本の味覚を代表する調味料、醬油(写真左)と味噌(右)も発酵食品
日本の味覚を代表する調味料、醬油(写真左)と味噌(右)も発酵食品

2013年、「和食」がユネスコの無形文化遺産登録に登録された。その際、和食の特徴として、多様で新鮮な食材と素材の味わいを活用すること、栄養バランスが良く健康的な食生活であることが挙げられた。これらはまぎれもなく、発酵の効果である。

麹とは何か

麹とは、穀物などに麹菌を増殖させたもの。米に麹菌を生やしたものを米麹、大豆に生やしたものは豆麹という。日本の酒と伝統的調味料の醸造において麹は欠かせない。醸造の現場には「一麹」という言葉があり、職人たちは何をおいても麹の質にこだわってきた。

米粒の周りに麹菌がびっしりと生えている
米粒の周りに麹菌がびっしりと生えている

ちなみに、一般的に使われる「麹」は中国から伝わった漢字。「麦」と、穀物の粒を包む意味合いの「匊」を組み合わせている。「糀」は明治時代に日本で作られた国字で、米にふわふわと菌が生えている様子を花にたとえた。

麹菌の働きとは

麹菌は消化酵素を分泌して、米や豆などの原料を溶かしながら菌糸を伸ばしている。そのため、麹には消化酵素が大量に蓄えられている。

その内容はデンプン分解酵素やタンパク質分解酵素など多種多様だ。デンプン分解酵素は原料のデンプンを分解して可溶化、さらにブドウ糖にまで分解して甘味を生み出す。タンパク質分解酵素は大豆などのタンパク質を分解して、アミノ酸が鎖状に結合したペプチドをつくる。ペプチドがさらに分解されると20種類のアミノ酸になる。そのうちグルタミン酸はうま味成分なので、アミノ酸が増えると、おいしさも増す。

微生物の中でも、麹菌は特に酵素生産力が優れている。先人は麹菌の酵素を活用し、米や大豆から甘味成分やうま味成分をつくりだし、旺盛に発酵させた。こうしてできたのが味と香りの豊かな食品、すなわち発酵食品である。

麹菌の働きにより、米からアルコールと芳醇な香りが生まれてできたのが日本酒。一方、米や大豆から豊かなうま味がつくられてできたものが、味噌や醤油である。

酵素分解で生じた糖やアミノ酸は、乳酸菌や酵母の栄養となり、さらに複雑な味と香りが醸成されるので、麹菌は発酵の土台を築く上でも重要である。米酢、みりん、焼酎、塩麹、いずれも麹菌の働きで造られる。日本の食卓は麹菌なしでは語れない。

日本の国菌・麹菌は「家畜化されたカビ」

そのため日本醸造学会は2006年に、麹菌をわが国の「国菌」と制定した。麹菌は、味噌や甘酒向きで最も用途が広いアスペルギルス・オリゼーのほか、主に醤油向きの菌、焼酎や泡盛向きの菌など、種麹(たねこうじ)として使われるいくつかの菌の総称である。

種麹とは、麹を造る元になる種菌のこと。日本では古くから、この種麹を扱う「種麹屋」が各種の麹菌を純粋に培養・管理し、醸造業者は種麹屋から種麹を入手していた。

日本の国菌の一つ、アスペルギルス・オリゼー(筆者提供)
日本の国菌の一つ、アスペルギルス・オリゼー(筆者提供)

麹菌の祖先は、分類学的に近いことからアスペルギルス・フラバスというカビ菌と考えられる。これは強い毒性を示すが、現在の麹菌に毒はない。

実は最近のゲノム解析で、麹菌では毒を生成する遺伝子が働かないと分かり、安全性が科学的にも証明された。つまり日本人は、1000年以上の長い時間をかけて危険なカビを飼いならし、家畜化することで豊かな和食文化を構築してきたのである。

麹菌は酵素がすごい!

さらにこのゲノム解析により、麹菌は他のカビと比べ消化酵素の遺伝子が豊富で、タンパク質分解酵素だけでも100種類以上の遺伝子があることが判明した。

麹菌の酵素はそれだけに強力で、醸造工程後も製品の調味料に残存している。酵素の活性は失われることなく、その後の調理工程でも効果を発揮する。

例えば、甘酒や塩麹を造るとしよう。麹菌のデンプン分解酵素が働き米デンプンを消化すると、ブドウ糖が生まれて強い甘味が生じる。その後も酵素は活性を失わず残っているので、デンプンの多い食材の調理に甘酒や塩麹を用いると、酵素が作用して甘味が増える。放置すれば食材が溶けて液状化することもある。

一方、肉や魚などタンパク質が豊富な動物性食品の調理に甘酒や塩麹を使うと、うま味が強くなったり、食材が軟らかくなったりする。葉物野菜など、デンプン質もタンパク質も少ない植物性食品の場合でも、細胞壁が酵素でダメージを受けて味が染み込みやすくなる。

麹調味料を肉や魚の調理に使うと、うま味が増し、食材が軟らかくなる
麹調味料を肉や魚の調理に使うと、うま味が増し、食材が軟らかくなる

下ごしらえの際に食材を切るなど物理的なダメージを与えることで、食材の細胞が破壊される。すると内容物の成分や酵素が溶出し、成分間で反応が起こる。これは、味や香りが生まれるメカニズムの一つである。

麹は一般の食材よりもはるかに強い酵素力を持つので、調理工程で麹を用いると、大きな成分変化を引き起こす。麹を使った醸造調味料はいずれも麹酵素が原料から引き出した豊かな香味成分を含み、特に味噌や塩麹、甘酒には麹酵素が残存する。麹調味料を使うことは「素材からうま味を引き出す」手法であり、和食の調理技術であるといえる。

魚を味噌に漬けるのも、麹調味料の特性を生かした調理法
魚を味噌に漬けるのも、麹調味料の特性を生かした調理法

和食ならでは「シンプルなのに複雑な味わい」

調味料の役割は「味を調える」ことであるが、塩や砂糖の場合は単純で、加えた分だけ塩味や甘味が濃くなる。対して麹調味料は複雑な味成分を含むうえ、酵素の作用で食材からも甘味やうま味物質などが生じるため、加えた以上の効果が得られる。

西洋で発達したソース類、スープストック類などの調味料は、多種の食材のうま味を抽出し濃縮したもの。かたや日本の麹調味料は、単一または少数の原料から、発酵の力でうま味や複雑な味を引き出して造られる。和食は調理がシンプルなのに、私たちが複雑な味わいを楽しめるのは、こうしたわけである。

魚を味噌に漬けて焼くだけなのに複雑な味わいがある
魚を味噌に漬けて焼くだけなのに複雑な味わいがある

麹は健康づくりにも役立つ

麹酵素が生むのは、おいしさだけではない。麹酵素が食材に作用して生じた分解物に、健康効果があることが明らかになっている。

デンプン分解物には、グルコース(ブドウ糖)の他に、多種のオリゴ糖が含まれる。オリゴ糖には腸内環境を整える働きがあるので、便秘や下痢の改善、免疫機能の向上、それによる感染症予防やアレルギー抑制などの効果が期待できる。

一方、タンパク質分解物にはさまざまなペプチドが存在する。ペプチドの構造は多岐にわたるが、例えばある構造のペプチドには血圧降下作用があり、また別の構造には抗酸化作用があるなど、機能性は多様である。食品は多かれ少なかれタンパク質を有しているので、麹を使った発酵食品には必ずペプチドが含まれる。

食品のペプチド含有量を調べるには、特殊な機器による煩雑な分析が必要である。しかし先述のとおり、発酵が進みうま味が感じられるようになれば、タンパク質分解も進んでおり、ペプチドも増えている。麹による発酵で食材がおいしくなることは、健康効果の高まりをも示唆している。

発酵食品は「おいしい=ヘルシー」
発酵食品は「おいしい=ヘルシー」

未来につなげたい麹食文化

「菌食」という言葉がある。キノコ、カビ、酵母、細菌などの微生物を食すること、すなわち発酵食品を食べることを指す。発酵食品には微生物の菌体、あるいは微生物が生産した代謝物や、微生物酵素によって生じた分解物が含まれている。

そして、伝統的な和食はもちろん日本の食事には、麹菌を用いて発酵させた調味料がほぼ間違いなく使われている。麹調味料を使うと麹酵素の分解物による健康効果が得られるうえ、あらゆる食材を豊かに香味付けできるので、「調味料を過度に必要としない」という点からも、食卓の健康度をより高められる。

日本人の健康的な食生活を支えているのは麹食である。日本の食は時代とともに変化しているが、麹食は未来につなげていきたい文化の一つであると確信する。

(提供写真を除き、バナー、本文中の写真はすべてPIXTA)

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