
日本の財政:タイタニック号の売店で安売りをするの図
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最近の国会中継を見ていると、所得税の「103万円の壁」に代表されるような、国債増発を暗黙の前提とする積極財政の議論が多くを占めている。
現下の物価高騰で生活が困窮している人々への支援は短期的には確かに必要だ。しかしながら、前回のコラムでも触れたように、この30年ほどの間に日本の国際的な競争力は著しく凋落(ちょうらく)した。深刻な人口減少が今後も続く中、競争力を再構築しながら生産性を向上させる民間の供給サイドの改革が非常に大事である。物価上昇を持続的に上回る賃上げを実現するにはそれが必須と考えられる。
それを欠くと、言ってみれば、氷山に衝突して既にかなり沈んできたタイタニック号の中で、「売店の割引クーポン券をもっと配るべし。その方が売店の売り上げが増えるはず」と人々が夢中になって議論しているような事態になる恐れがある。
財政による支援策だけでは日本国民は長期的には豊かになれない。下のグラフは、2001年から24年にかけての政府の借金と経済成長の関係を表している。
横軸は主な先進国(人口600万人以上)の純政府債務(政府債務残高から政府保有の金融資産を除いたもの)残高の対名目GDP(経済規模)比の増減である。縦軸は累積の実質GDP成長率だ(IMF資料より)。
日本政府の借金はこの中で最も大きく増えている(日本は緊縮財政だという声が最近よく聞こえてくるがファクト・チェックに誤解がある)。しかしながら、経済成長率は残念ながら日本は最低グループにいる。
2001~24年の間には、リーマン・ブラザーズ破綻以降のグローバル金融危機や新型コロナ・ウイルス危機という2つの激しいショックがあった。それにもかかわらず、グラフを見ると、政府債務がほとんど増えていない、または顕著に減っている国が多数存在している。しかも彼らは日本よりも成長していることに驚かされる。
そういった国々は皆、財政による需要拡大策はサステナビリティ(持続可能性)がないと考えている。その財源として増税や歳出削減を行い続けることは無理があり、結局、国債増発に依存することになってしまうためだ。このため、財政資金を使うにしても、民間の成長力を引き出す政策に使われている。
それらの国々の財政健全化に対する意識は非常に強い。ドイツやスイスは安易な財政赤字拡大を禁じる「債務ブレーキ」を憲法で規定している。その背景には、今の現役世代が借金のツケを将来世代にまわすのは不公正だという考えがある。
昨年11月にドイツで連立政権が崩壊したが、きっかけは日本円換算で(わずか)1.4兆円の歳入不足にどう対処するかで首相と財務大臣が大激突したことにあった。次期政権を担うことになるドイツの2大政党が3月4日に、これまで厳格過ぎた「債務ブレーキ」を見直す方向を発表したが、日本に比べれば遥かに財政規律は維持されそうだ。
なおドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)は近年、若い世代から高い人気を得ている。しかしAfDは、「債務ブレーキ」の維持を強く主張している。非常に興味深いことにドイツではポピュリズム政党が財政健全派に位置しているのである。
スウェーデンでは、健康年齢が80歳を超えていると判断された高齢者が倒れた場合、原則的に胃ろうなどの延命治療は行われない。終末期の人々の尊厳を重視しているためだが、同時にそれによって財政の健全性を維持し、節約された財政資金を若い世代の教育や医療に投入している。
デンマークでは、防衛費を増強するにあたって、国民の祝日を1日減らす法案が2023年2月に可決され、300年以上続いたキリスト教系の祝日が廃止された。同国の国民負担率(国民所得に対する税と社会保険料の比率)は非常に高い(21年で65%、日本は48%)。増税余地が限られる中、防衛費拡大の財源として政府・国会は国民に1日多く働いて税収を増やすように求めたのである。
これら4カ国だけでなく、海外のほとんどの先進国において、財政赤字の持続的な増加は危険と考えられている。米国のピューリサーチ・センターによる世論調査でも、米経済にとっての懸念事項として「財政赤字」を挙げる人の割合が、2019年の48%から今年は57%へと上昇してきている。またパウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長は、今のような米国の財政運営は将来的にはサステナブルでなくなると警告を発している。日本では国債はいくらでも発行できると考える人が近年増えているが、実はその弊害はもう既に現れている。経済規模比世界1位の巨額国債発行残高ゆえに、日本銀行は国債の金利が暴騰し始めることを強く恐れており、日本のインフレは今や欧米以上なのに日銀の金融緩和修正は超スローペースだ。それが円安を招き、食品やエネルギー価格の急騰を起こして、われわれの生活に重くのしかかってきていることを認識する必要がある。
バナー写真:役職停止期間が終わり、記者会見する国民民主党の玉木雄一郎代表=2025年3月4日、国会内(時事)