コラム:私の視点

「AI全振り」の先にある本当の論点

経済・ビジネス 社会

新聞社の経営トップの言葉が、これほどSNSで話題になるのも久しぶりのことだ。

今月、日本経済新聞が新聞週間の企画として国内外の有識者インタビューを掲載した。筆者のインタビューもその一つだったが、とりわけSNSで注目を集めたのは、読売新聞と朝日新聞の両社長の発言だった。

なかでも議論を呼んだのは、朝日新聞の角田克社長が「AI全振り」という言葉を用い、報道へのAI活用を強く打ち出したことだ。一方、読売新聞の山口寿一社長は、AIについて「取材・報道の過程では安易に使うべきではない」と慎重姿勢を明確にした。このコントラストが、ジャーナリストや言論人を中心に大きな反響を呼んだ。

ただ、筆者が興味を持ったのは、両社長の立場の違いそのもの以上に、それを受け止める側の反応の違いだった。主に新聞社を辞めたジャーナリストらが「AI全振り」に軒並み拒否反応を示したのに対し、他業種出身のユーザーや言論人からはむしろ賛意を示すか、今更そんな議論で盛り上がっているのかと驚いてみせるような反応があった。筆者には、このコントラストの方が、報道産業の現在地をよく表しているように思えた。

“Technology will always win”という有名な警句がある。インテルの元CEO、アンディ・グローブの言だ。テクノロジーは常に勝つ。テクノロジーの普及を遅らせることはできても、最終的にその浸透自体は止められない、という趣旨である。筆者の考え方もこれに近い。これほど急速に技術が進化する時代に、AIから距離を取れば安全圏にいられるということはあり得ない。自分がAIを使わなくても、情報流通の構造、消費者の行動、競争環境といった外部環境の方が否応なくAIによって変わっていく。いわば“AI will always win”という前提を共有したうえで、ビジネスモデルをどう再構築するか、という議論をする方が生産的だ。

そもそも、AIの活用がそのまま人間の記者の価値を損なうわけではない。AIを駆使することと、人間の記者が活躍することは本来両立する。テクノロジーを使いながら、記者は人間にしかできない取材に集中し、より良いコンテンツを生み出す。そこに矛盾はない。「AIを使うか否か」といった問いが、どこか的外れに見えるのはそのためだ。製造業をはじめ、日本の多くの産業はAI以前から自動化や機械化を進めてきた。生成AIの勃興も相まって、各業界とも「○○DX」といったワークフローの革新で花盛りだ。それらと比べて、2026年になってもなおAI活用のそもそもの是非論が話題になる報道産業はどこか牧歌的ですらある。

筆者が「報道の機械化」という言葉を使い、ビジネスとジャーナリズムをテクノロジーで両立しようと唱え始めたのは、AIリスク情報サービス「FASTALERT」を開発した2016年ごろだった。「機械化」という言葉をあえて使ったことで、以前はかなりハレーションを生んだことは否定できない。だが、筆者の意図はもちろん、人間の仕事を乱暴に機械へ置き換えることにはない。機械にできることは機械に任せることで、人間が人間にしかできない仕事へ注力できる土台をつくるべきだ、ということである。新聞好きのニュースオタク、つまり「注文の多い読者」の側から業界を見た時、不足している発想を言語化したつもりだ。

こうした言語化をあえて試みた背景には、報道産業の例外的な特徴がある。ほかの業種に比べて、圧倒的に人海戦術とアナログなワークフローが残っていることだ。

報道機関には「編集と経営の分離」という考え方がある。編集、つまり記者の取材や編集の積み上げに経営が直接関与しないという発想であり、その延長で営業部門と編集部門も交流は少ない。この構造には、ジャーナリズムの独立性を守るという重要な意義があった。しかし、構造が固定化した結果として、報道産業は「製販連携」という他業界では常識的な発想を著しく欠いてしまう弊害も生じた。

これが製造業であれば、製造部門と販売部門が互いに交流せず分断されることはない。企画や開発の段階から営業や市場の声を踏まえ、どうすれば市場に受け入れられる製品になるかを考える。販売側も、それをどう顧客に届けるかに知恵を絞る。いわばマーケット・インの発想である。

ところが新聞社では長らく、こうした発想が弱かった。読者や市場の変化を見ながら、何をどう作り、どう届けるかを組織全体で最適化するという、他業種では当たり前のサイクルが回りにくかった。結果として、報道機関は他産業に比べてデジタル化や機械化で大きく立ち遅れ、人件費が重たいまま収益も影響力も下がり続けるというビジネスモデルの構造が残ってしまった。

トップが「AI全振り」と宣言してまで旗を振るのも、結局はその構造問題への危機感の裏返しだろう。本当に問われているのは「AIか、人間か」という二者択一ではない。AI活用を前提に、人間の仕事の質と量をどう引き上げるか。消費者から再び支持されるサービスへどう変えていくか。そして、業界特有の構造的制約を乗り越え、持続可能性をどう担保するか。今報道産業に突きつけられているのは、そうした問いではなかろうか。

バナー写真:米国のテクノロジー大手、OpenAIと共同出資会社を設立し、企業向けに高度なAIを提供することを発表したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2025年2月3日、東京(AFP=時事)

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