コラム:私の視点

USAIDの解体とウガンダに暮らす難民

国際・海外 文化

昨年の1月、ドナルド・トランプ米大統領は第2期政権の開始と同時に国の対外援助機関であるUSAID(米国国際開発庁)の解体を表明した。これにより、世界各地で展開されていた支援事業が即時停止・撤退に追い込まれ、国際援助に携わってきた約25万人以上が職を奪われたと言われている(※1)

USAIDからの支援を必要としていた人々は、命が脅かされる事態になった。私が現地で事業を行っているウガンダ共和国も例外ではない。世界で5番目に多い支援額をUSAIDから受けていたことから(※2)、国内でさまざまな影響が出ている。

なぜウガンダへの支援額が大きかったのか。それはウガンダに多くの難民が集まっているからである。

ウガンダは現職のムセベニ大統領が政権をとるまでは動乱の時代が続き、多くの難民を国外に出していた。ムセベニ政権はそのときに周辺国が難民を受け入れてくれた恩義があるとして、今は逆に周辺から難民を受け入れる立場を表明している。こうして現在では南スーダン、コンゴ民主共和国、エリトリアなどの国から来た190万人ほどの難民がウガンダで暮らしている。

日本と大きく異なるのは、人数の多さもさることながら、難民への待遇である。ウガンダ政府は「オープンドア・ポリシー」を掲げ、難民たちに自国民同様の権利を与えている。例えば、土地を与えて居住を促すほか、移動の自由や仕事を選ぶ自由を認め、難民の子どもにも教育を受けさせるなど、ウガンダ国内で暮らすのに必要な最低限の権利が保障されている。

ただし、ウガンダ政府が単独で難民支援に当たってきたわけではない。だからこそ、USAIDの解体は、政府にとっても難民たちにとっても多大な影響を及ぼした。一番大きなところでは、難民向けに提供されていたクーポンがカットされたことだ。一人あたり2万8000シリング(約1200円相当)が毎月配布されていたのに、ある日突然カットされてしまった。これにより食事の回数が1日1回になってしまった家族や、子どもを学校に行かせたり、医療を受けたりすることができなくなってしまった家族が続出している。中にはウガンダでの暮らしを諦め、政情不安な母国の南スーダンに帰ってしまった人もいる。

私が経営するRICCI EVERYDAYでは現在、UN Women(国連女性機関)や日本の国際NGO・ピース・ウィンズ・ジャパンなどとコンソーシアム型のプロジェクトを作り、ウガンダ北部に暮らす南スーダン難民や、受け入れコミュニティのウガンダ人向けに職業訓練を行っている。より高度な縫製技術やマーケティングの考え方を身につけることで、ローカル市場だけでなく、首都にある市場やグローバル市場で商品を販売できるようになることを目的としている。これまで私たちが培ってきた経験を、難民向けに「横展開」しようとするプロジェクトだ。

モノづくり、とりわけ縫製や手工芸といった分野には、他の産業にはない独自の特徴がある。まず、必要な資材が手に入りやすく、初期投資が少なくて済む。これは、資本をほとんど持たない難民にとって、活動を始める上でのハードルを下げてくれる。また労働集約型であるがゆえに、作った成果が目に見える形で現れ、達成感を得やすい。さらに縫製や手工芸の技術は換金性が高く、生活を下支えする手段として有用だ。

モノづくりが軌道に乗ってくると、難民の生活にさまざまな好影響をもたらす。

技術を身につけることで経済的な自立への道が開けるだけでなく、自分の手で何かを生み出したり、顧客からポジティブなフィードバックをもらったりするという経験が自信の再確立につながる。収入を得て地域社会と関わることは社会統合を促し、手を動かすことそのものがメンタルヘルスにも良い影響を与える。

そして何より、自分のルーツに根ざした伝統技術を生かすことは、故郷を離れた人々がアイデンティティを保ち、取り戻す力にもなる。モノづくりは、単なる「仕事」ではなく、難民が尊厳をもって生きるための、静かで力強い手段になると確信している。

バナー写真:ウガンダ北部での職業訓練プロジェクトの様子(筆者提供)

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