コラム:私の視点

「真偽不明爆発」の時代とジャーナリズム

社会 文化

「冷戦」「ステレオタイプ」など、後世広く使われる言葉を生み出した米国人ジャーナリストのウォルター・リップマンは、現代メディア研究の源流に位置する思想家でもあった。

彼が一貫して問うたのは、複雑な社会で市民が判断するための事実を、誰が、どう供給するのかであった。報道は単なる商品ではなく、民主主義を支える公共サービスである。ニュースの熱心な消費者である筆者は深く共感するところだが、今やこの感覚が社会全体で共有されているとは言い難い。ニュースの担い手であるマスメディアの「非マス化」と、消費者の「ネットシフト」が加速度的に進んでいるからだ。

今月発表されたNHK放送文化研究所の「2025年国民生活時間調査」によれば、平日に15分以上テレビをリアルタイム視聴している人は全体で71%となり、2020年(前回調査時点)の79%から低下した。このうち16~19歳は27%、20代は33%、30代は43%と、若年層では半数を割っている。総務省が毎年行っている「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」でも、2021年以降全年代の平均でネット利用時間がテレビ視聴時間を上回る状況が定着していたが、さらに若い世代のテレビ離れ、いや、ネットシフトが進んでいることが可視化された格好だ。

一方、ちょうど時を同じくして発表された別の調査結果も示唆的だ。英オックスフォード大ロイター・ジャーナリズム研究所によれば、世界48カ国を対象にした調査で、ソーシャルメディアや動画プラットフォームからオンラインニュースに触れる人は54%となり、報道機関のWebサイトやアプリ経由の51%を初めて上回った。ニュースに接触する場が報道機関の媒体から、ソーシャルメディアに移り変わる傾向は世界的なものであることが分かる。

希望が持てるのは、ニュースそのものへのニーズが消えたわけではないことだ。ニュースは消費される「場」が変わったのであり、消費されなくなったわけではない。

情報空間をめぐる状況は、スマートフォンとソーシャルメディアの普及で発信者が爆発的に増えた「情報爆発」の時代から一歩進み、生成AIの影響で真偽不明な情報が低コストで大量に作られて流通する「真偽不明爆発」の時代に突入しつつある。2022年、静岡県を襲った大雨の被害に便乗してAIで作られた架空の浸水被害の画像が拡散され、偽・誤情報が新たな社会問題として注目された。今ではこんなことはいちいち話題にならない。災害や紛争のたびに生成AIによる偽の動画が拡散されるようになり、確かな事実の方が希少に見えるからだ。

偽情報への疑心暗鬼を政治資源として活用する政治家も現れた。偽情報が増えるほど「本物」の情報まで疑われるようになった。政治家や権力者が、都合の悪い映像や報道を「AIではないか」「フェイクだ」と指摘し、支持者がそれに同調する。こうした現象は「liar’s dividend(嘘つきの配当)」と呼ばれている。2019年にアメリカの法学者が提唱した概念だが、アメリカに限らず世界的に類例が増えている。

疑心暗鬼の広がりは選挙や政治、災害に限ったことではない。著名人になりすました広告やアカウントが利用者を閉鎖的な投資グループへ誘導し、金銭をだまし取る被害は日本国内でも増えており、なりすまされた著名人らが怒りの声を挙げている。こうした事態が今後さらに増えれば、金融取引や本人確認も疑心暗鬼の対象になるだろう。

また、コロナ禍では、ウイルスやワクチンをめぐる偽情報が健康被害を招き、公衆衛生当局や医療への信頼も損ねた。偽・誤情報の拡大は公衆衛生、金融、行政、民主主義といった社会システム全体に深刻な負荷をかけている。

市民が判断するための「事実」の供給へのニーズは(それをマスメディアが担うことが支持されるかは別として)高まりこそすれ、低くなることはない。裏付けのある事実を継続的に供給する組織ジャーナリズムを公共サービスとしてどう持続可能にするかだ。

相次いで公表された調査は、われわれに「ビジネスとジャーナリズムの両立」という古くて新しい課題を改めて突きつけている。

バナー写真:ディープフェイクの技術を使って作られたロシアのプーチン大統領の動画(画面右)とオリジナルの動画(同左)=米ワシントン、2019年1月撮影(AFP=時事)

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