美術家・長坂真護 —資本主義を“ハック”して世界最大級の「電子機器の墓場」を廃棄物アートで再生
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利益の大半をガーナに還元
長坂真護さんが唱える「サステナブル・キャピタリズム」とは、これまでの資本主義を持続しようという意味ではない。むしろその逆だ。大量生産・大量消費を是とする資本主義を利用しつつ、そのシステムを“ハック”し(乗っ取り)、資本主義がつくり出した闇の浄化を目指している。
「僕が考えるサステナブル・キャピタリズムとは、これまでの経済成長至上主義をやめ、経済、文化の発展と環境保全をバランスよく循環させること。多くの人たちがこの考えを理解し行動すれば、地球環境が改善するし、人権軽視や格差問題も是正されていくと思うんです」
2022年には1000枚の絵を描き、8億円売り上げた。2億円で売れた大作もある。自分の収入は売り上げの5%と決め、さらに税金やランニングコストを除いた額を、ガーナのスラム街アグボグブロシーの環境改善事業に投資している。
小規模ながら有害ごみを安全に処理するリサイクル工場を建設し、二酸化炭素を吸収するオリーブ、コーヒー、栄養価の高い“スーパーフード”「モリンガ」を栽培する農地も購入、現地の雇用も創出している。子供たちのためのフリースクールも開校した。
だが、まだ壮大な目標に向けて1歩踏み出したばかりだ。
3万人の雇用創出が目標
「いずれは、スラム街に住む3万人の人々が健康被害に遭わず、人生に誇りを持って暮らせるようなスマートシティをつくりたい。そのためには、全員を雇用できる事業を創出しなければなりません」
リサイクル工場や農業を拡大し、将来は電動(EV)キックボード、EVバイクの工場建設も構想する。
「現地の名門、ガーナ大学と友好関係にあるので、技術者の採用はすぐにでもできます。今、共同で衣料品を土に還す研究も進めています」
ガーナは世界最大級の電子機器廃棄場になっているが、アパレルも同様。リサイクル、あるいは寄付という名目で、世界各地から毎週1500万着もの古着が集まる。その4割は首都アクラ近郊の海に不法投棄されている。化学繊維やボタンやファスナーなどのプラスチック素材が、深刻な海水汚染を引き起こしているのだ。長坂さんは、電子廃棄物だけでなく、ごみ化したアパレルを素材にしたアートも発表している。
一方で、廃棄された衣料品を土に還せないかと考え、粉砕した繊維を水、牛糞(ふん)や木くずなどと混ぜ合わせ、質のいい土壌(ソイル)を作る実験を同大学と共同で始めた。
「調合の最適な割合を見つけるのが難しい。成功すれば僕らの農場でも使えるし、地球環境循環型の仕組みも提示できるはずです」
路上の絵描きからの転機
なぜこれほどまでに、ガーナのスラム街の環境問題に注力するのか。
「僕はほんの5年前まで、年収100万円の路上の絵描きに過ぎなかった。税金や年金を払ったこともなく、いわば社会脱落者。そんな僕が2017年にアグボグブロシーを訪問し、人生が一変したんです」
子供の頃から集団生活が苦手で、植物や動物の図鑑をまねた絵ばかり描いていた。高校卒業後、文化服装学院に進学、才能が開花した。ファッションコンテストでは常に優勝していたのに、英国留学が懸かった卒業コンテストに限って準優勝に甘んじた。どうしても英国に留学したかった長坂さんは、母親に「僕には才能がある。だから留学させてほしい」と懇願したが、「学生時代に伸びたのは鼻だけ。天狗(てんぐ)になってる!」と一喝された。
手っ取り早く資金を稼ぐため、新宿歌舞伎町のホストになった。初めは接客の仕方が分からず「地蔵」と呼ばれていたが、8カ月後にはNo.1ホストに。だがその1年後、「大義の無いお金は稼いでもむなしい」と退職し、蓄えた3000万円を元手にファッションブランドを立ち上げた。ホストの成功体験から、起業すれば絶対にうまくいくと信じていた。
ところが、ビジネスのイロハを知らなかったため、1年で資金が底を尽く。「“お金が溶ける”とはこういうことかと、在庫の山を見て途方に暮れました」
全てを失い、元手がかからない路上画家になった。中古車に画材を積み、車に寝泊まりしながら全国を回ったが、絵はほとんど売れなかった。アーティストとしてもっと腕を磨かなければと、2012年、27歳でニューヨークに渡った。
「ニューヨーク滞在中の1年半、路上画家をやりながら画廊を500軒ぐらい回りました。でもどこでも門前払い。さすがに心がずたずたになった」
一時帰国し、14年、30歳でフランスへ。パリを拠点に欧州の各都市を回った。店の看板などを描きながら食事やビールをごちそうになる日々の中で、資本主義がもたらした現実をいやというほど目にした。華やかな表通りを一歩入ると、ごみ箱をのぞく生活困窮者がどの都市にも少なからずいたのだ。
この頃から、得意の美人画とともに、平和への希求を表現した作品を多く描くようになった。15年、パリ同時多発テロが勃発。
「街全体がおびえていました。そんな張り詰めた雰囲気の中で、これまで僕が描いてきた作品なんて1ミリも役に立たないと思い知らされ、絵を描くのが嫌になりました」
資本主義の深い闇
帰国後、何気なく手にした経済誌の写真にくぎ付けになった。フィリピンのゴミ捨て場と周辺のスラム街・スモーキーマウンテンの光景だった。胸がザワザワした。もっとゴミ問題を知りたいと調べて驚いたのが、ガーナのスラム街・アグボグブロシーの深刻さだ。先進国から毎年25万トンの電子機器廃棄物が持ち込まれ、東京ドーム32個分のエリアを覆いつくしている。
2017年6月、意を決し現地を訪れた。想像をはるかに超えた劣悪さだった。川はどす黒く染まり、空は黒煙に覆われている。プラスチックやゴムを燃やす悪臭、動物の糞(ふん)や食物の腐敗臭が混ざり合い、息をするたびに、目まいがするほどだ。日本から持参したガスマスクを着けて歩を進めると、(ごみを集めて生活する)スカベンジャーの男たちが、殺気立った目つきで、何しに来たと罵声を浴びせてきた。
命の危険も感じたが、ここでひるんでは中途半端な人生を送ってきた自分に戻ってしまう。意を決し、翌日もその翌日もゴミ焼き場に足を運んだ。
男たちと少しずつ言葉を交わし、打ち解けていくうちに、「電子機器の墓場」の内情を知った。焼き場から出る煙には鉛、水銀、ヒ素、カドミウム、PCBなどの有害物質が多く含まれるため、ここで働く人たちは30代半ばで深刻な病に侵されてしまう。その対価は、1日12時間働いて500円。
廃棄場は冷蔵庫や電子レンジなどの家電、電子基板、キーボード、ゲーム機器、スマートフォンなどで覆い尽くされていた。よく見ると “Made in Japan” の刻印もあった。この現実に長坂さんは、「自分を絞め殺したくなった」と語る。
「路上画家時代、アメリカやフランスでスマホやタブレット、あるいはブランド品を仕入れ、それを日本で売る “セドリ” (転売)で生活していました。僕はこれまで、彼らの命を引き換えに生活していたのかと思うと、とても平常心ではいられなかった」
アグボグブロシーで知った資本主義がもたらした深い闇。これまでも華やかな大都市の裏路地で大量生産・大量消費社会が生み出したゆがみを見てきたつもりだったが、その比ではなかった。先進国の豊かな生活は、彼らの犠牲の上に成り立っている事実をまざまざと見せつけられた。
1週間ほどの滞在で知り合った住民たちに、電子機器のゴミを日本に持ち帰って作品を作り、アグボグブロシーの現実を世界に訴え、作品が売れたらその資金でリサイクル工場を作ると宣言。その瞬間、人生の時計の針が音を立てて動き出した気がした。
ごみアートに1500万円の価値
2018年3月、銀座の個展で、現地の少年を描いたゴミアート『Ghana’s Son』に1500万円の値が付いた。なぜごみの絵が高額で売れたのか。先進国によるアグボグブロシーでの搾取を、“反転”した結果だと長坂さんは考える。
「彼らの貧困は、先進国で暮らす人々の富と対の関係にある。もし僕が秋葉原で電子部品を調達して作品を作っても、ほとんど価値がないと思う」
以後、時代の変化に敏感な経営者たちが、長坂さんの作品はSDGsが可視化できると注目。数百万から数千万、時には億単位の価格で次々に売れている。展覧会の予定は3年先まで決まっているという。
「ほんの数年前まで社会の底辺者だった僕が、年間10億円近く稼げるようになったのは、スラム街の人たちの犠牲を“レバレッジ”しているから。収益を彼らの環境改善のために投資するのは当然です。絵の売り上げで経済を回し、心豊かにする文化を育み、地球環境だけでなく人権問題、労働環境も是正する。僕の行動の根底にあるのは、経済、文化、環境をバランスよく循環させる “サステナブル・キャピタリズム”。目的は先進国と途上国のさまざまな格差を縮めることです」
資本主義の “闇” が詰まった自分のアートの価値が描けなくなる(素材のごみがなくなる)のが理想と語る長坂さんは、これからも地球というキャンバスにサステナブル・キャピタリズムの絵を描き続ける。
バナー:ガーナからの電子ごみを手にする長坂真護さん
撮影:花井智子(バナーおよびアトリエ内の写真)