多国間主義での解決を:現在と将来の課題に取り組む国連―来日したガイ・ライダー事務次長に聞く

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Nippon.comの赤阪清隆理事長が、来日したガイ・ライダー国連事務次長(政策担当)にインタビューし、世界が現在抱える課題に対する国連の取り組み、2024年に開催を予定する「未来サミット(Summit of the Future)」の概要などについて聞いた。

ガイ・ライダー Guy RYDER

国連事務次長(政策担当)。英国リバプール生まれ。ケンブリッジ大学、リバプール大学で学んだ後、英国労働組合会議(TUC)国際局に勤務。国際自由労連(ICFTU)などを経て、2012年から22年まで国際労働機関(ILO)事務局長を務めた。同年10月から現職。

試練に直面する国連

赤阪清隆 まず、ウクライナ戦争について伺いたい。グテレス国連事務総長は、ロシアとウクライナが真剣な和平交渉を行う段階にはまだない、と述べている。西側諸国は広島での先進7カ国(G7)首脳会議で団結を示したが、世界の人々はまだ戦争がいつどのように終わるのか、そして国連がどのような役割を果たすのか、疑問に思っている。

ガイ・ライダー  戦争がいつ、どのように終わるかは正直見通せない。ロシアによるウクライナ侵攻は国際法、そして国連憲章への明らかな違反だ。グテレス氏はモスクワ、キーウの双方を訪れ、指導者らとも話をしているが、和平交渉に向かう環境にはまだない。

だが、このことをもって国連が活動していないという意味には取らないでほしい。世界には多くの紛争があるが、とりわけ今回のウクライナ戦争は食料、燃料とエネルギーの供給、金融分野で世界的な二次的影響を及ぼしている。「グローバル・サウス」の多くの国は、これら3分野で困難に直面している。国連は、これらの問題対処に懸命に努力している。トルコ、ロシア、ウクライナの各国を仲介した「黒海イニシアチブ」で、食料と肥料の輸出継続を可能にしていく。協定は2カ月間の延長が決まったばかりで、われわれは再延長のために努力を重ねている。

また、あまり知られてはいないが、国際原子力機関(IAEA)と協力してザポリージャ原子力発電所の核セキュリティに取り組んでいる。捕虜交換を含む人道的活動も進めている。和平の将来は不確実なままだが、国連はこれらの分野で活発に活動してきた。

赤阪 国連は2024年の「未来サミット」開催に向けて準備を進めている。戦争が長引くと、このサミットでの合意形成にどのような影響が出てくるだろうか。

ライダー ニューヨークの国連本部でも他の国際機関でも、ウクライナ戦争の影響は大きく、多国間の外交交渉に緊迫をもたらしている。しかし状況がどうであれ、国連は断固としてサミット開催準備を進めている。

未来サミットは、多国間主義を強化し、それをより効果的でネットワーク化されたものにし、将来の多くの深刻な課題に対処するためのより良い装備を整える、このような機会を提供していく。われわれは、加盟国がこのサミットの機会に、「未来のための協定(Pact for the Future)」に参画することを期待している。このサミットは、持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた行動の「ターボチャージャー」として位置付けられる。

未来のサミット開催の取り組みは、今年9月の(国連総会の下で開催される)SDGサミットにとって代わるものではない。実際にグテレス事務総長は、多国間分野における今年の重要なイベントはSDGサミットであり、その成功は未来サミットの成功への道につながるだろうと繰り返し述べている。

SDGs目標達成にてこ入れを

赤阪 グテレス事務総長は、SDGsの達成はまだ遠いと述べている。しかし、ここ日本では学校や企業、官公庁など、あらゆる場所でSDGsが語られ、身近なものになっている。日本はこの点でよい仕事をしているのではないか。

ライダー SDGsに対する認識と賛同については、世界の国々の中でかなりの相違がみられる。調査によると、日本では92%の人々がSDGsを認識・賛同しており、これは非常に高い数字だ。

しかし残念なことに、全体では目標達成に向けた軌道には乗っていない。SDGsサミットに先立って発表された最新のレポートでは、現在順調に進んでいる指標はわずか12%だ。(新型コロナウイルスの)パンデミックがあり、ウクライナ戦争があったわけだが、これらを言い訳に使うべきではない。9月のSDGsサミットは、SDGsの「救急活動」となるように意識的に設計されており、プロセスへの再コミットと加速に役立つと期待している。

赤阪 生成AIの活用の是非など、多くの新しい問題が浮上している。未来サミット、または国連自体は、この新しいテクノロジーの潜在的な悪影響に対処していくのか?

ライダー AIについては新しい情報が毎日のように出てきており、この分野の専門家でさえも懸念を表明している。もちろん、AIは社会にとって非常に大きい前向きな可能性を秘めている面もあるが、懸念も大きい。

未来サミットの議題の一つは、AIだけにとどまらないデジタルテクノロジーのより広範な影響、そしてバイオテクノロジーや遺伝子工学などの新たなテクノロジーへの対処だ。未来サミットで私たちは、「グローバル・デジタル契約(Global Digital Compact)」という協定文書を採択しようと考えている。その原則にはデジタルデバイドの解消、世界中のネット接続性の向上、統一されたインターネットへの安全なアクセス確保などが含まれる。新たなテクノロジーへのさまざまな対処、ルールづくりをまとめる方向で協定づくりを進めたい。もちろん、そこにはAIに関連する懸念への取り組みも含まれることになる。

赤阪 非常に重要なテーマである気候変動について伺う。グテレス事務総長はこの問題でも、パリ協定の目標を達成する上で、軌道から外れていると警告している。

ライダー 彼がさまざま場面で言及しているように、気候変動は、それを制御する私たちの取り組みよりも速く進んでいる。この問題に対処するための重要な舞台はCOP(締約国会議)であり、11月末には次回COP28開催が予定されている。気候変動は、SDGsの追求において「最大の赤字分野」の一つだ。私たちの対処が遅れているだけでなく、行動を起こさなかった場合の代償が非常に深刻であるからだ。

一歩前進と言えるのは昨年、エジプトのシャルムエルシェイクで開催されたCOP27で「ロス&ダメージ基金」の設置が決まったことだ。私たちは、さまざまな関係者の財政的、技術的、政治的責任について、グローバルな北と南の間でより深い理解に到達する必要がある。気候変動の国際的な対策策定のためには、共通の目的が必要だ。気候変動は目の前にある脅威なのだ。

日本の「国連支持離れ」は本当か

赤阪 日本では以前から、国連に対する人々の関心は常に高いと言われてきた。しかし、米シンクタンク・ピュー研究所の調査によると、日本で国連を支持している人は40%程度で、他の国よりも低いという結果が出た。

ライダー 私もこの調査結果には驚き、懸念している。日本のメディアが、国連をどのように紹介しているのか疑問に感じた。しかし、長期的に(国連の掲げる)多国間主義をどのように評価すべきかは、その達成した結果に基づいて判断してほしい。日本国民は、世界中の国々が共通の問題に力を合わせて対処すべきだという考えを受け入れ、国際協力の重要性を認識していると思う。

もちろん、課題の対処にあたって費やされる努力や投入される資源、リソース、政治資本をどのように考えるかという見方は自然なことだ。見返りがない場合、人々はそれに価値があるのかどうかを自問する。それゆえ、われわれは多国間主義をより効果的にする方向に進まなければならないと考える。

来年開催予定の未来サミットは、多国間主義をよりよく機能させることを目標している。そこで議論されるテーマや内容が、日本の国連支持率を再び高めることにつながってほしい。

人々の期待は当然高い。しかし一方で、心に留めておくべき現実がある。国連が達成できることは、最終的には加盟国の関与と意志によって決まる。その関与と意志は、時おり欠落する場合もある。

そうは言っても、私たちには楽観的な視点を持って仕事に臨む義務があると思う。もちろん、同時に慎重さを持ちつつだが。私たちは、未来サミットを成功に導く決意を固めなければならない。国連本部で私が共に働いている事務局の面々は、加盟国にその意義を提示し、サミットにおけるさまざまなアジェンダの進展が、国民の利益につながることを説明していく役割がある。

(原文英語。インタビューは2023年6月2日、東京・渋谷の国連大学本部で行った)

バナー写真:インタビューに応じるガイ・ライダー国連事務次長(© nippon.com)

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