「刺激的な国」を目指せ:増す日本外交の役割―ビル・エモット氏

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知日派の英ジャーナリスト、ビル・エモット氏は、女性の活躍や脱炭素に向けた日本の新しい動きを歓迎するとともに、若者に海外に目を向けるようエールを送った。一方、政治家や企業の一部が変革を阻害しているとも批判した。赤阪清隆ニッポンドットコム理事長のインタビューに答えた。

ビル・エモット Bill EMMOTT

1956年英国生まれ。英「エコノミスト」誌ブリュッセル支局、ロンドンでの同誌経済担当記者を経て83年に来日、東京支局長としてアジアを担当した。帰国後の1993-2006年に同誌編集長を務める。1990年には日本のバブル崩壊を予測した『日はまた沈む』がベストセラーに。2006年には日本の経済復活を宣言した『日はまた昇る』が再び話題となる。19年『日本の未来は女性が決める!』で活躍する日本人女性にインタビューした。現在、ロンドンのジャパン・ソサエティー会長を務める。

国際社会で活躍する日本

赤阪清隆 7月25日、東京大学での講演会でエモットさんは、インド太平洋地域における抑止力と外交のバランスの必要性について話された。今年3月、防衛大学校の卒業式訓示で、岸田文雄首相は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と述べ、危機感を示した。中国による台湾侵攻の可能性をどう考えているか。

ビル・エモット 残念ながら、可能性はある。それが近い将来なのか、遠い将来なのか分からない。ただ、衝突への道筋は見えている。未然に防ぐことは可能だが、そのための真剣な努力が必要だ。

その努力の一つが、すでに日本が着手している抑止力としての軍事力強化だ。もう一つが外交で、抑止力と説得力として機能している。この潜在的な衝突は、中国、台湾、そして米国の3者が関わる複雑なものだ。3者間の抑止力と外交戦略において、日本が果たす役割が大きくなっていることは正しい方向だ。

赤阪 日米間の安全保障分野における結び付きは強化されており、日本が危機に直面したときは米国が支えてくれるものと日本は確信している。しかし、米国の外交政策は、トランプ前大統領の復帰の可能性を考えると予測不能だ。復帰の可能性はあるのか?

エモット トランプ前大統領とバイデン大統領の2人の争いだとして、トランプ氏勝利の確率は、残念ながらゼロ%より高いと認めざるを得ない。もし今日、予想しろと言われれば、私はバイデン氏が再選されると言う。だが、1年以上先の大統領選挙については、後になって馬鹿な予想だったと言われることになりかねない。

近年、米国の外交政策の方向性は変化しており、ますます予測不可能だ。だからこそ、米政府がうまく対処できないことを日本が代わりに引き受け、米国への影響力を強めてほしい。日本の果たす役割が高まることは歓迎すべきことだ。

赤阪 そういう意味では、日本がインド、オーストラリア、韓国との連携を強化するのは良い考えか? 特にインドはグローバルサウスのリーダーとして一目置かれている。

エモット インドの重要性は実際に高まっているが、政治・経済分野でのインドネシアやベトナムとの関係も重要だ。これらの国については、日本の方が米国や欧州諸国よりよく理解している。日本としては、これらの国と良好な外交関係を築き、影響力を高めていく外交努力が不可欠だ。

刺激的な国になるために

赤阪 2007年に出版された『日本の選択』の中で、エモットさんは、日本について、当時の安倍晋三首相が掲げた「美しい国」というよりむしろ「刺激的な国」になるべきと述べている。振り返ってみて、日本はリスクに立ち向かい、より刺激的な国になれる好機を捉えられたか?

エモット この間、日本はいろいろな意味で刺激的になったが、まだ十分ではない。もちろん、2011年の東日本大震災のような後退もあった。とはいえ、政界の保守派や一部の企業のせいで、変革は遅れている。一方、スタートアップ企業の活動、デジタル化、環境志向への動きは加速している。こうした流れを見ると、刺激的に変化する機会を逃してはならないと認識していることは分かる。だが、まだ切実感が足りないと感じる。

赤阪 2025年の大阪・関西万博は、日本が世界にアピールできる絶好のチャンスだ。

エモット 東京五輪の「再演」を目指すのが良いのでは。開会式で大坂なおみ選手が聖火台に点火し、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長に橋本聖子氏が就任したことは印象的だった。スポーツの世界で、日本が多様性に富み、変化を遂げていることを示した。大阪・関西万博でも、スポーツ界に続き、ビジネスやテクノロジー分野での、若い世代の活躍、女性主導の新しい創造性、女性の活躍や多様性を示すことができれば、海外からも注目されるだろう。

赤阪 2019年出版の『日本の未来は女性が決める!』では、ビジネスウーマンや官僚、女性リーダーなど、さまざまな職業の女性にインタビューされた。日本の明るい未来には女性の活躍が必要とのことだが、今後、日本は女性の力をさらにダイナミックに活用できるか?

エモット できると思う。この本で、1990年代に大学生の約半数を女性が占めるようになったことについて言及した。しかし、卒業後、40代、50代、60代になっても影響力のある立場に登りつめるには時間がかかる。2030年代以降は、能力ある女性たちが指導的ポジションに就くことが多くなるだろう。例えば、日銀、大企業、大学において要職に就く女性が増えるだろう。

赤阪 企業で働く女性の数は確かに増えている。しかし政治の世界は遅れている。女性議員の数は極めて少ないままだ。夫婦別姓、LGBTQ(性的少数者)などへの認識も低い。この状況を変えるには?クオータ制(候補者や議席の一定数を女性に割り当てる人数割当制)は解決策になるか?

エモット 日本における女性の社会的活躍について研究していると、政治とメディア、特にメディア業界の実状に驚きを隠せない。英国ではメディアの世界で、女性がトップに就任する傾向が目立つ。なぜならメディアは、官僚色が薄く企業色が濃いからだ。一方で日本のメディアは、ずっと保守的だ。

政治の世界も同じだ。世襲議員が多く、地盤・看板の無い新人が議員になることは難しい。クオータ制の導入は、世襲制を壊すきっかけになるだろう。女性候補者の育て方について、政党は真剣に考えざるを得ない。これまでも意欲的な目標を掲げたことはあったが、女性議員数増加を加速させるために、クオータ制を義務化するのも一つの手かもしれない。

赤阪 日本は、韓国、中国と同様、少子化が進んでいるが、政府の対応は後手に回っている。

エモット この状況を変えるのは、とても難しいと理解すべきだ。子どもを産むかどうかの決断には、複合的な要素が絡んでいる。

まず、労働市場の不安定さに注目すべきだ。例えば、非正規雇用の人が、結婚して家庭をつくることを考える際、相手が安定した仕事に就いているか、それとも短期契約雇用なのかが重要なファクターになる。一つ提言するならば、不安定な雇用状況を改善し、年金制度を見直すべきだ。

雇用の不安定さゆえに結婚に踏み切れない傾向は他国でも見られる。他国と比べて、日本は婚外子が極端に少ないことも、出生率を低下させている。

職場の明るい未来

赤阪 今年、大企業を中心に多くの企業が賃金引き上げを実施したが、これにより変化は生じるか?

エモット 第1に、新しいインフレ期待が労働者の賃上げ引き上げへとつながり、企業もそれに同意せざるを得ない状況になる。第2に、労働市場におけるフルタイムの正規雇用者の割合が大幅に増え始めており、パートタイムの非正規雇用者に偏っていたバランスが戻りつつある。健全な兆候だと思う。この傾向を加速させるために政府が何らかの施策を打ち出せば、さらに良いが、たとえ無くても、ビジネス界は確実にその方向に動いている。

人手不足に陥っている今、女性や退職した高齢者がパートタイムの仕事に就く時代は終わりを迎えるだろう。というのも、(労働市場に進出する)そういう人たちの人数はこれ以上増えないからだ。これにより、全世代の働き手に対してフルタイム雇用を創出するきっかけになるかもしれない。これも健全な流れだ。

赤阪 外国人労働者、特にベトナム、ネパールなどアジア諸国からの労働者数が増加している。いま日本に在留する外国人は300万人いるが、この傾向は続くか?

エモット 日本は、治安が良く先端技術が発達した住みやすい国だ。この魅力に加え、人手不足という現状がある。外国人労働者はますます増えていくだろう。私が期待しているのは、もっと多くの外国人起業家が来日して、新しい事業を始めることだ。例えば、東京大学や筑波大学などで、同じ志を持った留学生同士が協力して、先端技術を扱う企業を立ち上げることができれば、新鮮な創造力を生み出すことができるだろう。それも、人種間の軋轢(あつれき)を伴うこともなく。

赤阪 2017年の『「西洋」の終わり: 世界の繁栄を取り戻すために』の中で、日本社会の保守性と硬直性がオープンな社会に変わることを妨げていると述べていた。エモットさんは日本の未来は明るいと言っているが、こういった硬直状態を克服できるだろうか?

エモット 私みたいな部外者からすれば、日本は保守的で硬すぎるから、もう少し柔軟にやればいいのに、といつも感じている。でも本音を言うと、厳格なしきたりに従い、伝統や継続性を大事にする点も好きだ。ちょっと複雑な心境ではある。

脱炭素社会へ向けた取り組みや環境目標達成へのプレッシャーが増すことで、社会の変革や新たな起業活動が期待できる。デジタルトランスフォーメーションも同じだ。たとえ変革が日本的で制約を受けていたとしても、いつの時代も変革は起こるものだ。今後は確実に増えるだろう。私のような外国人批評家はいつも、「もう少し速いテンポで変化すれば良かったのに」と、日本を批判しますけどね(笑)。

ビル・エモット氏(右)とニッポンドットコムの赤阪清隆理事長
ビル・エモット氏(右)とニッポンドットコムの赤阪清隆理事長

赤阪 最後に、日本の若者へメッセージを。以前に比べて内向き志向と言われているが。

エモット 私が若い人たちに奨励していることは、海外に行き、外の世界を見てくることだ。数週間や1カ月といった短期間でも、高校や大学で学ぶといった長期間でも構わない。最高のものを学び、日本に持ち帰る―これは若いころに体験しておくべきことだ。この精神が自分の人生を必ず豊かにしてくれる。150年前に欧米諸国を歴訪した岩倉使節団のように、新しい何かを吸収して帰ってくる。これは、若者だからこそできることだ。

(原文英語。2023年7月27日、ニッポンドットコムで行われたインタビューを基に構成)

バナー写真:インタビューに応じるビル・エモット氏(©ニッポンドットコム)

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