車いすユーチューバー「現代のもののけ姫」渋谷真子:タブーを越えてリアルライフを発信

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5年前に脊髄損傷で下半身不随になった渋谷真子さん。“車いすユーチューバー”として精力的に活動し、海外旅行やサーフィン、乗馬など、やりたいことに果敢に挑んできた。また、排せつ障害やセックスに関わることまで、自らの体験を包み隠さず発信している。その活力・行動力の源はどこにあるのだろうか。

渋谷 真子 SHIBUYA Mako

1991年山形県生まれ。高校卒業後、地元のカメラ工場、新聞社に勤務。2018年、父を継いでかやぶき職人を目指すことを決意するが、同年7月、古民家の屋根を修理中に足場から転落、下半身不随に。19年YouTube「現代のもののけ姫 Maco」を開設。Instagramや「X(旧ツイッター)」でも発信 <@s_maco_>。著書に『普通で最高でハッピーなわたし 特別でもなんでもない二度目の人生』(扶桑社)

かやぶき職人・マタギを目指した「ギャル」

山形県鶴岡市で生まれた渋谷さんが障害を負ったのは2018年、26歳の夏だった。

生まれ育った田麦俣(たむぎまた)地域は、月山の麓にある自然豊かな里山で、現在もかやぶき屋根の「兜(かぶと)造り」と呼ばれる民家が残っている。渋谷さんの生家もその一つで、江戸後期に建設されたものだという。

山形県田麦俣(たむぎまた)にある実家は、地域に残る数少ない「兜造り」民家で、民宿を営んでいた(現在は休業中/提供:渋谷真子)
山形県田麦俣(たむぎまた)にある実家は、地域に残る数少ない「兜造り」民家で、民宿を営んでいた(現在は休業中/提供:渋谷真子)

父はかやぶき職人だが、日本古来のかやぶき屋根の家屋が姿を消していくにつれ職人の数も減り、高齢化が進む。

いずれ職人として父の後を継ぎたい、自分の手で渋谷家の兜造りを守りたいと思っていたが、「社会勉強」のために高校卒業後、地元企業に就職した。5年前、会社を辞めて本格的に父に弟子入りし、同時に狩猟免許を取得。かやぶき職人、マタギとして「限界集落」で生きる覚悟を決めた。

地元の人たちと熊撃ちに参加したこともある(提供:渋谷真子)
地元の人たちと熊撃ちに参加したこともある(提供:渋谷真子)

父に弟子入りして3カ月たったころに、事故は起きた。県内の古民家の屋根を修繕する父を手伝っていた時に足場から落ち、3メートル下の庭の池の縁石に激しく背中を打ち付けた。気付くと、水につかった下半身がしびれて感覚がない。その瞬間、こんな思いがよぎった。

「あれ、これって、“動けなくなっちゃう系”?」

とっさに、わが身に起きた重大な事故を記録しておかねばと、父が救急車を呼びに行っている間に、わずかに動いた手で携帯を起動させ、自撮りを始めた。

ほとんどの人は事故に遭った瞬間、パニック状態に陥るか、激しい痛みにもん絶するのではないだろうか。渋谷さんは冷静だった。病院に担ぎ込まれた後も、処置室でピアスの外し方や、ジェルネイルのはがし方が分からないと焦る看護師たちに、冗談を交えながら指示を出していた。田舎に住み、職人、マタギを目指す一方、少女時代から「ギャル」を自認し、ファッションにはこだわりが強かった。手術のために服や下着を切られ、お気に入りのネックレスがちぎれたことが一番のショックだったという。

以前は、タイトな服にハイヒールを好んで着用していた(提供:渋谷真子)
以前は、タイトな服にハイヒールを好んで着用していた(提供:渋谷真子)

いよいよ手術室に運ばれる娘に、父は「ごめんな、ごめんな」と涙を流しながら何度も謝った。「お父さんのせいじゃないよ」と答えながら、「父は一生責任を感じてしまうんだろうな」と思い、胸が締め付けられた。

海外の“車いす女子”から勇気を

手術から数日後、医師から「脊髄が損傷しているので、今後は車いす生活になります」と宣告された。それでも取り乱すことはなかった。わが身の不幸を嘆いても仕方がない。すぐに、車いすでどこまで日常を不自由なく過ごせるのか、SNSで情報を得ようとした。だが、見つかるのは、人生の途中で障害を負ってしまったことへの嘆きや戸惑いの声ばかり。

車いすになるとこんなにも悲観的になり、行動範囲が狭まってしまうものなのかと落ち込んだ。それなら海外ではどうなのかと「#wheelchair girl」(車いす女子)と英語のハッシュタグを入れて検索すると、ダンスやパーティー、おしゃれや旅行などを普通に楽しんでいる魅力的な女子がたくさん見つかった。

「この時、本当に救われた思いでした。私は車いすになっても仕事はしたいし、友達とも遊びたいし、恋愛もしたい。でも前向きになれるような情報が日本にはほとんどなかった。だったら私が全て自分で体験して、それを発信していけば、きっと他の人に参考になることがたくさんあるな、と。海外の車いす女子に勇気とアイデアをもらいましたね」

果敢な「現代のもののけ姫」

YouTube「現代のもののけ姫 Maco」を開設したのは、車いす生活の1年が過ぎたころだ。自然豊かな山形の地元が、宮崎駿監督『もののけ姫』で描かれた森に似ていると感じ、都会のせわしなさになじめない自分をそのヒロインになぞらえた。

配信する内容は“遊び”体験から、日常生活で直面する切実な問題まで多岐にわたり、今では約12万人の登録者数を獲得(2023年9月現在)している。

この5年間で、サーフィン、乗馬、モトクロス、シュノーケリング、川下り、海釣り、クレー射撃にやり投げなど、以前には経験したことのなかったスポーツに果敢に挑んできた。一人で海外旅行も敢行した。そうした挑戦を伝えるのは、同様の障害を持つ人たちの背中を押したいからだ。

「後天的に障害を負って車いす生活になった人は、行動範囲が極端に狭まってしまったと信じ込んでいる人が多い。私が多方面で活動する様子を発信することで、思い切って一歩踏み出せば、あれもできる、これもできるということを伝えたい」

主な動画には、日本語・英語のテロップを付けている。日本語は聴覚障害を持つ人に向けて、英語は海外の視聴者用だ。自分が#wheelchair girlに元気づけられたように、海外の人に情報を届けたいし、日本を訪れる際の参考にしてほしいからだ。

同時に、「日常生活で障害者が感じている不便さを取り上げることで、少しでも多くの人に私たちの現実を知ってもらいたい」という思いも強い。

外出や外泊の際に気になること、例えば道路の段差、多目的トイレの場所、ホテルの使い勝手からスーパーの陳列棚の高さまで、車いすユーザーとして感じたさまざまな疑問や不便さなどを指摘してきた。

「(車いすユーザーを想定した)エレベーターや多目的トイレ、駐車スペースを健常者が利用していて、使えなかったことも度々ありました。空いているから利用してもいいと考える前に、そこしか使えない人たちがいること、使いたいときに使えないと困る人がいることを意識してほしい」

排泄障害を赤裸々に語る

特に反響が大きかったのは、排泄(はいせつ)障害について語った動画で、再生回数は430万回を超えた。

「入院中、看護師さんから排泄の仕方を描いたイラストを渡されました。このようにやってください、と…。排尿のときは、トイレでM字開脚し、鏡を見ながらカテーテルを入れます。でも、実際はなかなかその通りにはできません。看護師さんたちも自己導尿(患者自身が尿道から膀胱(ぼうこう)に管を挿入し、尿を排出する方法)の経験がないので、うまく指導できないのです」

実際、排泄の要領をつかむのは大変な苦労だった。そもそも、みぞおちから下は全く感覚がないため、尿や便が溜まっても、適切な排せつのタイミングが分からないのだ。今でこそ、尿は3時間ごとに尿道口からカテーテルを入れて出し、便は朝食後にゴム手袋をしてワセリンを塗った指を入れてかき出すというルーティンを確立したが、慣れないうちは漏らしてしまうことも多々あった。

視聴者からも排泄の悩みは頻繁に届いていた。言葉では説明しきれないと、下半身の模型を用意し、実際に使うカテーテルや尿取りパッドを見せて、使い方を説明する動画を作成した。同じ悩みを抱える人たちだけでなく、健常者にも排泄が自分たちにとってどんなに大変か分かってほしかった。

「おなかの具合が悪いと知らない間に便が漏れたり、尿が尿取りパットから漏れてしまったりすることがあります。正直、私は歩けなくなったことより、他人の前で漏らしてしまうことの方がずっとつらい。それでも、障害を理解している人に粗相を見られるのと、全く分かっていない人に見られるのでは、心の負担が大分違います」

「看護師さんや介護士さんの前で漏らしても比較的ショックが少ないのは、障害があって漏らすのは仕方がないと分かってもらえているから。動画を通じて、少しでも多くの人に排泄障害について知ってほしい。街中で粗相してしまっても、人目を気にしなくてすむ社会になればいいなと願っています」

「人生は2度おいしい」

車いす以外の可能性を広げるために、開発中の歩行補助ロボットを積極的に試している。2023年5月には、ロボットを装備して「Wings for Life World Run」(東京・神宮外苑)に参加。世界同時に開催されるチャリティ・マラソンで、日本での開始時間は夜。しかも、雨に見舞われたが、途中、「低血圧になり意識が飛びそう」になりながら、一般ランナーに交じって一歩一歩懸命に足を進め、400メートル以上歩いた。

「日本では、脊髄損傷で車いすユーザーになった人は参加したことがないと主催者の人に聞いたので、だったら私がその第1号になろうと思いました」

再生医療の被験者にもなっている。「自分の脂肪から抽出した幹細胞を培養し、損傷した脊髄に注入する医療です。車いすユーザーの未来に少しでも可能性が開けるのであれば、私は進んで実験台になります」

すぐに良い結果が出なくても、あらゆる可能性を試したい。それが渋谷さんの決意だが、悲壮感はない。「車いすになって、健常者として生きていたころには、全く知らなかった世界が開けました。悲観的になんてなれない。健常者のころの私、そして今の私があり、どちらも日々を楽しんで生きている。人生は“2度おいしい”と言いたい」

バナーおよびインタビュー撮影:花井智子

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