新たに前進する日本に期待:マティアス・コーマンOECD事務総長に聞く

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1月に来日した経済協力開発機構(OECD)のマティアス・コーマン事務総長に、最新の日本経済の現状を分析、提言する「対日経済審査報告書」の内容などについて聞いた。(聞き手はニッポンドットコム理事長の赤阪清隆)

マティアス・コーマン Mathias CORMANN

経済協力開発機構(OECD)事務総長。1970年ベルギー生まれ。ルーヴェン・カトリック大学法学部卒業。96年オーストラリア・パースに移住。これまでに予算大臣、与党上院院内総務、連邦上院議員(西オーストラリア州)、などを歴任。2021年より現職。

4つの提言

赤阪清隆 ようこそ日本へいらっしゃいました。はじめに、OECDが発表した「対日経済審査報告書2024」の主な調査結果や提言についてお聞きしたい。

マティアス・コーマン 報告書の内容は、日本の方々にとって驚くようなことではない。むしろ、OECDは常に、それぞれの国が長期的な課題に取り組むうえで必要な議論や政策対応を促進させるため、いわば独立した「鏡」として役立つ存在であろうとしている。

提言の柱は4つある。まず何よりも、日本は公的債務残高を減らすべきだ。コロナ禍前も国際基準よりかなり高かったが、その後は国内総生産(GDP)に対する公的債務残高の比率が245%に達している。そのため、報告書では持続可能で、かつ継続的に公的債務残高を確実に減らすことの必要性を強調した。日本国内の歳出圧力に対応する余地を作るとともに、将来の経済ショックにも対応できる強靭(きょうじん)性を再構築することが必要だからだ。

支出と歳入の両面に取り組みのチャンスがある。一つの大きな歳出効率化の手立ては、医療費改革だ。OECDの平均と比較して、日本は入院期間がけた外れに長い。良質で低コストな医療体制へ改善していくことは可能だ。歳入面では、成長の強化を背景に歳入を増やす余力はある。そのためにも生産性の向上が必要と言っているが、それに加えてほかの歳入強化策、特に付加価値税(消費税)を段階的に引き上げていく道がある。日本の税率10%は、OECD平均よりかなり低い。

2点目は、生産性向上にあたり日本が取り組むべき分野を指摘した。大企業が研究開発に多額を投資している一方、中小企業では十分な取り組みが見られない。業績不振の企業が倒産から手厚く守られているという意味で、ビジネスの新陳代謝が欠如している。生産性の低い企業からよりイノベーティブな企業に向けて、資本を効率的に配分していくことが、生産性の向上に極めて重要となる。

3点目は、高齢化や少子化といった人口動態の逆風と経済成長の関連についても指摘した。労働力人口に占める65歳以上の高齢者の割合は、何十年もの間、増え続けるので、女性と高齢者のさらなる労働市場への参入を促す必要があることを強調したい。

日本人の健康寿命が延びている状況に対応し、高齢者もより長く働くことができるような環境整備が必要だ。日本では、企業に勤める人の70%が60歳で定年を迎えるという。これは早すぎる。また、65歳の年金支給年齢は引き上げた方がよく、少なくとも社会に貢献し続けられるようにすべきだ。

このほか、出生率の向上、女性や高齢者の労働市場への参加促進、外国人労働者の受け入れなど、日本が取り組む課題は多い。

最後の4点目となる提言は、気候変動対策についてだ。日本は、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする野心的な目標(カーボンニュートラル)を掲げている。しかし、現在の政策枠組みでは達成は難しい。この2050年目標を達成するには、一部のモメンタムを加速化し、また一部の措置を強化する必要がある。

柔軟なエネルギー政策立案を

赤阪 気候変動と関連して、エネルギーに関する記述は報告書にあるか?

コーマン 日本のグリーン成長戦略では水素と燃料アンモニアに着目しているが、まだ費用効率は良くない。原子力発電が社会的な受容の問題に直面しているのは明確だ。2030年までにエネルギーミックスにおける原子力発電が占める割合を2倍にすることは難しいかもしれない。こうした事態に日本は柔軟に対応するため、必要に応じて、複数の削減シナリオと対策の予備案を準備しておく必要がある。

これまでの対日経済審査報告書でOECDは、発電における再生可能エネルギーのシェアを増やせるように送電網を改善すべきと提言してきた。カーボン・プライシングを強化する重要な取り組みについては評価しており、これにより、日本がカーボンニュートラルを達成することを期待している。

赤阪 約60年前、OECDに加盟する準備を進めていたころの日本は「優等生」だった。今回、日本がOECDの提言を受け入れると確信しているか?

コーマン そう確信している。ただ、選挙で民主的に選ばれた政府は、改革のスピードや程度について政治的に調整する必要があることも理解している。政策実行に直接責任を持たないOECDにとってなすべき政策を説明するのは比較的容易だが、国民に説明責任を持つ政府は、国民の支持を得なければならない。

OECDとしては、提言を定期的に再検討し、再提案していくことが重要だと考える。公共の議論に寄与することで、政府が、日本に必要な改革について国民の支持が得られることを望んでいる。重要な改革を成功させるためには国民からの支持が必要だ。なぜその改革が必要なのか、それに関するエビデンス、データおよび合理的な論証に基づいた適切な対話が、国民の支持につながっていく。OECDが貢献しようとしているのは、まさにこの部分だ。

赤阪 もちろん、日本では増税することは嫌がられる。消費税10%はかなり低い税率だと分かっているが、増税することは難しいだろう。

コーマン 簡単な選択はない。公的債務残高はGDPの245%に達している。今後の金利はおそらく上昇に向かう。国債の利子の支払いは増える。長期的な債務縮減にコミットしない限り、将来、利払い費で予算の大部分が占められ、医療や教育、交通、防衛などに使える予算は少なくなる。魔法のような解決策などない。

財政状況を改善するには3つの方法しかない。成長力の強化で歳入を増やす。増税で歳入を増やす。そして支出を減らす。この3つだ。そして支出を減らすことも政治的に容易ではない。

日本の財政では、歳出の効率化、資本の有効活用、政策目的の達成の低コスト化が視野に入っていると思っている。しかし、最終的に均衡した予算に戻すためには、財政黒字で債務負担を減らすとまではいかなくとも、いくらか歳入を増やさなければいけない。消費税による歳入増は効率的で市場を歪めない上に、小刻みに引き上げていくことができる。だが、真剣に取り組むまでの時間が長ければ長いほど、問題解決はますます困難になるだろう。

赤阪 金融政策について、性急な金融引き締めは勧めないということか。

コーマン 拙速な政策は決して勧めない。しかし、インフレ見通しに関しては、数十年におよぶ低インフレやデフレを経て、日本が転換点を迎えていると考えている。インフレは2%程度で落ち着くと予測しており、それにより緩やかで着実な金融引き締めへの見通しが開かれている。

日本の貢献に期待

赤阪 今年、OECD閣僚理事会議長国を務める日本に対し、期待することは?

コーマン 昨年、日本が議長国を務めた先進7カ国(G7)サミットは大成功だった。日本には大いに期待している。G7の成果を発揮する絶好の機会にもなる。世界は、ますます国際協力や多国間主義が必要とされている。不確実性や地政学的緊張が高まり、気候変動や、加速するデジタルトランスフォーメーションへの最善の対応、人工知能(AI)のリスクにうまく対処しながらいかに有効利用するか、といった重大な構造的課題に直面している。岸田文雄首相もこの分野に強い関心を寄せている。

OECDは、経済、環境、社会の広い分野において、変わりゆく現代の課題のより良い解決策を検討している。より良い政策と国家間協調を通じて、温室効果ガス排出削減を最適化する。デジタル・AI分野では良識ある政策を設定させる。効率的なグローバル市場と強靱なサプライチェーンを促進する。これはG7で日本が重視し、今年のOECD閣僚理事会でも注目していく分野だ。もちろん、インド太平洋地域への関わりも強化していく。インドネシアのOECD加盟に向けた協議開始の要請は、大きな進展だ。

今年は日本がOECDに加盟して60周年となるが、2014年、当時の安倍晋三首相が提唱して立ち上がった「東南アジア地域プログラム」の10周年でもある。インドネシアがOECD加盟に手を挙げたことは非常に喜ばしく、閣僚理事会でも焦点を当てたい。

赤阪 インドネシアに続いて、シンガポール、マレーシア、ベトナムもOECD加盟を目指すだろうか?

コーマン 来週、ダボスで開催される世界経済フォーラムで、タイの副首相と会う予定だ。OECD加盟申請についても話が出るだろう。その他の例、シンガポールとベトナムについては、どのようなスピードで考えるかは彼ら次第だ。

(原文英語。インタビューは東京で、2024年1月11日に行った。写真撮影:ニッポンドットコム)

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