私の台南、第二章:新しい“府城”の魅力を探して

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雑誌で相次ぐ台湾特集

「妙さん、日本の出版社が台南を取材しています」「台南で日本の作家を案内しています」「台南に日本のテレビ局が取材にきました」「阿妙!台南がまた日本の雑誌の表紙になったよ」

ここ1、2 年、そんな話が私のところに台南の知人からよく届く。

2017年の夏に、台南の街角が『BRUTUS』のカバーを飾り、大きな話題を呼んだ。2019年3月に再び『POPEYE』のカバーに台南が選ばれた。台湾特集といえば女性誌のグルメ・観光情報が中心。しかし、今は男性読者も多い総合雑誌でも台湾、特に台南が注目されている。とてもうれしいことだ。

『POPEYE』では、台南特集の中で「1泊2日」の台南旅として、2人の台湾人の若者が「葉家小卷米粉」「卓家汕頭意麵」「秘氏咖啡」「阿江炒鱔魚」「矮仔成蝦仁飯」など、私が自分の本で取り上げた台南の名店を食べ歩いている。

それだけではない。やはりこの3月、日本で長い歴史を持つ旅行ガイドブック『地球の歩き方』に『台南 高雄–屏東&南台湾の町』編が加わった。台南が高雄より大きく紹介されている。『日経おとなのOFF』4月号では台湾特集が組まれ、台湾らしさを極める場所として、台南が紹介されている。旅行会社のツアーパンフレットには、台南での宿泊コースが当たり前のように掲載されるようになった。

3月中旬、台南市政府で、王時思副市長から、黄偉哲市長名の親善大使委任状を渡された。そこで私はこんなあいさつをした。

「台南は、台湾に旅行に行く際の、台北以外の第一選択肢になりました」 

『私の台南』を出版してから5年、台南市親善大使になって4年がたつ。台南の魅力を伝えようと、日本各地で講演などに取り組んだ。その成果が少しずつ現実になっている手応えを感じる。だが、台南の発展と変化のスピードは想像以上に速い。私も台南への知識をアップデートしないといけない。

台南市親善大使に任命された筆者(筆者提供)
台南市親善大使に任命された筆者(筆者提供)

台南で建物をリノベーションしたカフェが続々登場

古い歴史的建造物をリノベーションしたカフェは台南の「売り」のひとつになっている。今までになかった新しいタイプのカフェも次々と誕生している。

観光地の安平にも近い中西区の台南運河沿いに、台南一インスタ映えするという評判の書店があると聞いた。白色に塗られた鉄骨にガラス張りの建物の2階にある「UBUNTU BOOKS烏邦圖書店」だ。

「UBUNTU BOOKS烏邦圖書店」(筆者撮影)
「UBUNTU BOOKS烏邦圖書店」(筆者撮影)

扉を開いた瞬間、本の匂いとコーヒーのいい香りが漂ってきた。店の2面の全面ガラスから、店内には溢れんばかりの光が降り注ぎ、視線の先には、緑と運河が広がっている。想像以上に快適な空間だ。

書籍を陳列する棚は全て腰高止まりで、圧迫感がない。壁一面に並ぶ本は何冊あるのだろうか。まるで図書館にいるような気分に浸れる。弧を描く階段は店内に優しい雰囲気を醸し出し、気に入った本を手に自然と腰を下ろし、パラパラとめくっていた。

オーナーは近くに住む台南生まれの李さんだ。1964年生まれで製造業などの仕事を経験した李さんはこの建物を手に入れたとき、生まれ育った大好きなこの地に何ができるかをまず考えてみた。見つけた答えが「書店」だった。スピードが求められるこのストレス社会でいちばん必要なのは、リバーサイドのカフェで、コーヒーを飲みながら、ゆっくりと腰を落ち着け、本を読むこと。そんなことをイメージしたという。

店内は書籍と、カフェスペースに分かれている。店の本は、自由にカフェスペースで飲みながら読むことができる。コンセントはない。読書とゆっくりとした時間を大切にして欲しいというオーナーの願いの表れだ。

決して大きくはないが、書店として日本の「TSUTAYA」や台湾の「誠品書店」の良さを取り入れながら、水と緑の景観美が加わった最高の空間になっている。

文化都市台南のシンボル「台南市美術館」

台南では「文化都市」としての環境整備が進んでいる。その中心となるのが、昨年秋に市のランドマークとも言える孔子廟のすぐ近くにオープンした「台南市美術館」である。

台南市美術館は「1館」(近現代館)と「2館」(当代館)の2棟で構成されており、両館の距離は徒歩で5分ほど。街歩きをしながら移動でき、街全体の文化性を高める工夫が凝らされている。

台南市美術館1号館(筆者撮影)
台南市美術館1館(筆者撮影)

新しく建設された2館は、積み木を重ねたような建物の上部に台南市の鳳凰花をモチーフにした五角形の屋根だ。大きな吹き抜け構造で屋根からは光がふんだんに注がれる工夫が施されていた。エレベーターがガラス天井へと続くように中心を貫き、圧倒的な開放感と、明るさを持ち合わせている。台南市の気候と風土に合わせ、日本を代表する建築家・坂茂が設計したものだった。

台南市美術館2号館(筆者撮影)
台南市美術館2館(筆者撮影)

実は自分の家を建て替える際、坂茂事務所を訪れ、設計図を書いてもらおうとした経験がある。思えば無謀なお願いだったかもしれないが、もしかしたら、台南市美術館のような家が建っていたかもしれないと考えると、なんとも不思議な気分になった。

にぎわっていたのは、2階の奥で見つけた「南薫藝韻」の常設展示室だった。台湾の現代アートを開拓し、台南の景色を多く描いてきた陳澄波、郭柏川、許武勇、沈哲哉の作品を展示しており、大変見応えがあった。

スタイリッシュなミュージアムショップや、広々としたテラスを持つカフェも併設されている。カフェにはコーヒー豆の横に私の著書「台南―日本に出会える街」(新潮社)の台湾版「什麼時候去台南」(天下文化)が飾られているのを見つけ、ちょっとうれしくなった。 

台南市美術館2号館のカフェ(筆者撮影)
台南市美術館2館のカフェ(筆者撮影)

南門路と友愛街が交差するY字路には1館がある。1館は、1931年の日本統治時代に建てられた旧台南警察署庁舎をリノベーションしたものだ。

庁舎部分の外観は、パターン化された幾何学的な装飾が施されたアール・デコ様式となっており、外壁には素焼きレンガが用いられ、落ち着いた雰囲気だ。当時の設計者は、台南の林百貨店や台北の元・台湾総督府専売局松山煙草工場(現・松山文創園区)などと同じ、石川県出身の梅澤捨次郎だった。

2010年以降の県市合併により警察署が別の場所に移転した後、庁舎は長らく利用されずに放置されてきた。来館中の台南生まれの20代後半の女性は「子供の頃の記憶では、このあたり一帯は暗くて、いい雰囲気の場所ではなかった」と言い、美術館に生まれ変わったことを喜んでいた。

新旧の建物は中庭を囲んで連結されている。中庭の中心には、古いガジュマルが堂々と立っており、周囲には一息付くための机と椅子が並べられていた。椅子に腰掛けながら庁舎を眺めていたら、静かな空間からなかなか離れられなくなった。台南市美術館の両館はいずれも建造物自体が展示物となっていて、新旧のコントラストが面白い。美術館として展示内容が今後充実することを期待したい。

新たに注目を集める王育徳記念館

日本と台湾の歴史を振り返る施設も誕生した。戦後二二八事件で兄の王育霖氏が国民党政権に殺され、自身は日本に亡命し「台湾独立」運動に注力した台湾の言語学者、王育徳氏(1924~85)の記念館だ。昨年開館し、多くの参観者を集めている。

王育徳記念館(筆者撮影)
王育徳記念館(筆者撮影)

王は台南の出身。台湾の言語や歴史を研究する一方、1960年に雑誌『台湾青年』を日本語で発行し、独立運動に影響を与えた。

記念館は台南市の中央部「呉園」という公園内の施設を改装した場所にある。ここは私が台南で初めて講演を行なった茶藝館「十八卯茶屋」がある思い出の場所だ。記念館では都内の自宅の書斎を移設したほか、原稿や身の回りの品など約300点を展示していて、その豊富さに驚く。独立運動や台湾語、王育徳さんの生涯を描いた部分など展示は多彩で、最低でも30分以上かけて見学したい。

ここ数年の台南観光ブームに伴って、台南の地価は著しく上昇した。古くからの店舗は家賃の上昇に耐えきれずに立ち退き、代わりにチェーン店や大型店舗が進出することが急激に増えている。古い建物を残していても、本来の魅力が伝わりにくくなっているケースも少なくない。台南ファンの一部からは急激な変化や文化の喪失を心配する声も多い。元に戻すのには想像以上の時間が必要だ。そして、元に戻せるとも限らない。

幸い台南では台南市美術館をランドマークに、街全体に新しい風が吹いている。台南が新旧文化の共存するお手本の街として、市民と一緒に成長する様子を、これからも台南市親善大使として一緒に支えながら、見守っていきたい。

バナー写真=台湾特集が組まれている雑誌(筆者撮影)

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